第55話 神聖なる村


 目の前にジルがいる。


 それが嬉しくて仕方がない。


 その姿は小さくしか見えないから顔もあまりちゃんとは見れていないけれど、ジルの存在を確認できただけでも心が喜んでいる。


 この結界がもどかしい。少しでも近くに行きたい。その顔をもっとちゃんと見たい。どうして俺はあの時ジルの手を離してしまったんだ。それが悔やんでも悔やみきれない。


 すると、突然ジルの姿が見えなくなった。どうした? と思ってジッと目を凝らして見ていると、レースのカーテンにうっすらと人影があるのが見えた。ジルはカーテンに隠れてしまったんだな。


 でもそこから動かずに、こちらの様子を伺っている感じがする。

 どうしたのか。何かあったのか?


 暫くその様子を見ていたら、次にジルは後ろを向いたようだった。俺の事を拒絶するかのようなその態度に違和感が残る。さっきまで手を振ってくれていたのに。

 表情はよく分からなかったけど、きっと嬉しそうにしていたんだと思う。


 それが突然身を隠すようにした。それは何かを警戒しての事か? 


 ……俺の事を気遣ってくれているのか……


 やはり俺はジルの足枷になっているんだな。ジルは俺の事を考えてくれているのか……?


 きっとジルなら、こんな結界は訳なく解除出来るのだろう。護衛の兵士が多くても、何の邪魔にもならないだろう。この塔から脱出する事もジルなら容易い筈だ。

 なのにそれをせずにあの場所に留まっている。それは誰かの事を思っての事なんだろう。


 それが俺だと言うことに情けなさと苛立ちと、同時に愛しさが募っていく。自分自身を犠牲にして、ジルは俺を守ろうとしてくれている。そう受け取っていいか? それともこれは俺の自惚れか?


 今はどうする事も出来ないが、ジルがここにいるのが分かっただけでも良かった。


 暫くはずっと塔を見上げてジルの姿を探して、戻らなければいけない時間になったから仕方なくその場を離れ、元いた街まで転移石を使って戻ってきた。


 少しの間だけれど、ジルの様子が伺えて良かった。元気そうだった。あの場所で何も苦労はないのか? ヒルデブラント陛下に囲われている、と言う事なのか……?


 いや、例えそうであったとしても、ジルが良ければそれで良い。ジルが幸せでさえあれば……


 だがもしそうでなかったら……


 どうにかジルと話せないか? 連絡を取る事はできないか? そんな事を考えながらも、あの塔に近づく事が出来ずにいる日々が続いた。


 街や村に立ち寄る度、時には夜皆が寝静まってから、俺はあの塔まで転移石を使って行った。

 初めてあの塔でジルを確認してから、俺が近くに行ってもジルが姿を見せる事はなかった。

 

 ただ、カーテン越しに人影が見える事から、ジルが俺の様子を伺っているのだと推測できた。それが分かるだけでも嬉しかった。ジルが俺を気にかけてくれている事が嬉しくて仕方がなかった。


 会えなくても、姿が見れなくても、その存在が分かるだけでも良かった。

 しかし、何の解決もしないままに日々は過ぎていった。

 

 ヴァルカテノ国までの道のりは長く、国を跨いでの旅となるから街の様子や人々の様子は大きく変わっていく。国の文化が違うから、建物の造形や人々の風習も変わっていく。

 穏やかな人々。活気のある街。こんな場所にジルと来たかったと思う事が多くなっていく。


 珍しい物があると、つい購入してしまう。これはジルに似合いそうだと思った髪飾りや、民族衣装、帽子、アクセサリーや小物……

 しかし、それを渡せる日が来るのかと、日々考え込む事が多くなってきた。

 

 そんなある日、立ち寄った街で、ヴァルカテノ国の出身だと言う者と知り合えた。


 それはヴァルカテノ国出身の夫婦が小さな店を切り盛りしているヴァルカテノ料理店だった。

 その店に俺とラディム二人で行き、然り気無く情報収集をすると、おしゃべり好きそうな初老の女将が色々と話してくれた。



「へぇ、アンタ達これからヴァルカテノ国に行くのかい?」


「そうなんだ。俺達の祖母がそこにいることが分かってな。老い先短いって言うんで、従兄弟同士で会いに行くんだよ」


「それなら会っておいた方がいいね。で、ヴァルカテノが初めてだからどんな国か教えて欲しいのかい?」


「あぁ。郷に入ればってのがあるだろ? まぁ、そんな堅苦しく考えなくても、知っておきたいって思ってな」


「そうだね。あの国は……住みやすかったよ。アタシが住んでいた所は首都に近い街でね。今でこそこうやって料理店をしているけどね、私達は農業を営んでいたんだよ。土地も良くて、毎年豊作でね。国も豊かだったよ。災害が起こる事も無かったし、穏やかに暮らせていたんだよ」


「そうなんだな。でも、なら何故国を離れたんだ?」


「今言った事は昔の話さ。今じゃ国は廃れていてね。国として存続するのも難しいんじゃないかねぇ?」


「そうなのか? それはやっぱり瘴気に侵されて、か?」


「まぁ、結果的にそうなんだけどね……」


「他に何か理由があるのか?」


「他に理由っていうか、その原因を作り出した事が問題なのさ」


「え? それはどういう事だ?」


「ヴァルカテノ国はね、聖女様が宿る国と言われていたんだよ。とある山奥にさ、代々聖女様が生まれる神聖なる村があると言われていてね。まぁ、誰も見たことが無かったから迷信だと思っている人もいたんだけどね」


「聖女の生まれる村……」


「その村に住む人々は、決して他の者と交流を持たず、ひっそりと暮らしていたらしいんだ。その聖女様の力のお陰で、ヴァルカテノ国は豊かな土地に恵まれ、災害もなく争いもなく、人々は穏やかに生活できている、と言われていたんだよ」


「なら今、なぜヴァルカテノ国は廃れてきているんだ? 聖女に何かあったのか?」


「詳しくは知らないよ。けど現在のヴァルカテノ国王、シルヴェストル陛下がさ、聖女様の村を襲ったかどうかしたのか……とにかく、聖女様かその村の何かの逆鱗に触れたんじゃないかって言われていてね。そうしてあの国は廃れていったんだ」


「そうだったのか……それは何年くらい前の話なんだ?」


「25年……いや、そんなに経ってないかねぇ? けどそれからさ。あの国は罰を受けるように瘴気に侵されていってね。それから徐々に他国へも瘴気は広がっていったと言われているのさ」


「瘴気の発現場所はヴァルカテノ国だったのか……」


 

 ヴァルカテノ国、シルヴェストル・メンディリバル・ヴァルカテノ国王陛下。


 神聖なる村に、国王は一体何をしたのか。


 この事はジルに関係する事なのか?


 これはもっと詳しく調べなければいけないな。

 

 

  

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