第3話 地獄に仏ならぬ狭間にお地蔵様

 見つめる先には何もない。

 あえて言うならば、闇がある。

 やがては俺という存在も、この闇に溶け込むというわけだ。



「くそ~、遊ぶのはここまでにして、ここから脱出する方法を考えないと」

「あの~」

「しっかし、何にもないんだよなぁ。少しでも気を抜くと、自分を保てないし」

「あの~、もしもし」

「そもそも、出口があるのかどうかもわからないし。マジでやばいぞ。どうする?」

「あの、すみませんっ」

「んだよ、人が考え事してるのに邪魔しやがっ、ん? えっ、だれ!?」


 背後から聞こえてきた声に驚き、すぐさま振り向く。


「よかった~、お気づきになられて」


 背後には、にこやかな表情をした丸坊主で小学生くらいの子が、地味な袈裟を纏って立っていた。

 


「えっと、君は誰?」

「私は地蔵菩薩と言います。一般的には、お地蔵様と言われる存在です」

「お地蔵様?」

 

 もう一度、お地蔵様を名乗る子どもを見た。

 袈裟を着ていて、手には錫杖を持ち、首元には赤いスカーフ。いや、涎掛けをつけている。

 たしかに、地蔵っぽいファッション。


「えっと、お地蔵様がなんでこんなわけのわからないところに?」

「……。狭間から子どもの気配を感じたので、訪れてみました。あなたのような子どもが、どうして極刑である追放の刑を?」


 一瞬、奇妙な間があったような気がするけど、今はそんなことよりも事情を説明しよう。

 もしかしたら力を貸してくれるかもしれない。


「それが……前世の罪を償ってないとかいうひどい理由で――」


 

 俺はお地蔵様に、駅前で突然刺されたことから、あの世での裁判で言い渡された理不尽な刑罰について、愚痴を交えつつ訴えていった。

 話を聞き終えたお地蔵様は、表情を暗く落として、小さく首を振る。



「だから、あなたのような子どもが追放刑を。前世でよほどの咎を背負ったのですね」

「でもさでもさ、前世で何をしたかもわからないのに、償えと言われてもっ」

「咎に気づくことも刑罰のうちなのですよ。気づかなければ、罰を与えられる」

「そんな無茶苦茶な!」

「我々にとっては道理。人の常識は無意味なのです」

「無意味って、うっ!?」


 お地蔵様は優しくも悲しげな瞳で俺を見つめる。

 奈落を映す闇と慈愛に満たされた光を併せ持つ瞳。

 人には持ちえない瞳を前に、言葉が続かなかった。


 彼らには、人のことわりは通用しない。

 そうと知らされるには十分すぎる力が瞳にはあった。



 俺は視線から逃げるように後ずさり、うつむく。

 何を訴えても、無駄……でも、それでも俺は、擦れる声を漏らして、訴える。


「こ、こんなの、ないだろ。こんなところで、消えたくない。理由もわからないのに消されたくない。あの、助けて、くれませんか?」

「いいですよ」

「え、ええ!?」


 あまりにもあっさり過ぎる返事に驚き、お地蔵様に顔を向ける。

 お地蔵さまは二コリを笑って、言葉を続けた。


「私がここへ訪れたのはそのためですから。子どもへ救済を与えることが私の役目」

「子どもの救済?」

「ええ、そうです。あなたは運がいい。十五歳を過ぎていたら、私にはどうしようもなかった。しかし、十五を迎えていないあなたならば、私の権限でできる限りのことをして差し上げられます」


「よくわからないけど、生き返れるってことですか? それとも天国行き?」

「両方とも無理です」

「え? ま、まさか、地獄行き?」

「それも無理です。あなたは宇宙追放刑を言い渡されています。私に刑罰を変える権限はありません」


「じゃあ、どうなるの俺?」

「あなたの居場所は、もはや私たちが管轄する宇宙にはありません。ですから、別の世界に送るとしましょう」

「別の世界って、どこ?」


「宇宙の外には、積み上げられた……世界の坩堝るつぼと言われる場所が点在しています。あなたにわかりやすく説明すると、異世界と表現した方がよいでしょうか」


「異世界って言っても、色々あるんだけど……」

「そこはなるべく地球に似た世界を選びますのでご安心を。では、お聞きします。私はあなたを異世界へ渡すことができます。そこへ行くか、次元の狭間に残るか、お好きな方をお選びください」


 突きつけられた、答えが一つしかない選択肢。

 こんなところに残る理由はない。


「じゃあ、異世界行きでお願いします……でも、その前に聞きたいことが?」

「なんでしょう?」

「俺はもう、地球へ、日本へ戻れないってことなの?」

「はい」


「そう、なんだ。あの、無茶を承知で一つ頼みが。親父とお母さんに、伝言とか無理ですか?」

「……虫の知らせ程度のものならば」

「十分です。それじゃあ、先立つ不孝……いや、違うな。えっと、ありがとう。そう伝えてくれますか」

 

 我ながら、かなり照れる発言だ。

 普段だったら、親に『ありがとう』なんてあり得ない。少なくとも俺のキャラじゃない。

 

 だけど、もう死んだんだし、最後くらい素直になるのも悪くない。

 お地蔵様に照れ顔を見られなように、ふいっと横を向く。

 そのお地蔵様はまったく気にしていないようで、微笑みを絶やさずにこちらを見ている。


「ふふ、わかりました」

「えっと、ありがとうございます。お願いします」


 お地蔵様はこくりとうなずくと、錫杖を少し持ち上げる。


「地球から他の世界に渡るとなると苦労するでしょうから、幾つかおまけをつけておきますね。お嬢さん」

「は、お嬢さん?」


 

 お地蔵さまは疑問の声に答えることなく、錫杖を下に突く。

 すると、真っ暗だった場所は突如として光に飲み込まれる。

 俺は明かりの大きな変化に目が追い付かず、瞼を閉じて叫び声をあげた。

「うわっ……く、なに?」


 両目を手で覆って、指の隙間から少しずつ光を入れていく。

 光が瞳になじんだところで、ゆっくりと周りを見渡した。


「……どこ?」


 闇は消えて、先に広がるは草原。

 どこまでも続く、蒼い大地。


「ふむぅ~、心の準備もないなぁ。おっさんといい鬼といいお地蔵様といい、方向性は違うけど、人のこと無視は変わらんな」


 彼らにとって人の意思とは、羽虫以下の存在なのかもしれない。

 俺は下を向いて、はぁ~っとため息をついた。

 向けた視線の先に、何か奇妙なものが映っている。


「あれ、もしかして……これって」


 胸には見慣れない、柔らかそうな出っ張り。


「ま、まさか、おんなぁあぁぁぁあ!?」

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