第51話 悪夢のように
ベッドで横になって、暫くは体力が回復するのを待つ。
心配そうに見ているエルマに微笑むようにするけど、エルマはまだ眉間にシワを寄せたままだ。
「もう大丈夫だよ。ありがとう、エルマ」
「いえ……本当はお召し物を代えたかったのですが、それよりも早くにお体を休めた方が良さそうでしたので……ですが、本当に大丈夫ですか? そんなに出血の跡がありますのに……」
「あ、うん……その、特異体質でね……すぐに治っちゃうから。気にしてくれてありがとね」
「そうな事が本当に?」
「ふふ……気持ち悪いよね……」
「いえ、そう言う訳では……!」
「ごめん、疲れちゃったから少し眠るね」
「あ、はい……」
優しい声かけに心が癒されていく。柔らくて暖かいベッドで眠れる。気にかけてくれる人がいる。前みたいに絶望とかにはならない。きっとならない。
だから大丈夫。私は大丈夫。大丈夫……
目を閉じて眠りにつく。
薄暗い場所に私はいて、ここは何処なのかと辺りを見渡すと、神官達が手にナイフや鉈を持って笑いながら追いかけてくる。怖くなって、私はその場から走って逃げ出した。
でもなかなか思うように走れなくて、足が縺れそうになって、もどかしく思いながらも追い付かれないように必死で逃げて逃げて……
そうしたら目の前に突然陛下が阻むように現れて、笑いながら私を短剣で何度も何度も突き刺していった。
痛くて、何度も止めてって叫んでも止めてくれなくて、私はリーンに何度も助けを求めて……
「ジル様!? ジル様!」
「……え……あ……エルマ……」
「大丈夫ですか?! 凄くうなされておいででした……!」
「あ、うん……高い所から落ちちゃう夢見ちゃって……」
「そうですか……あの、私が付いてますので……今はゆっくりなさってくださいませ」
「うん……ありがとね……」
ニッコリ笑うと、エルマは涙を拭ってくれた。また泣いてしまったんだな。気を付けないと。
夢くらいは怖い思いをしたくない。リーンとか、お父さんやお母さんの夢が見られたらいいのに。
そんな細やかな願い虚しく、決して夢じゃない、悪夢のような日々が始まった。
あの日から足しげく陛下は搭までやって来た。そして私の体を傷つけては治り方を見て喜ぶ。
斬りつけられるのは当然のようにされ、拳で殴ったり蹴ったり、トゲのついた鞭で打ち続けられたり、服に火を着けられて燃やされたりした。
火で燃やされた時は流石にすぐに水魔法で炎を消したけど、それでも至る所に火傷を負った。
陛下が部屋を出ると、すぐにエルマは駆けつけてくれる。そして動けなくなっている私をベッドに連れていってくれる。何も言えずに涙を流していると、必ずそれを拭ってくれる。そして時々エルマも泣いてくれる。
泣かしちゃダメだなって思うから何とか微笑むんだけど、エルマには逆効果みたいだった。
他の二人の侍女達はこんな時は来なくって、その方が私には良かったと思えた事だった。エルマには悪いけれど……
陛下は一週間に二度ほどここにやって来る。それが怖くて仕方がなかった。傷は治っていくけど、いつも殺されそうな気がして、痛みに耐えなくちゃいけないのも恐ろしくて、逃げ出したくて逃げ出したくて、でもそうすると誰かがまた犠牲になると思ったら、ここでじっとしているしか出来なくて……
他の二人の侍女達は、部屋の掃除をしてくれ、食事を持ってきてくれたりする。
エルマは私が陛下に何をされているのかを知っているだろうけど、この二人は知らないみたいだった。
前は私の代わりの聖女の侍女だったようで、その事が誇りだったみたい。なのに、どこの誰とも分からない罪人らしき私の世話をする事に、二人は納得できていないようだった。
私を見るその目は相変わらずで、近づこうともしないし穢れたモノを扱うような態度でいる。だから私も敢えて関わらないように、何も話しかけたりせずに、無関心を心掛けている。
それでも私の存在自体が許せないのか、わざと聞こえるように二人で会話をしだす。私は聞こえないふりをするんだけどね。
「陛下に気に入られているからって調子にのられても困るわね。罪人のくせに」
「本当よね。少し顔が良いからって、私達の聖女様を追い出して居座るなんて、本当に厚かましいわ」
「あぁ、聖女様は今どちらにいらっしゃるのかしら……ご不便なさっていないかしら……お痛わしい……」
「あ、手がすべって料理を落としてしまったわ。どうしましょう」
「まぁ、ドジなのね。でも、罪人にはこれがお似合いかも」
「そうよね。じゃあこのままにしちゃいましょう」
「ふふ……いい気味だわ」
コロコロ笑いながら、二人は出て行く。また今日も食事をわざと落とされた。
こんな事くらい何でもないとばかりに、私は復元魔法で料理を元通りにさせてから、一人で食事を摂る。
「毎日ちゃんと食べられるのは有難いよね。私は復元できるから落としても意味ないのに。ねぇ?」
誰もいないけれど、声が出るようになってからは何か喋りたくなって、こんなふうにいつも独り言を言ってしまう。
「ほら、ナイフもフォークも、あの時より上手に使えているでしょう? リーン、見てる? って、見てるわけないよね?」
「このスープも美味しいんだけどね、やっぱりお母さんの作ってくれた赤スープが一番好きだなぁ。あ、でもリーンの作ってくれたのも美味しかったよ? 食べるとね、とっても暖かい気持ちになれたんだよ」
「お父さんはよく私を抱き上げて、ベランダに連れてってくれたよね。そこでお父さんとお母さんと三人でお茶したのがね、とても幸せだったの。私、それちゃんと伝えられてなかったよね……」
「リーン、カフェに行った事があったよね。そこでパンケーキって言うのを初めて食べて、それがすっごく甘くて美味しくて嬉しかったの。リーンは甘いのあまり食べないって言ってたね。けど、それは私にパンケーキを全部食べるようにしてくれたって事だったんじゃないかな? リーンはやっぱり優しいよね」
「ねぇ……リーンは今何処にいるの? 私のせいで酷い目に合ってないかな……ちゃんと元気でいるのかな……ごめんね? リーン……ごめんなさい……」
私がいたから、お父さんとお母さんは殺されたの。その事を知ったら、リーンは私を嫌いになるかな……憎むかな……恨むよね……
奪うだけ奪って、何も返せていない。私がしたのはリーンの両親を奪い、その身を危険に晒しただけ。
きっと、私とは会わなかった方が良かったと思う。私にとってはかけがえのない人だけど、リーンにとったら私は疫病神だね。
だからもう会っちゃいけないね。
もう二度と、会っちゃいけないんだね。
だけどリーン……
私は貴方に会いたくて仕方がないの……
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