第50話 実験


 部屋の中を確認するように歩き回る。


 ここにある物は全てが高級そうで、私が触れると力加減が分からずにすぐに壊してしまいそうだったから、なにも触らないように心掛ける。

 とは言え、壊れてもある程度の物であれば、魔法で元通りに出来るんだけどね。


 フカフカのソファーがあって、そこに座るととても心地よかった。寝室のベッドは大きくて、何人寝れるんだろうって思いながらゴロンって寝転んで、両手と両足を大きく広げてみた。こんな広いベッドに私一人で使って良いなんて、凄く贅沢だ。


 服がいっぱいある部屋もあって、これは私の身代わりだった聖女の服なのかなって思いながら部屋を後にする。

 服は色とりどりの物が所狭しと何着もあって、靴や鞄、そしてキラキラ光る綺麗な装飾品もいっぱいあった。

 

 何処にも行けなかった筈なのに、あんなに沢山の服と靴と鞄とかは必要だったのかな……


 身代わり聖女は解放された後、何処に行ったのかな? 私が解放して欲しいって言ったけど、その後どうなるとかは何も聞いてなかったし考えてなかった。あの時は自分とリーンの事で精一杯だったから。


 この服とかを、あの子に渡してあげた方が良いんじゃないかな。後でエルマにでも言ってみようか。


 他にも部屋があって、本がいっぱいある部屋を見て、思わず嬉しくなってしまった。でも私は字が読めないので、絵がある本があれば良いなと思った。


 浴室もあるし、ここで本当に暮らしていいのかと戸惑ってしまう。


 そんなふうに部屋を見て回っていると、扉が開かれる音がした。

 入って来たのは陛下と呼ばれた男の人だった。



「ほぉ……更に美しくなったな。お前を抱けぬのが悔しくて仕方がないぞ」


「そう、ですか……あの……」


「なんだ。申してみよ」


「前に住んでた、私の代わりの聖女の服とか持ち物がいっぱいあります。それを渡せるように出来ますか?」


「その必要は無かろう。お前が使うが良い」


「いえ、私はいりません」


「そうだな。新しい物が必要だな。ではそれは全て処分させよう」


「いえ! それは勿体ないです! ちゃんと返してあげて欲しいです!」


「ふむ……成る程な。分かった。では侍女にでも言っておけ」


「あ、ありがとうございます! それで、あの……私はここで何をすれば……」


「何を、か……余が来た時に相手をすれば良い」


「あ、はい。相手とはどんな事を?」



 そう言うと、陛下はニヤリと笑った。その顔に背中がゾクリとして、自然と身構えてしまう。


 陛下は腰に携えた短剣を取り出し、その切っ先を私に向けた。思わず後退ってしまう。



「な、何をするんですか……」


「神官達から、傷をつけてもすぐに治ると聞いた。それをこの目で確かめたいのだ」


「や、止めてください……っ!」


「拒む事は許さぬ」



 ジリジリと迫る陛下に、私は同じように後退るけれど、背中が壁に当たって追い詰められてしまった。

 ここで陛下に攻撃する訳にはいかない。私はまた耐えるしかない……!


 陛下は嬉しそうに笑みを浮かべ、私に近づき、その短剣を腹部にズブズブと射し込んだ。強烈な痛みが刺された場所から全身に広がっていく……



「あ……ぅ……!」


「ほぉ……痛みは感じるのだな」



 言いながら刺さった短剣をグリグリと回転させるように動かす。その度に痛みが増していき、喉から血液が上ってきて口からそれを吐き出してしまう。

 また私は実験と称してこんな事をされるのかと思ったら悲しくなってきて、知らずに涙が零れ落ちてしまった。

 

 やっと短剣を抜いてくれて、だけど怪我を修復しようと魔力は私の腹部に集中していくから、義足に魔力が届かなくなって、力を無くすようにその場に崩れ落ちてしまった。


 倒れた私を仰向けにした陛下は、ドレスを短剣でビリビリと破いていき、腹部にある傷がどうなっているのかを観察するようにジロジロと見ている。


 痛みはまだある。血はまだ流れていて、肌を温かくしていくのが分かる。少しずつ流れる血液が少なくなっていって、傷がゆっくりと塞がっていくのが分かる。それは痛みが無くなっていくからだ。


 それでも刺された時の恐怖と痛みは記憶に残っている。口の中に込み上げてきた血の味はまだ残ったままだ。


 荒い呼吸を何度も繰り返し、痛みが無くなったところでやっと大きく呼吸することができた。それでも涙は止まらなかった。



「ハハ……ハハハハ! 凄いぞ! もう治った! あんなに深く刺したのに!」



 実験が成功したように、嬉しそうに笑う陛下は私が泣いているのを見てもなお、笑ったままだった。


 回復しても流れた血がすぐに元通りになる訳ではないので、私はグッタリしたままの状態でいると、陛下は私の頬に流れる涙を指で拭った。



「そう泣くでない。怖かったのか?」


「はい……」


「こんな事をいつも神官達はしていたのだな?」


「はい……」


「自分達だけで楽しんでいたという事なのだな……」


「……っ!」


「今日はここまでにしといてやる。面白いものが見れて満足したぞ」



 ハハハハって、高らかに笑いながら陛下は出て行った。


 私はまだその場から立ち上がる事が出来ずに、また牢獄にいた時のような日々が始まるのかと思ったら怖くて悲しくて、涙はずっと止まらないままだった。


 そうしていると扉がまた開いて、エルマが部屋に入ってきた。



「どうされたのです?! そんな血塗れで!」


「う、ん……暫くこうしてたら……平気だから……」


「何処か怪我をなさったのですね?! すぐに医師を……」


「もう治った、から……大丈夫……」


「え……?」



 私の様子を見て驚いたエルマは、血が流れた跡があるのに、怪我がない事が不思議に思ったみたいだったけど、私が動けずに横たわったまま泣いているのを見て、ハンカチで涙を拭ってくれた。


 それからゆっくり私を抱き起こし、支えるようにしてベッドまで連れていってくれた。


 こんなふうにしてくれる人がいるだけでも有難い事だと思った。


 あぁ……でも……


 またこんな日々が始まるんだな……



 


 

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