第二章 ここは剣と魔法の世界

第4話 LV1なんでスライムからにしようよ

 何度も深呼吸繰り返し、気持ちを落ち着かせたところで、自分をじっくり観察する。


 服装は地味な赤茶色のスカートに、同じく地味な赤茶色のシャツ。双方ともに装飾のかけらもない。

 靴は焦げ茶色で、何かの動物の皮でできている。

 胸元のシャツをきゅいっと摘まんで、下着を確認。続いて、スカートをぴらりと捲る。

 下着は上下ともに地味な白色。

 全体的にとにかく地味な村娘の服装。


 チェックは体に移る。

 髪は黒で腰に届くくらい長い。

 つま先から足首、太もも、尻に至るまで、男にはない艶めかしさを感じる。

 そこからくびれを経て、男ではありえないふくらみへ到達する。


 鏡がなくてもわかる。

 この体は、女の体だ。


「なんで?」


 お地蔵様はどうして、俺を女にしたのだろう?

 うんうんと考えていると、思い当たることが一つ浮かんだ。


「そういえば、女に化けてから戻った記憶がない。もしかして、それで勘違いされた? ええ~、マジかよ~」


 助けてもらって文句を言うつもりはないけど、頭を抱えてしまう。

 そこで、頭に持ってきた手が目に入った。

 随分と小さい気がする。

「女の手って、こんなに小さいっけ? そもそもこの体、年いくつなんだ?」

 

 

 おおよその年齢を算出するために、草原に仰向けに寝っ転がって、踵で地面に線を引く。頭のてっぺんは手を使って線を引いて立ち上がり、足元と頭の線の距離を目測で測る。

 見た感じ150~160cmくらい。


「俺の元の身長から10~15センチくらい低いのか。手に皺はないし、同じくらいの年齢かちょい年下くらい? ってことは、十三~十五歳くらい? じゃ、俺と同じ年齢としとくか。十四歳であと一か月で十五歳と」


 とりあえず、年齢と性別を把握したところで胸に目が行った。


 狭間の世界で女に変化した際、胸はゴムまりみたいだった。

 そのあとは、ぶら下げてはならないものに変化させてしまった。


 恐る恐る、胸に触れてみる……柔らかい。コリコリした物体もない。


「ほっ、普通の胸だ。ふむぅ~、柔らかいね。でも……」


 両手でもみゅもみゅ揉んでみるが、狭間ではあった感動が一切ない。

 女体の神秘に触れているというのに、まったくもって何も感じない。


「自分の胸だからか? よくわからんな。ま、胸はさておき」


 改めて、周囲を観察する。


 見渡す限りの草原。

 道らしい道はない。

 しかし、草丈は足首程度なので、歩くには支障なさそう。


 

 空を見上げると、雲一つない快晴。

 太陽からはポカポカした陽気が伝わってくる。

 気温は少し動けば、軽く汗をかきそうなくらい。

 感覚的に春から夏へ変わろうとしている感じ。

 暖かな日差しを届ける太陽は、空のかなり高い位置にある。


「たぶん、お昼くらいかな。いま、太陽のある方角が南か? 自信ないけど……」


 ここは地球ではないから、同じ自然界のルールが当てはまるとは限らない。

 しかし、お地蔵さまは地球に似た場所を選ぶと言っていたから、異世界といえど太陽の動きは地球と同じ。

 と、考えることにしよう。悩んでもわからないし。


「そういや、異世界といえば何かおまけ付けとくって言ってたな。なんだろ?」


 周りには草ばかりで何もない。

 スカートにポケットがあったので弄ってみたが、何もない。

 スカートの端をつまみながら首をかしげる。


「まさか、おまけって服じゃないよな」


 そりゃあ、全裸でほっぽり出されたらたまらないけど、おまけが服だけってのは寂しい。

 わがままは百も承知だが……。


「でも、いくつかって言ってたから、何か知らないおまけがあるのかもな。しかし今は、わからないおまけよりも、これからどうするかねぇ?」



 瞳を埋め尽くす蒼い絨毯。

 人の気配など皆無。

 このままだと、草原だけじゃなくて、飢え死にも視野に入ってくる。


「ふむぅ~、困った。この手のゲームだと続く展開は~、誰かが通りかかるとかなんだけど。つまり今は、イベント待ち?」


 だからといって、ここでぼーっと突っ立ってるわけにもいかない。

 イベントが起きなかったらバッドエンドまっしぐらだし。

 

 でも、お優しそうなお地蔵様の慈悲で異世界に来たのだ。

 いきなりバッドエンドはないと思いたい。

 もしかしたら、おまけとはお地蔵様の加護と呼べるものなのかも。

 ならばきっと、すぐにでもイベントが始まるはず。


「よっしゃ、来い。通りかかる者よっ。イベント発生じゃっ!」


 太陽の方角に向かって、指をバシッと決める。

 指先に人影のようなものが映る。


「ウソっ!? ほんとに誰か来たよ。お地蔵様の加護、スゲェ」



 遠目でわかりにくいが、馬に乗った四人組。

 そいつらに向かって手を振ると、俺に気づいた様子でこちらに向かってきた。

 さすがはお地蔵様の加護だと思っていたが、途中でそれが過ちだと気づく。

 

 彼らの容姿が確認できる距離になって、俺の顔は見る見るうちに青ざめていった。

 四人組は全員男。

 人相風体は醜悪。

 服装は煤けている感じで薄汚く、だらしない。

 皆、腰に剣のようなものをぶら下げている。


 人を見た目で判断してはいけないけど、これは判断してもいいだろう。


 俺は振っていた手を下ろして、太陽とは逆の方向へ走り出す。

 しかし、四人のうちの一人が馬の速度を上げて、俺の前へ回り込んできた。


「へっへ~、お嬢ちゃん。どこいくの?」


 聞いたこともない言葉。しかし、何故かわかる。

 お地蔵様のおまけだろうか?

 

 男の言葉を無視して、別の方向へ駆け出そうとしたが、残りの三人が追い付いてきて囲まれてしまった。


 四人とも、遠目で見たときと同じで醜悪。

 いや、間近であるぶん、嫌悪感を盛大に感じる。


 何日も洗ってなさそうな服に体。

 手入れを行っていない髭に黄色い歯。

 ぼさぼさで汚れた髪は、頭皮の油で汚らしいテカりを見せている。


 どっからどうみても、ろくでもない連中。

 そんな奴らに、現在女である俺は囲まれている。

 今後の展開が容易く想像できてしまう。


(くそ、冗談じゃないぞ。まだ、童貞だってのに、その前に処女をなくしてたまるかってんだ!)


 何とか逃げ出せないかと隙を窺う。

 すると、四人の中のまとめ役っぽい奴が、ヌルリと蛇のように纏わりつく声を上げてきた。


「まだ、ガキか~。でもまぁ、相当な上玉じゃねぇかぁ。ガキでも楽しめそうだな。へっへっへ」


(上玉? 俺は美人なのか?)

 まとめ役の言葉を借りて、自分の容姿がどのようなものか分かった。

 が、そんな場合じゃない!


 気取られぬように機を待つ……右側にいる男が、馬から降りようと腰を浮かせた。

 

(今だっ!)

 腰を浮かせた男の馬の前を駆け抜けて行こうとした。

 しかし、別の男が固い何かを俺のこめかみにぶつけてきた。


「がはぁっ!」


 ぶつけられた勢いで、地面に転んでしまった。

 あまりの痛みにこめかみを押さえると、ぬるっとした感触が手の平に伝わる。

 地面にはぼたぼたと、血が雨のように落ちていく。


「うそっ、血? 痛っ、くそっ!」

「おいおい、なんでナイフ投げてんだよ。死んだらどうすんだよ。血まみれじゃねぇか」

「大丈夫だよ。柄の方だから。てーか、こいつが逃げ出そうとするから悪いんだしよ」


 

 頭が割れ、信じられない量の血が流れている俺を見ながら、四人はニタニタと笑っている。

(こいつら、なんなんだよっ!? このままだとっ、嬲られて)

 

 死への恐怖が高まっていく。

 だが同時に、駅前で起きた出来事が脳裏をよぎる。

 理不尽な暴力。理不尽な死。

 恐怖を前にして、怒りが凌駕する。

 あの時と同じ、自分が自分でなくなるような感覚。


(こいつら、許さねぇ。でも、どうするっ?)

 

 四人組を見るが、逃げ出す隙はなさそう。

 視線を地面に落とし、何か武器になりそうなものがないか探す。

 そばの草陰に石を発見。

 男たちに気づかれないように、そっと引き寄せる。


 石は手の平からはみ出るほど大きさ。

 先端は鋭く尖っている。


(ないよりマシってところか)


 地面にへたり込んだまま、男たちから石が見えないようにスカートの中に隠し、彼らが近づいてくるのを待つ。


 四人組はひとしきり笑い終えると、馬に乗ったままこちらへゆっくりと近づいてきた。

 男の一人が周囲を警戒しながら、まとめ役に話しかける。



「しかし、大丈夫かよ。こんなところで立ち止まってよ」

「ああん、一晩中馬を走らせたんだ。ここまでくれば大丈夫だろ。騎士団の連中も諦めてるだろうよ。んなことよりも、俺たちの疲れをお嬢ちゃんに癒してもらおうぜ」

「へへへ、そうだな。こんだけ苦労したんだ。こいつはぁ、女神さまのお導きってやつだな」


 再び、男どもは下卑た笑い声をあげている。

 俺はスカートの中の石をグッと握りしめて、好機を待つ。

(騎士団とか言ったな。追われてるのか? だったらっ)

 

 男の一人が近づいてきて馬から降りようとした。

 そこで俺は、視線を遠くに投げる。

 

 俺の動きに驚いた男どもは、慌てて投げた視線の先を追った。

 その隙を突いて、スカートから先端鋭く尖った石を取り出し、馬から降りようとした男に飛び掛かった。


「ぎゃあっ!」

 

 石は男の太ももに深々と突き刺さる。

 痛みに悶える男と、こいつの声に驚く他の三人。

 僅かに生まれる空白の時間を最大限に生かす。

 

 痛みでバランスを崩した男の服を引っ張り、馬から引きずり落とす。

 そして、すぐさま顎先に蹴りを入れて、男が腰にぶら下げていた剣を引き抜き、後ろへ下がり距離をとった。

 一連の動作は、俺自身が驚くほどスムーズに行えた。


(ふぅ~。なんか、男の時よりも動きがいいような。身体機能が上がってる? お地蔵様のおまけか? もしそうなら、何とかなるかもっ)


 剣を両手でしっかりと握りしめて、男たちを睨みつける。

 しかし、男たちは俺に一瞥することもなく、太ももを刺された男の様子を見ていた。

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