第54話 それ以上の


 ヴァルカテノ国へと向かう途中で、街や村に立ち寄った時に自由時間を取るようにしている。

 その時に食料調達等もするが、程よく息抜きしないと長旅は続かないからだ。


 俺はその時を狙って、王都に転移石を使って帰る事にしている。


 王都に着いて、早速イザイアを呼び出す。帰ってきたと分かるように、ある場所に印を残すことにしているが、それでなくとも転移石の魔力を感じて、イザイアは俺が帰ってくるのが分かるらしい。

 魔力は扱う者の特性があるのだが、それが分かるのはかなり希少で特殊だ。イザイアは魔力の特性が分かる特殊技能を持っているが、それを表立って公表はしていない。知っているのはシルヴォと俺だけだ。


 呼び出した場所は、以前落ち合った飲み屋の二階。そこでイザイアからの報告を受ける。



「ジルの行方は分かったか?」


「確証はありませんが……」


「分かったのか?!」


「あの塔にいるかも知れません」


「あの塔って……聖女が……ヴィヴィがいた塔か?!」


「はい。確認は出来ていませんが、以前の聖女、ヴィヴィが追い出されてからも、そこに通う侍女や料理人、そして兵士は変わらず仕事をしているからです」


「ヴィヴィがいなければ、では誰に仕えているのか、という事になる、か。成る程な。姿は確認できたのか?」


「遠目に一度だけ。聞いていたように、白銀の短い髪の方がおられたように思います」


「そうか! それはやはりジルだ!」


「しかし……」


「なんだ?」


「あ、いえ……」


「言いにくい事なのか? いいから言ってみろ」


「はい……ヒルデブラント陛下がその塔に赴かれているのだとか……」


「陛下が……?」


「はい……ですが、行かれるのは主に昼間との事で、その……そういう事ではないと……思いますが……」


「そういう事……愛妾、か……」


「まだ分かりません。陛下には多くの側室や愛妾がおられます。ですのでそんな必要はない、かと……」


「これは必要があるなしの問題ではないのだろう。そうか……いや、そんな事は関係ない。とにかく事実確認が必要だ。塔にいるのが本当にジルなのか。それをまずは確認しなければなるまい」


「はい。ですが私は顔を知りませんし、あの塔にいる娘はジゼルと言う名との情報があり、まだ確認出来ずにおりました」


「ジゼル?」


「はい。そのように」


「ジゼル……人質、と言う意味か……」


「この国では主にその様に使われていた名ですね。国同士の交渉時の保証の為、王女や王子の事をそう呼んで他国に送り出していた時代がありましたが。今ではそんな事はほぼありませんが、その意味だけが残っていますね」


「そんな名で呼ばれていたのか……!」


「もし本当にそういう意味で名を呼ばれていたのだとすれば、国同士で質となるようなモノとして……あ、いえ、何でもありません」


「…………っ!」



 聖女であるはずなのに、なぜジゼル等と呼ぶ?! この国の為の、国民達の為の人質と言うことなのか?!


 だから名前を聞いた時に、言いにくそうに『ジル』と名乗ったのか? 声が出にくそうだったのは、もしかして喉に何かされたとかだったのか?


 考えれば考える程に、そう呼ぶことにしたであろう神官達に憤りしか湧かなくなる。苛立ちから手を握り締め過ぎて、爪が掌に食い込んで流血したのをイザイアが気遣う。

 

 

「リーンハルト様、大丈夫でしょうか……?」


「……あぁ、俺は問題ない。まずはあの塔にいるのが本当にジルなのかを確認しなければな。今から行ってくる。イザイアは引き続きジルに関しての事を調べて貰えるか」


「はい」



 すぐに塔に向かう。本当にあの塔にいるのか? ジルはそこでなに不自由ない生活が出来ているのか?


 それであればまだ良い。あそこは神殿の直轄ではない。だから神官達に良いように使われてる訳ではないんだよな? 

 

 陛下の愛妾……


 ヒルデブラント陛下は好色だ。ヴィヴィもそうだったのかも知れない。あれは男を知らない態度ではなかった。慣れていたからな。


 ジルは美しい。中性的な顔つきだが、それが一層美しさを際立たせている。なのにあの顔で屈託なく笑うんだ。それがまた可愛くて……

 

 いや、俺の感想は今はいい。


 あのジルの容姿であれば、美女を侍らしていると噂のヒルデブラント陛下の目にも止まると考えられる。だから愛妾に、か……

 いや、仕方がない。それがジルの幸せとなるのであれば、俺が助け出す必要はない。

 ヴィヴィは不幸ではなかった。あの塔に帰りたがっていた。だからジルにも優しく穏やかな生活が送れているのかも知れない。


 だが、もしそうでなかったとしたら?


 ジルがそこにいたくなくて出ていきたいと考えているのなら、俺が何としても助けてやりたい。俺のせいで聖女として捕らえられたのは間違いないのだ。だから償うのであれば、それはジルにこそだ。

 

 そんな思いを胸に走り続け、塔が見える場所までやって来た。


 ここにジルがいるかも知れない。


 近づこうとして気づく。前と違って、塔の周りには強力な結界が張られてある。これは高度な魔術師が数人がかりで施さないと張れない程の結界だ。

 護衛の数も多い。以前とは比べものにならないくらいに、厳重に護られているのが分かる。


 もちろん気配は消している。だがそれで結界を破れる訳がない。


 塔の上部にある窓を見る。そこで俺はヴィヴィを聖女だと思い眺めていた。今考えると滑稽だな。とんだ勘違いだった。

 だから今度はジルがどうしたいかをしっかり確認して、俺が必要なければすぐに身を引く。だがそうでなければ……


 暫くの間、そうやって窓を遠くから見ていると、そこで何かが動いた。あれは……


 ジル、か……?


 白銀の短い髪。だがドレスを着ている。そうか。聖女ならそうだな。遠くでハッキリ顔は分からない。けどそうだ。きっとあれがジルだ。


 目が離せなくてじっと見続けていると、ジルも此方に気づいたようだ。気配を消している。けどジルには分かったのか? いや、ちゃんと分からないかも知れない。だから気配を消すのをやめて姿が見えるようにした。


 ジルは窓から乗り出すようにして、俺を確認しようとしている。あぁ、ジル、危ないじゃないか。落ちてしまう! 思わず足が前に出て、それから結界に阻まれてしまう。これ以上前には進めないな。


 ジルが落ちないように、誰かがジルの腰を掴んでいる。あれは侍女だろうか。良かった。あのままじゃ落ちていたかも知れなかった。


 それに気づいてか、程々に身を乗り出させて、ジルは大きく両手を振った。

 

 あぁ、もう……可愛いな! なんでそんな可愛い事をしてくれるんだ! けどそれが嬉しい。ジルは何も変わってない。きっとあの頃のままなんだ。


 俺も負けじと大きく両手を振る。

 

 傍に行きたい。ジルの笑顔を間近で見たい。辛くはなかったか、悲しくはなかったかって聞いて、頭を優しく撫でて、頑張ったなって、この腕で抱き締めてやりたい。


 そうか。やっぱりそうだ。


 俺はジルに特別な感情を抱いてたのだ。


 それは家族愛のようで、それ以上のような……



 



 

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