第53話 どうか無事で


 ジルが聖女かも知れないと言う事に行き着いてから、俺はジルの消息を探す事に時間を費やしていた。


 だが、仕事が始まってからは思うように時間が取れなくなり、ジルの事は主にイザイアに任せる事にしている。


 両親がこの世にいなくなってから、俺が侯爵家に囚われている必要は無くなったとも言えるが、侯爵家の情報網を使えると言うのは今の立場があってこそだ。


 騎士の仕事もそうだった。


 今回俺が向かう遠国ヴァルカテノ国は、聖女の恩恵にあたる物を狙っているのだと言う。それは恐らく腕輪や衣服等、聖女が身に付けていた物だろうと騎士団では推測している。


 しかし、それであれば国家間の交渉等でどうにか出来ないか? それもしようとしない程、その国は野蛮なのだろうか。


 そして調べていくうちに分かった事だが、ヴァルカテノ国は聖女の根源の地とも言われている国だったのだ。

 だからそれを調べる必要がある。


 ジルが罪人の村の子ではなかったとしたら、果たして何処から来たのか。恐らくジルはあの頃5歳頃だったとは思うのだが、それまでは何処にいて、どんな生活を送っていたのか。ジルは何処の何者なのか。それがもしかしたらヴァルカテノ国に行けば分かるのかも知れない。


 そんな期待があり、俺は遠征に赴く事にした。


 それでもジルの事を放ってはおけないから、王都に転移石を設置して時々帰る事にした。高額な魔石だから、俺の懐はかなり寒くなってしまったが。


 そんな事情から俺はまだ侯爵家にいて、騎士団の仕事を続けていると言うわけだ。


 因みにヴィヴィはどうしているのかと言うと、近隣の男達に何やら貢がせているらしいのだ。それも誰彼構わず誘い込むらしいから、夫や彼氏に手を出された女性達から抗議されているそうだ。

 俺の実家でそんな事をされるのも嫌だったが、今は仲良くなった男の家にいるらしい。一人で生活した事がなかったから、こうなるのも仕方がなかったと言えばそれまでか。

 まぁ俺が気にかけなくとも、ヴィヴィは図太く生きていけたって訳だ。

 

 騎士団の仕事に戻ってから二日後、俺はヴァルカテノ国へ向かうべく王都を出た。

 その道中に瘴気の調査は同時に行う。今回は俺が旅をしていた方向とは違うから、新たに瘴気に侵されている場所なんかもしっかり把握する必要がある。


 しかしやはり、聖女の身に付けたであろう物がある街やその付近では瘴気は薄くなり、清々しい空気にまみれている。

 これが聖女の力……ジルの力、なのか……?


 今回遠征に赴いているのは俺を含めて5人だ。皆が騎士の格好をせずに、冒険者のような出で立ちでいる。ヴァルカテノ国の調査は秘密裏に行われているから、そのように振る舞う事にしている。


 俺達が移動するのは馬で、途中街の宿屋で泊まったり野宿をするのだが、そんな中ふと気づいた事がある。それは瘴気が俺のそばでは殆ど感じられない、という事だ。


 最初は気付づかなかった。と言うか、俺が気づいたのではなく、一緒に同行している同僚の奴が気づいたのだ。

 街に着いて、買い物等で俺から離れた時にそう思ったらしい。俺から離れれば離れる程に、瘴気が濃くなっていくようなのだ。


 そう言われて心当たりがあった。それはジルから貰った首飾りだ。

 宿屋で一人になった時に首からそれを外し、ロケット部分を開けてみた。するとそこにはジルの髪が入れられてあった。

 それをロケットから取り出し手にした途端に、部屋中が綺麗な空気へと変わっていったと同時に、俺自身も何だか浄化されたような、力がみなぎったような感覚がしたのだ。


 いや感覚ではなく、実際そうなのだろう。魔力や体力が補充されたとでも言うのか、これまでに無いほどに身体中が満たされた状態になったのだ。


 ほんの短い小さな一束の髪。それだけでこれ程の効果があるとは……


 その髪をロケットに戻し、首につけ直す。そうすると首飾りは体に馴染むように落ち着いた感じがした。

 そうしてから気づいた。首飾りを着けてからと言うもの、俺は疲れを知らず、魔力もほぼ減少しなかった事を。

 恐らくこの首飾りには魔法の付与がされてあるのだろう。そしてロケットにあるジルの髪が、俺から瘴気を祓っていたのだ。


 あぁ……やはりジルは聖女だった……


 これはもう紛れもない。俺を守る為に、俺の無事を祈ってこの首飾りをくれたんだな。

 その気持ちが嬉しくて、なのに自分はジルを守れなかった事が悔しくて情けなくて、酷い後悔に苛まれた。


 ロケットを握り締めて、せめてジルの安全を願う。俺の事より自分の事を考えれば良かったのに。あの村で村長から、子供達が質に取られた事、そして引き渡さなければ村に報復がある事を告げられたジルは、何も抵抗せずに連れていかれたと聞いた。


 そうやっていつも自分以外の人の事を考えていたのか? 


 ジル程の力があれば、捕らえに来た神官達を倒す事は可能だっただろう。そうしたらどうなる? ジルに関係した者をまた質に取って脅すか? それは……俺か……?


 王都で俺を付けていたと言うことはそうなんだろう。何かあれば俺をすぐに拘束し、質に取る為なんだろう。


 情けない……そうやって俺はジルを犠牲にして守られる存在でしかないなんて……


 だからか、と腑に落ちた事がある。それは同行している騎士団のメンバーだ。最初は俺を含めて4人で編成されていたようだが、途中で5人に変更になった。そこには初めて見る顔があったのだ。

 遠い地に派遣され、帰って来たばかりだと聞いていたが、恐らくソイツは俺の監視をしているのだろう。そうやってすぐに何かあれば俺を拘束できるようにしているのだろう。


 では何故俺をすぐに拘束しないのか。質に取るのであれば、こうやって俺を解放しておく必要がないのではないか。

 もしくは、俺とジルの関係性をそこまで調査しきれていない、と言う事か?


 食事をしている時に考え込んでいる俺に、同僚のラディムが隣に座って話しかけてきた。

 

 

「また眉間にシワ寄せて、何一人で考えてるんだ?」


「え? あ、いや。特になにも……」


「まぁ、お前は秘密主義だからな。そう何でも話そうとしないのは分かるけどさ」


「なら察してくれないか」


「全く。ちょっとは雰囲気変わったと思ったら、すぐにそうやって壁を作るだろ?」


「雰囲気が変わった?」


「あぁ。なんか柔らかくなったと言うか、穏やかになったと言うか……なんだろう、態度や感じは前と変わらないが、纏っている空気が違うって言うか……」


「纏っている気?」


「なんかな、傍にいると落ち着くって言うか、守りたいって言うか……あ、いや! 俺はお前をそんな変な目で見てるとか、そんなんじゃないからな!」


「これから少し距離をおこうか」


「いやマジで! ってか、だから迂闊に手を出せないって感じがする。まぁ、手を出すつもりもないが。あ、その手を出すってのも違う意味だからな! 攻撃的な!」


「攻撃……」


「あぁ。ほら、アイツ。急遽メンバーになった奴。アイツさ、なんかリーンに仕掛けようとしてるみたいなんだ。けど、それが出来ない、みたいな感じになってる」


「それは何となく気づいてた」


「なんだ。気づいてたのか。だから俺はアイツを信用してないし、警戒してるんだ」


「それは俺もそうだ。アイツは俺を監視してると思う」


「お前、何やらかしたんだ? こんなふうに遠征に紛れ込ませるなんて、普通じゃないぞ?」


「俺は何もしていない。何も出来なかった……」


「何も出来なかった?」


「いや、なんでもない。そうか、俺には簡単に手出し出来ない、か」


「そうだな。なんか守るべき存在って感じがして、けどなんでそう思うか分からないのが、凄くもどかしい!」


「そうか……」



 恐らくこの首飾りが俺を守ってくれているのだろう。だから王都でも俺は襲われなかったか? 本当は拘束しようとか、殺そうとかしたかったか? それが出来ない状態になっているのか?


 ジルの恩恵が俺を守っている。


 守るべき存在なのに、俺が守られているなんて……


 ジル、必ず助け出す。


 俺がどうなろうと、ジルを必ず助けるから。


 だからどうか、それまで無事でいて欲しい。


 どうか無事で……


 

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