第56話 幸せでなければ
ヴァルカテノ料理店の女将から、俺達はヴァルカテノ国について話を聞いていた。
そこで、瘴気が広がった原因がヴァルカテノ国にあるらしいと言うことを聞く。
しかし、ヴァルカテノ国に聖女の生まれる村があったとは……
「では今、ヴァルカテノ国はどんな感じなんだ? 瘴気の発現場所であるならば、人が住めないのではないのか?」
「それがね、流石は聖女様の生まれる神聖なる村がある国って事でさ、瘴気はそこまで酷くはならなかったのさ。恐らく神聖なる村の人々が守ってくださってるんじゃないかねぇ? どうやってかは知らないけどね」
「そうなのか? なら、なんでアンタ達は国を離れたんだ?」
「今は然程ひどい状態じゃないってのは分かってるよ。けど当時は分からなかったのさ。いきなり作物の育ちが悪くなってみなよ。農家はみんなパニックだったさ。他にも、漁師達も魚が逃げ出したのか、獲れなくなったって嘆いていたし、猟師もそうさ。そうなりゃ物流が滞る。商人の所に商品が入って来ないからねぇ。鉱山もあったけど、魔物が多く出て取りに行く事も容易く出来なくなったしねぇ」
「それは……そうなるだろうな……」
「あの頃が豊かすぎたのさ。収穫は半減して、これじゃやってけないってんで、アタシ達もあの国から逃げ出すようにここに来たんだけどね」
「逃げ出した人は多かったのか?」
「まぁ、そうだねぇ。多かったかも知れないねぇ。でも、他の国に来て気づいたんだよ。どこに行っても然程変わりは無かったって事がさ。それを知って帰る人達も多かったんじゃないかねぇ?」
「そうなんだな」
「まぁ、アタシ達はこの国が気に入ったから、あれから帰りもせずにずっとここに留まっているけどねぇ」
ニコニコ笑いながら女将はそう話してくれた。
そうか……ヴァルカテノ国は、元は自国のモノだから、聖女の物を取り返そうとしている、と言う事なのか……
だから交渉にも応じない。自分達のモノを取り返すのだから、それは必要ない。そう言う事なのか。
しかし何故シルヴェストル国王は聖女、もしくは神聖なる村に手を出したのか。こうなる事を分かっていなかったのか。そうであれば、とんだ暗君だな。
店を出て、その情報を他の皆にも共有する。相変わらず俺を狙っている奴は、他の皆とも一線を引くようにいるが、時々俺の様子を見て隙を伺っているように感じる。本当に厄介だ。
国を跨いでヴァルカテノ国へ向かっているが、我が国フェルテナヴァル国から離れた国はやはりと言うべきか、瘴気の濃い場所が多くあった。
それでも俺自身が瘴気に侵されないし、一緒にいる騎士の皆もそれに肖っているから、体調を悪くする者は誰もいなかった。
しかし、なぜ俺がそうなのかと詰め寄られそうな気もしたが、何故かそれはされなかった。ラディム曰く、そんな事はどうでも良くなって、ただ俺の傍にいたくなるような感覚に陥ってしまうのだそうだ。
この発言に身の危険を感じたが、迂闊に手を出そう等は考えられない事だと言う。それは神聖なモノを汚すような気がする、と言っていたのだ。
「リーンなのに不思議だよな」
って言って、ラディムはハハハって笑っていた。
そんな中、俺は時間があれば王都に、あの塔に赴いている。相変わらずジルは俺に姿を見せないが、俺の様子を伺っているのは分かる。
カーテン越しに見えるジルの姿はいじらしくて、愛おしくて、いつも胸が締め付けられる。
そうやっていつものようにジルを眺めていると、俺の元へ女の人が駆け寄って来た。よく見るとその人は、ジルの傍にいた人のようだった。
驚いて、この場面を他の人に見られない方がいいと思い、俺とその人の気配を消す魔法をかけた。
「あの、貴方はリーン様でしょうか?」
「え? あぁ、俺はリーンハルトだ。貴女は?」
「私はジル様の侍女をさせて頂いております、エルマと申します」
「そうか。君がジルの傍にいてくれているんだね」
「はい。……あの、リーンハルト様は何故、此方に来られていらっしゃるのでしょうか?」
「え? ……それは……ジルが幸せなのかどうかを確認したいからだ」
「幸せかどうかを、ですか?」
「あぁ。俺は前にここにいた身代わりの聖女、ヴィヴィがずっと不幸だと思っていたんだ。だから助け出したいって、そう思っていた。だけど違った。ヴィヴィはこの塔で幸せに暮らしていたようだった。だからもしジルがここで今幸せに暮らしているのなら、俺はジルの幸せを願ってここにはもう来ないでいようと思っている。だがそうでなければ……」
「ジル様が幸せな訳が……」
「え?」
「ジル様は私にいつも微笑んでくださいます」
「そうか。ジルはやっぱりそうなんだな。アイツはいつも、俺にもそうやって笑ってくれていたんだ。俺はその笑顔がまた見たくて……」
「ですが、一人の時はいつも泣いておいでだと思われます」
「泣いて……? 何故だ?! 何がそうさせている?!」
「ここに国王陛下が来られているのはご存知でしょうか?」
「……あぁ……ジルはヒルデブラント陛下に囲われていると聞いている。王妃にはなれないだろうが、陛下に愛されているのであれば、ジルはなに不自由なく暮らせるのではと……」
「いえ、そうではありません」
「なに? どういう事だ?」
「ジル様は女性として……その対象として囲われているのではありません」
「では陛下はジルに何を求めていると言うんだ?」
「それは……」
エルマから聞いたジルの状況は、俺が想像を絶するものだった。
ジルが回復魔法を使えるのは知っていた。だが、自然と自身の体が治癒されていくと言うのは知らなかった。
それを面白がって、ジルは陛下に嬲られ痛め付けられていたのだ。
そしてそれはあの王城地下にいた頃から行われていた事だった……!
あの時……
地下からシルヴォがジルを助け出した時、布団にくるまれ、僅かに顔を覗かせていたジルは泣いていた。震えて、でも何か言いたげで、俺の事を見上げながら目にいっぱい涙を溜めて……
そんなに酷い目にあっていたのか? それが今も続いているのか……?!
助け出さなければ……
一刻も早く、ジルを塔から、この国から助けださなければ!
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