第3話

「棗くん、棗くん起きて」

心地のよい声、これはまさしく愛する彼女の声だ。僕はゆっくりと目蓋を開いた。

「やっと起きた、遅刻しちゃうよ」

と心配そうに見つめる彼女の顔があった。僕は夢でも見ているのだと、そう思った。それでも良い、夢でも良いから彼女に会えた、それだけがただただ嬉しかった。僕はベッドから起き上がると彼女を抱き締めた。彼女は驚いてはいたものの優しく背中を擦って

「甘えん坊なパパですね」

とお腹の子に話しかけた。そして、

「朝御飯冷めちゃうよ」

と僕から離れて台所へ向かった。僕は自然と涙を流していた。そして、涙を袖で拭った後台所へ向かった。ベッドの近くに置いていたデジタル時計には9月18日と刻まれていた。


朝食を食べ終えてスーツに着替えていたときに

「今日のお夕飯何食べたい?」

と彼女に聞かれた。この質問に聞き覚えがあった。これはたしか彼女亡くなった日に聞かれた質問だった。この質問にどう答えるかで彼女を失わずに済むのではないかと考え、僕は

「今日は久しぶりに出前でも頼もうか」

と答えた。

彼女は一瞬、悲しそうな顔をしたがすぐに

「出前なんて久しぶり、何頼もうかなあ」

と答え微笑んだ。僕は少しいたたまれなかったが、彼女を救うことが出きるならと気づかないふりをした。

とりあえず彼女が外出をすることはないことに安心し、僕は家を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る