第58話 奪われてゆく


 部屋にあるただ一つの小さな窓。


 そこが私と外界を繋ぐ唯一の場所だった。


 薄暗い場所は嫌だ。狭い世界に閉じ込められているって、嫌でも思い知らされるから。だからこうやって小さくても外の様子が見られるのが嬉しい。


 ここに時々リーンが来てくれる。その姿を見られる事が、本当に嬉しくて嬉しくて……

 だけど隠れるようにして見るしか出来ない自分が凄く嫌。リーンはこうやってここまで来てくれているのに、それが嬉しいと伝える事も出来ずに拒否するような態度……


 ここに来ている事が知れてリーンが捕まったらどうしよう。だからここに来ちゃダメなんだよ。リーンに被害が及ぶかも知れないんだよ。


 でも来てくれるのが嬉しくてどうしようもなくて、矛盾した思いでいつも窓の外を見続ける。


 そんなある日、エルマが私に革袋を持ってきた。



「ジル様、こちら、リーンハルト様からでございます」


「リーンハルト……?」


「リーン様でございます。昨日、私はリーンハルト様とお話をさせて頂きました」


「え?! それ、本当なの?!」


「はい、それでこちらを預かって来ました。ジル様に渡して欲しいと」



 エルマから受け取って、早速中身を確認してみる。そこには、髪飾りや首飾り、小物入れ、指輪、腕輪、スカーフ等、珍しいデザインの装飾品等が入っていた。

 なんでこんなに沢山……



「リーンハルト様は今、お仕事で遠国へ赴かれていらっしゃるようです。その途中、立ち寄った街等でジル様に似合いそうな物を購入していらしたそうですよ」


「リーン……こんなに……」


「本当はまだあるのだそうですが、嵩張るから今回はこれだけ、と言っておられました」



 リーンが私の事を考えてくれている。私にこんな素敵な物を贈ってくれる。それがこんなに心が暖かくなるなんて……!

 リーンの気持ちが嬉しくて、涙が出そうになる。



「ありがとう……エルマ、ありがとね……」


「いえ……リーンハルト様はジル様をとても心配されていらっしゃいました。ジル様が幸せであれば良いと。ですがそうでないのなら、助け出したいと、そう仰っておいででした」


「リーンがそんな事を? でも……それは無理だよ……」


「リーンハルト様は、ジル様から貰った首飾りに守られているから自分は大丈夫だと。それよりも、ジル様はご自分の事を考えて欲しいと言われておられました」


「だって……だってリーンが……それにお父さんとお母さんは私のせいで殺され……て……」


「殺された……?」


「私が言うことを聞かないと、他の人に被害が及んじゃう……そんなの……もうそんなのは嫌なの……っ!」


「ジル様……ですが……」


「リーンのその気持ちだけで充分だよ……それだけで……」


「しかし……!」


「ありがとう、エルマ。でも、もういいの……」


「……リーンハルト様は……ジル様を想ってらっしゃると……それを伝えて欲しいと……」


「思ってる……?」



 リーンが私の事を考えてくれてる。それでもう良いよ。ありがとう、リーン。

 ふふ……リーンはリーンハルトって名前だったんだね。そんな事も知らなかった。 


 でも、私の渡した首飾りでリーンの身の安全は確保できていたんだね。良かった。本当に良かった。それだけが気がかりだったんだよ。リーンが無事ならそれで良い。


 それで良い……


 エルマが困ったような顔をしていたけど、私がここからいなくなったら、責められるのはきっとエルマやここで働く人達だ。それはダメだ。もう誰も私の犠牲になっちゃいけないんだ。


 

「エルマ、ここはね? 前にいた所より全然いい所なの。前はね、窓がなくて、外の様子が全然分からなくてね? 小さな蝋燭の火だけが唯一の灯りだったの。だから色がよく分からなくて。外に出た時、この世界は鮮やかな色に溢れてるって思ってビックリしたの。太陽は暖かくて、風は爽やかで、大地や草花、木々の匂いに満たされていて、それを身体中で感じられた事が幸せだって思ったの。今は自由に外に出られないけれど、それでも外の様子が分かるのが嬉しいの。だからここでなら……私はきっと……耐えてゆける……」


「ジル様……」



 仕方がないんだよ。私一人が我慢すれば良いんだよ。そしたらきっと、世界は瘴気に侵されなくなっていく。だからこれは仕方がないんだよ……

 

 だけど、そんな私の覚悟は呆気なく崩されていかれそうになる。


 今日もまた陛下がやって来た。陛下はいつも私を見ると嬉しそうに笑いながら近づいてくる。

 ズカズカとやって来て、私の首をガツッと掴んで壁にドンッて押し付けた。

 首を締め付けられるような感じになって息ができにくくなって、押し付けられた時に強く背中を打ったから余計に呼吸がしづらくて、思わず陛下の手を魔法で凍らせてしまった。


 そうされてやっと手を離した陛下は、凍らされた手を見てニヤリと笑い、自身の火魔法で瞬時にそれを溶かしていった。 



「ハハハ、余に反撃するとはな。流石に首を締めるのは命の危険を感じたか」


「息ができないのは……ダメ、です……」


「手を凍らされたのは初めてぞ。お前は魔法にも長けておったのだな」


「…………」


「まぁよい。今日はこれ以上はしないでやろう」


「……え?」


「それよりな。決まった事があったので伝えに来たのだ」


「決まった事……?」


「そうだ。また他国との交渉で優位にたてそうなのでな。聖女の一部が必要となったのだ」


「私の……一部……ですが私にはもう腕も足もありません……っ!」


「まだその眼があるではないか」


「…………っ!」


「両方とは言わぬ。まずは一つだけにしてやろう。代わりとなる物を用意してやる。義眼というヤツだ。まぁ、それをつけたとて見える事はないが」


「嫌、です……嫌です! 陛下、嫌ですっ!」


「お前に拒否権等ない。猶予だけはやろう。三日後だ。三日後、その眼を貰い受ける。良いな? それまでその目に見たいものを焼き付けておけ。今日はそれを伝えに来ただけだ。お前のその余を恐れる顔が見たくてな! ハハハハハっ!」



 そう言うと陛下は笑いながら、踵を返して部屋から出て行った。


 陛下が出て行った後も、私は一人ガタガタ震えてその場から動けずにいたのだった……






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