第49話 新たな生活


 リーンとあの村で別れ捕らわれてしまって、私は搭で暮らすことになった。


 ここにはたくさんの部屋があって、私が使う部屋は最上階にあった。

 その部屋はとても広々としていて、綺麗な家具に囲まれていて、一つだけあまり大きくない窓があった。

 そこからは木々や美しく咲き誇る花が見え、小鳥の囀ずりや、遠くで貴婦人らしき人達が楽しげな笑い声等も微かに聞こえてくる。


 暗く窓の無い場所でなくて良かった。こうやって陽の移ろいが分かる所で良かった。それだけが救いだと思えた。


 この搭に案内してくれたのは騎士で、そこから引き継いで兵士が部屋まで連れていってくれたけど、何階も階段を登らなくてはいけない事が大変だった。脚に変に負担がかかって、部屋に着く頃には両太腿辺りからかなり出血していたようで、それには兵士もビックリしていた。


 私が

「大丈夫だから」

って言って、それでもと渋る兵士に何とか部屋から出てもらい、一人になったところで魔法で回復させ、服は浄化させた。

 リーンが、この魔法は誰にも見られない方が良いって言ってたから、その言葉を守ろうと思ったからだ。


 リーンの言ってくれた事、教えてくれた事はちゃんと守りたいし、実践していきたい。ここでどう生活できるか分からないけれど、そんなふうに考えていた。


 リーンと旅をしていた日々は凄く楽しかった。一緒にいられた事が幸せだった。思い出すだけで心が満たされていく。

 私にとってはかけがえのない日々で、とても贅沢な時間だった。それだけで充分なのかも知れない。私には過ぎた日々だったんだ。


 私が誰かを頼ると、その人にも被害が及ぶ。だからこうなるのは仕方がない。自由を求めてはいけなかった。


 涙が零れそうになったけれど何とか堪えて、窓から見える風景を眺めていた。これだけでも充分じゃないか。暖かい陽射しと風、自然に溢れる音、季節を感じられる様々な色をこの目で見られるのであれば、それで良い。


 そうしていると扉がノックされて、ガチャガチャと施錠してあったのを解く音が聞こえてから扉が開けられた。


 入って来たのは3人の女の人で、3人共がうやうやしく私に頭を下げた。その様子に、つられて私も頭を下げた。



「これからジゼル様のお世話をさせて頂きます、侍女のエルマと申します。何か必要であれば、主に私を呼びつけてくださいませ」


「あ、あの……ジゼルって言うのは……」


「そのようにお名前を伺っておりますが……違いましたか?」


「……私の事は『ジル』って呼んで欲しい、です」


「ジル、様……畏まりました。では、まずは湯浴みをいたしましょう」


「湯浴み……?」


「はい。お体を綺麗にさせて頂きます」


「えっ?! それは良いです! 大丈夫です!」


「それはいけません。陛下が後程こちらに来られますので、そのご用意をさせて頂かなくてはなりませんので」


「陛下……」


「はい。そのお召し物も着替えなくてはなりませんので」


「なら自分でします!」



 と言ったけれど、私の意見は聞いて貰えなくて、3人は強引に私の服を脱がせてきた。

 女の人に変に抵抗とか出来なくて、焦りながらも自分の身を守ろうとしたけれど、あれよあれよと言う間に次々に服は脱がされていった。

 と言うより、この服は脱ぎ着しやすいようにお母さんが作り直してくれたから、あっさりと服は脱がされてしまった。


 下着姿になった私を見て、女の人達は息を飲んだ。そして、私を嫌悪するような視線を向けてきた。

 

 この目には慣れている。手足が無いのは、この国では罪人とされているからだ。それは死刑の次に重い罰であり、だからこんな姿を見た人達は私を凶悪犯だと思ったんじゃないかな。


 

「その……義手と義足は……取り外せますか?」


「もちろん、取り外せます。でも全て取ってしまうと、私は何も出来なくなる……」


「そのお手伝いは私達の仕事です。着脱の仕方を教えて頂けますか?」



 他の二人は顔を青ざめて私から離れてしまったけれど、エルマは一瞬だけ怪訝な表情をして、だけどそれからは何事も無かったように私に接した。

 それでも、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。


 エルマに言われたとおり、私は義手と義足の着脱の仕方を教える。全て取り外した状態の私の姿を見て、エルマの後ろに下がった二人は更に眉をひそめてしまった。


 私を抱き抱えたエルマは浴室へと向かった。こうなっては本当に自分では何も出来ないので、私はエルマに身を任せるしかなかった。



「貴女達、何をしているの? 手伝いなさい」


「え……ですが……」


「そんな人に仕えなければならないなんて……私は耐えられませんっ!」


「なら出ていきなさい。役立たずは必要ありません」


「っ!」



 エルマにそう言われて、二人は渋々手伝いだした。きっとエルマが一番偉いんだろうな。彼女の言うことには逆らえないのかな。

 凛としているエルマは、女性だけどなんか格好良いと思ってしまう。



「ごめんなさい……」


「ジル様が謝る必要はございません。私達は与えられた仕事を全うするのみでございます」


「うん……そうなんだろうけどね……」



 丁寧に体を洗ってくれ、その後何やら良い香りのする物を体に塗ってマッサージしてくれた。こんな事をして貰ったのは初めてで、一つ一つの事に戸惑ってしまう。

 主にエルマがしてくれて、他の二人はタオルの用意とか必要な道具の用意とかをしていて、私に触れようとはしなかった。


 入浴が終わり、それから服を着せて貰った。義手の装着はエルマがしてくれた。初めてにしては上手に着けてくれたと思う。

 服はシンプルだけど肌触りの良いドレスで、こんな上質な物は自分には合わないように思えてならなかった。

 

 それから髪を整えられ、顔に何かを塗られたりした。何をされているのか分からずに、でも何を言うこともせずに、私はされるがままの状態でいた。


 全て終わると、

「呼び出す時はこちらを鳴らしてください」

とベルを置いて、エルマ達は部屋から出ていった。

 扉が閉まると、ガチャリと鍵が掛けられる音がした。

「鍵なんか掛けなくても逃げたりしないよ」

って、思わず独り言ちる。


 着せられたドレスは袖が肘までしかなくて、私の義手は露な状態だった。


 見た目は人の皮膚っぽいけれど、でもやっぱりそれは皮膚でないと容易に分かる。腕や脚を動かす時はまだ痛みは感じるけれど、この義手と義足は私にとっては大切な宝物であって、だから侍女さん達が怪訝な顔をして外された義手と義足を見ていた事がとても悲しかった。

 

 そんな目を向けるのは私だけにして欲しい。だってこれはお父さんの愛情だもの。そして着ていた服はお母さんの愛情なんだもの。


 クローゼットに掛けられた、さっきまで着ていた服を見ながらそんな事を考える。


 これからどうされるか分からないけど、今までの楽しかった思い出を胸にして、私はこれから起こる事を耐えていこうって思ったんだ。




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