第59話 一縷の望み


 今度は眼を奪われる……


 まずは一つだけって言ってた……けどきっと、すぐにもう一つも奪われる。


 見えなくなる……


 この世界の色鮮やかな景色も、リーンの姿も……!


 それだけは嫌だ! 絶対嫌だ! もう嫌だ!


 痛いのは我慢する。熱いのも我慢する。冷たいのも、苦しいのも声が出なくなるのも何とか我慢する! でも、見えないのは嫌だ! それだけは嫌だ!


 どうして細やかな望みさえ奪おうとするの?

私が何か悪い事をしたの? これ以上耐えなくちゃいけないの? どうやって耐えろって言うの?


 怖くなって涙が出てきた。この涙は眼が無くなったら出なくなるの? 泣くことも出来なくなっちゃうの?


 どうしよう? どうしよう! 


 自分の未来を考えると恐怖と悲しみしかなくて一人ガタガタ震えていると、私を伺うようにエルマが来た。



「ジル様、大丈夫ですか? すぐにお身体を休めましょうね。温かい物をお持ちしますからね」


「エルマ……エルマどうしよう……!」


「ジル様? いかがなさいましたか?」


「眼を……眼を奪われちゃう……! 見えなくなっちゃう!」


「眼? それはどう言う……」



 震えてどうしようもない体をエルマは支えるようにしてソファーに座らせてくれた。

 寒い訳でもないのに震えが止まらなくて、気遣ったエルマが膝掛けとストールを持ってきてくれた。

 それでもまだ震えてしまっていて、そんな私の体をエルマは落ち着かすようにずっと撫でてくれていた。


 エルマの撫でてくれる手が温かくて、少しずつ少しずつ震えが無くなっていく……

 

 温かい手……


 あぁ……人の手ってこうやって気持ちを落ち着かせて、心を癒してくれるんだね……私にはできない事だね……


 私が落ち着いてきたのを見計らって、エルマは即座に動き、お茶の用意をしてくれた。エルマの心遣いが有難く思う。

 そして温かい飲み物は更に気分を落ち着かせてくれた。


 

「少しは落ち着かれましたか?」


「ん……ありがとう……」


「それで……どう言う事だったのでしょうか? 申し訳ありません、私よく分からなくて……」


「そうだよね……あのね……」



 心配してくれるエルマに、私の奪われた腕や脚がどうなっているのかを話した。自分の身には瘴気を祓う力が漲っていて、だから他国に自分の腕と脚はあるのだと。

 そして今回、私の眼が交渉材料となる事を言った。


 話しているうちに、また怖くなってきて体が震えて……



「ジル様……っ! 申し訳ありません! 申し訳ありませんっ!!」


「どうして……あやまるの……?」


「そんな事とは露知らず……! 迂闊に聞いてしまい、申し訳ありません! それに、私達は何も知らずにジル様の犠牲の下、守られていたのが……っ!」


「それはもう……仕方がないの……」


「そんな事は……っ!」


「でも……嫌なの……見えなくなるのが嫌なの……! この世界の美しさも、リーンの姿も、見れなくなっちゃうのだけは我慢できない……っ! 我慢したくない!」


「それはそうですとも!」


「それだけは嫌なの! 嫌なのエルマ……っ!」


「勿論でございます! ジル様!」



 また溢れてきた涙、震える体をエルマが優しく拭い撫でて癒してくれる。 



「助けて……リーン……」



 不意に溢れた言葉。そんな事、求めちゃいけないのに。これ以上リーンを巻き込んじゃいけないのに……



「ジル様、リーンハルト様は首飾りで守られていると仰られておりました。それはどう言う事なのですか?」


「……私が身に付けた物は瘴気を祓う事ができる……だから首飾りを身に付けて、そこに魔法の付与をかけ、ロケット部分に私の髪を入れたの……」


「そんな事が……ジル様。ジル様がここから逃げようとされないのは、リーンハルト様と、私達使用人の為でしょうか?」


「え……それは……」


「私達の事は気にしていただかなくても結構でございます」


「そんな事できないよ!」


「やはりそうなのでございますね。でしたらジル様。私達にもリーンハルト様にお渡しした首飾りをお願いできませんか?」


「え……?」


「リーンハルト様は首飾りがあるからご無事なのだそうです。でしたら、私達もそれを着ければジル様に守られるのではないでしょうか?」


「えっと……どう、かな……」


「私がロケットを用意致します。ですから、それにジル様のお力を付与して頂けませんか?」


「そんな事くらい容易いけど……でも本当にそれでエルマ達はちゃんと守られるのかな……」


「それは私にも分かりません……ですが、その望みにかけるしかないのではありませんか? このままではジル様は奪われてゆくばかりです! この国を守ってくださる聖女様に、こんな仕打ちは酷すぎますっ!」


「エルマ……」


「この三日の間にリーンハルト様が来られましたら、私がお話させて頂きます。ジル様はそれまでに私が用意する首飾りをお願い致します」


「ありがとう……エルマ……」



 ここにずっといる覚悟を決めた筈だった。だけどやっぱり私はあの恐怖から……陛下から逃げ出したかった。このままだったなら我慢できたと思うけれど、見る事すら叶わなくなるのなら、それはもう無理だと思った。


 それだけは奪われたく無かった……


 エルマが部屋から出て行って、一人私は窓辺に行き外を見る。


 太陽の光が眩しくて温かくて、雲はゆっくり流れていて、小鳥の鳴き声と木々の鳴らす揺れる葉の音色に、風に踊らされている美しい花々があって……

 そのどれもが素晴らしく美しく穏やかで、それらが私の心を癒してくれているように感じる。


 あの木々がある所にいつもリーンは立っていて、こちらの様子を伺うように見上げている。


 遠くても、その存在が分かるだけで良かった。耐えられると思っていた。


 ねぇリーン……


 私がリーンの傍に行っても、貴方は困らない? 受け入れてくれる? 邪魔にならない?


 もしそうなら、すぐに貴方から離れるよ。でも私を訪ねて来てくれている事に、少しだけ期待しても良いかな……?


 ねぇ、リーン……


 


 

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