第57話 知らないと言う罪


 侍女だと言ったエルマは言いづらそうに、しかし勇気を振り絞って言ってくれているようだった。


 それはそうだ。この件には国王陛下が絡んでいる。重要機密を外部に漏らしているようなものなのだ。


 それでもジルの事を見かねてか、エルマは俺に話して聞かせてくれたのだ。彼女の勇気に感謝しかない。



「陛下が帰られた後、私はすぐに部屋へ入らせて頂きます。そうするとジル様はいつも倒れて動けないようでグッタリされていらっしゃって……服には多く出血した跡や焼かれた跡がありますが、ジル様は無傷のままなんです。それでも、そうされる事がきっと恐ろしいのでしょう。目に涙を溜めて、震えていらっしゃる事が殆どでございます。私が傍に行くと、申し訳なさそうに微笑まれますが……」


「なんでそんな目に……っ!」


「罪人の子だから……」


「……なに?」


「他の侍女が話しておりました。罪人の子だと聞いたと。それを聞いて、それならばと思ったのですが……」


「違う……ジルは罪人の子ではない! ジルは! ジルこそが聖女だ!」


「それは本当でございますか?!」


「間違いない……ジルは聖女なんだ。だから神官がアイツを捕まえに来た。この場所も、ヴィヴィがいる頃よりも厳重に警備がされているだろう? それはもう逃げられないようにだ」


「そんな……ジル様がそうだなんて……いえ……薄々はそうじゃないかと思っていました。あの方の微笑みは……一度見たら忘れられません。全てが許されるような、包み込まれるような、そんな感じがするのです」


「あぁ……俺もそうだ。ジルが笑っていてくれるなら、俺はどんな事だって出来る。あの笑顔を守れるのなら……」


「分かります。ですが、それなら聖女様……ヴィヴィ様はなぜ聖女様として扱われていたのでしょうか?」


「公に出す見映えの良い子が必要だったからじゃないか? ジルは罪人の子と思われていたからな」


「そうでしたか……リーンハルト様、ジル様はいつも貴方様が来られるのを心待ちにしていらっしゃいます。それでも会ってはいけない方だと、被害が及ぶからと、その姿を見せようとされません。ですが、いつも隠れるようにしてリーンハルト様の姿を見ていらっしゃいます」


「あぁ。カーテン越しに此方を見ているのが分かっているよ。俺を気遣ってくれている事も」


「はい……口には出されませんが、リーンハルト様が来られた時は本当に嬉しそうで、ですが切なそうで……来られない日が長く続くと、一日中窓辺で外を見てその姿を探されていらっしゃいます。リーンハルト様は今のジル様の、唯一の救いなのでございます」


「ジル……」



 すぐに傍にいって抱き締めたい……! あの塔から連れ出して、また一緒に二人で旅をしようって、だからもう何も気にしなくて良いって言ってやりたい!


 しかし、現状何も出来ない自分がいる。どうすれば良い? どうやって助け出せば……



「ジルに伝えてくれないか……俺の事は気にしなくて良いと。ジルがくれた首飾りが俺を守ってくれているから、俺に被害は及ばないと。だからジルは、頼むからもっと自分の事を考えて欲しい。そこにいるのが辛いなら、俺の元へ来て欲しいと伝えて欲しいんだ」


「リーンハルト様……それは……」


「エルマ、申し訳ない。もしジルが逃げ出せば、その責任は塔で働く者達にいくだろう。それも分かってジルはあの塔に縛り付けられたままなんだろう。だが……」


「はい……分かっております。私もジル様がこれ以上お辛い思いをされるのは……その伝言、しかとお受け致しました」


「ありがとう、エルマ」



 俺はジルに渡して欲しいと、立ち寄った街等で購入した物をエルマに手渡した。あまり嵩張ってはいけないから、小物を数点、革袋に入れて。


 

「エルマ、くれぐれもジルの事を頼む。ジルを支えてやって欲しい」


「はい」


「それと……俺はジルを想っていると……そう伝えて欲しい」


「……っ! 畏まりました。必ず……!」



 エルマは深々と頭を下げて、俺が渡した革袋を大事そうに胸に抱えて小走りで去っていった。


 その後ろ姿を見守った後、塔の窓を見つめる。


 ジル、ごめん……俺は何も知らなかった。何も分かってなかった。いつも笑っているジルを幸せな奴だと、悩みなんて無さそうだと、気楽な奴なんだと勝手に思っていたんだ。


 けどそうじゃなかった。


 誰よりも辛い目にあっていたのに、ジルはそれでも笑顔を絶やさなかった。

 その笑顔に俺はただ癒されていただけで……


 何もしてやれなかった……


 暫く窓にいるジルを見上げて、その後また騎士達の元へと戻った。


 エルマからジルの事を聞いてから、俺はより一層ジルの事ばかり考えるようになった。


 なぜ俺はジルの傍にいてやれない。こんな所で何をしているのか。ヴァルカテノ国へ行って何になる。騎士団の仕事を続けている意味は? 侯爵家に留まる理由は?


 そんな事がずっと頭に巡って、けれど簡単にあの結界や警護を突破する事が出来そうになく、どうにかジルから出てきて貰えはしないかと考え、それにはどうにかジルと話が出来ないかと、そんな事ばかり考えあぐねていた。


 結局は自分一人では何も出来ない。情けない。俺は結局はこうだ。


 悔やむばかりで何も出来ずにいたが、それもあって時間があればジルを求めるようにあの塔へと赴くようにした。

 

 王都に帰った時に、イザイアとの連絡もなるべく取るようにしている。その時、イザイアからの報告で、ヴィヴィが行方不明となっている事を聞いた。


 どうやら拐われたらしいのだ。


 ヴィヴィの事だから、男の家を渡り歩いているんじゃないかとの懸念があったが、どうやらそうではないようだ。

 

 ヴィヴィは自分を聖女だと信じて疑わない。だから知り合った人にはそうだと言っていたようだ。


 それで狙われる事になったのかも知れない。だが誰にだ? 聖女だから拐われたのか? だとしたら何処に連れていかれた?


 ヴィヴィがどうあろうと、国は動かないだろう。アッサリとヴィヴィは見限られたのだ。王都では消息不明になる者は少なくない。どれだけ訴えても、平民一人いなくなった所で兵士を動かす事はほぼない。明らかに事件性があればまた別かも知れないが。


 ヴィヴィの事は気になるが、今はそれよりもジルの事だ。


 悪いが今この状況で、俺はヴィヴィの事は考えないようにするしかなかったのだ。

 

 



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