第5話 ヒーローは遅れてやってくる
俺から顎先を蹴られ、微動だにしない男を見ながら、まとめ役が残念そうな声を上げる。
「あちゃ~、マジかよ。首の骨が折れてやがるぜ。なんて蹴りだよ。見かけによらず、力のつえぇ女だな」
その言葉に、俺の体はびくりと跳ねて反応した。
(首の骨? まさか、殺しちゃったっ?)
男たちは馬から降りて、太ももを刺された男の頭を軽く蹴り上げた。
蹴られた頭は、簡単に逆方向へ転がる。
(し、死んでる。俺が殺したのか!)
人を殺してしまった恐怖と後悔が心を包み込む。
包み込むはずなのに……何故か怒りと憎悪がそれらをかき消す……。
『俺を嬲ろうとした。俺を殺そうとした。だから、これは、当然の報い』、と。
心の中で、別の誰かがそう囁く。
全て俺の感情であるはずなのに、どこか異質な感じ。
全くの別人が心に宿っている感覚……。
俺は首をぶるぶると振るって、意識を男たちへ向け直す。
(今は別のことを考えている余裕はない! この場を切り抜けてから考えろっ!)
剣先を男に向けながら構えをとる。
身体機能は男の時よりも上がっている様子。
何とかなるかもしれないと、頭では冷静に考えられているが、手の震えが止まらない。
心が、状況に追いついていかない。
生まれてこの方、喧嘩なんて二、三回くらいしかしたことがない。
その喧嘩も不良漫画のような派手なものじゃなくて、子ども同士のつかみ合いのようなもの。
そんな経験しかしたことのない俺が、剣を持って、命のやり取りをしようとしている。
怒りによって、戦いへ望む気構えはできている。
だが、鼓動は冷静な思考と相反して激しく打ち鳴らし、知らず知らずのうちに気力を削いでいく。
手の震えは剣に伝わり、体力は十分なはずなのに、すでに肩で息をしている。
男たちは余裕のない俺の様子を見て、嘲り笑う。
まとめ役の男が一歩前に出て、剣を引き抜き、剣先を俺に向けた。
「大人しくしていれば、命までは勘弁してやったのによ。でもよぉ、仲間を殺されたんじゃあ、しかたねぇよなぁ」
まとめ役がくいっと首を前に動かすと、残りの二人が俺を囲むように足を運び始めた。
囲まれたら最後、戦いも剣も素人の俺に勝ち目はない。
俺は囲みが完成する前に、左側に回り込もうとした男に剣を振るった!
「おりゃあぁぁ!」
「おっと、あぶねぇな。ほらよっと」
剣撃はあっさり交わされ、カウンターに一撃を撃ち込まれる。
すぐさま振るった剣を返して、何とか男の攻撃を受け止める。
「ぐっ!」
「お、ガキのくせにやるじゃん。しかも女くせにって、こ、こいつ、なんて力だ!?」
男がググッと力を込めて剣を押すが、俺は負けじと剣を押し返す。
男の両腕は、俺が男だった時よりもはるかに太い。
現在女である俺では、絶対力負けしてしまうはず。
だけど――!
「うりゃぁあぁぁぁ!」
「なっ!?」
渾身の気迫で男の剣を押し返し、身体ごと吹き飛ばしてやった。
その様子を見て、まとめ役が声を荒げる。
「なんだ、このガキッ? お前ら、油断するな。ちと、気合入れていくぞ。やれっ!」
「「おう」」
まとめ役の号令と同時に、男二人が襲い掛かってきた。
二人は風を切るような剣速を見せるが、何故かその剣の動きがゆっくりと見えて、剣の光跡をはっきりと目にすることができる。
二人の攻撃を躱し切り、俺は後ろへ飛びのき距離をとった。
まとめ役が笑いを交えながら二人に声をかけてくる。
「ははは、だらしねぇな。お前ら、なに遊んでんだよ?」
「遊んでねぇよっ!」
「この小娘、何か変だぜ?」
「お前ら腰が入ってねぇんだよ。剣を振るときも、女に腰を振るときも、気合を入れないとな」
下品な冗談を交えつつ、二人の男を押しのけて、まとめ役が俺の前に立った。
「嬢ちゃん、剣を握るのは初めてだな?」
「だったら、なんだ?」
「やっぱりな。動きがちぐはぐだしよ。それでここまでやれるんだから、いい才能を持ってんだな。かわいそうになぁ。半端な才能のせいで、俺に殺されちまうんだからな!」
言葉を終えるや否や、まとめ役は剣を横に振るった。
剣筋は光の線だけを残して、俺の首元を襲う。
俺は剣を構え防ぐことも、まとも躱すこともできず、後ろへ転がるように飛び退いた。
草むらに転がりながら態勢を整えようとするが、まとめ役は剣を突き立ててくる。
「ひっ!」
悲鳴を上げつつも辛うじて躱せたが、すぐさま腹部に蹴りが飛んでくる。
「ぐはぁああっ!」
「おっと、女の子のお腹に暴力はいけなかったかなぁ。へっへっへ」
激しい蹴りで体を吹き飛ばされるが、何とか痛みをこらえて立ち上がる。
まとめ役はその様子を楽しそうに眺めている。
(こ、この男、他の男どもとは段違いだ)
俺の身体機能は明らかに上がっている。
だが、この男には敵わない。
まだまだ余裕の表情を見せるまとめ役を前に怒りが静まり、代わりに絶望の二文字が心を満たしていく。
何か方法はないかと、周囲を見渡す。
360度草原で身を隠せそうな場所はない。
地面は草が広がるばかりで、何か策を仕掛けられるものは一切ない。
これでは、戦うための打つ手がない。
ならば、残された手は一つ。
それは……生き残るための一手。
(仕方ない。嫌だけど、本当に嫌だけど、仕方ない。生きるためだ)
俺は剣を地面に落として、両手を上げる。
「待ってくれ、降参だ。俺のことは好きにしていいから、命だけは助けてくれ」
「ほぉ、好きにねぇ」
まとめ役はネチャッと唾液を含む舌先で唇を舐めた。
おぞましい光景。
俺はアレに蹂躙されるというわけだ。
悔しくて、涙が溢れそうになる。
でも、生きるためには他に手段がない。
そう、仕方がないんだ。
と、覚悟を決めたが、その思いは露と消える。
「へへへ、お前馬鹿じゃねぇの? てめぇはすでに仲間を殺っちまったんだ。許せるわけねぇだろ」
「で、でも、俺もみたいないい女、そうそう抱けはしないだろ」
「自分でいい女って言うなよ。まぁ、たしかにいい女だが。ガキだけど」
「だったらっ」
「ああ、だからてめぇをぶっ殺した後、ゆっくり楽しませてもらうぜ、へへへへへへ」
まとめ役が腐った笑い声を上げると、残りの二人も同じようにイカれた笑い声を上げる。
(駄目だ、こいつら。クズ過ぎるっ。なら、なら!)
俺は地面に落とした剣を拾い上げて、構える。
(せめて、相打ち狙い!)
まとめ役を眼光鋭く睨みつける。すると、彼は笑いを止めた。
代わりに、表情に凄みを乗せ、剣を突くように構える。
生まれて初めて感じる殺気という気配に、冷や汗が浮かぶ。
まとめ役は、じりじりと俺のそばへ近づいてくる。
俺は全神経をまとめ役に集中して、攻撃の瞬間を狙い撃つ。
たとえ、奴の剣で身を抉られようと、俺の剣を奴にぶっ刺してやろうと。
しかし、その考えは甘かった。
まとめ役が僅かに剣を動かした瞬間、剣先が瞳の前に迫っていた。
俺から見ればまさに神速の突き。
神のごとき速さに、身体は全く反応できない。
(くそったれ!)
恐怖に目を閉じる間もなく、剣先は瞳へ突き刺さる。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!」
草原に響き渡る、醜い叫び声。
だがそれは、俺のものではない。
まとめ役の腕が、剣を持ったまま宙を舞っている。
同時に、俺と男たちの間を遮るように、真っ赤なマントがひらりと舞う。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
瞳から剣先は消え、代わりに瞳に宿ったのは、蒼き騎士の鎧を身に纏った眉目秀麗な青年の姿だった。
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