第48話 離した手
神官にジルは罪人だと言われていたようだ。
だが、あのジルが犯罪を犯すとは考えられない。きっとそう言わなければ、捕らえておく事が躊躇われるからだと考えての事だろうが。
村長にジルは罪人ではない事を告げ、俺はすぐに村を離れる事にする。
最後まで村長は申し訳なさそうに下を向いたままだったが、それを無視して村を後にした。
村長の気持ちは分かる。俺が村長の立場であれば同じ事をするだろう。だが、ジルが今頃どうなっているのかと考えると、簡単には許せなかった。
すぐに転移石を使って、王都まで帰ってきた。
まず俺が向かったのは、ヴィヴィが住む俺の実家だ。ここはもう、敢えて実家と呼ぶことにする。
気配を消すのを忘れずに急いで家に向かう。ヴィヴィに確認したい事があるからだ。
扉をノックして、返事も待たずに開けて中へと入ると、ヴィヴィはソファーでゆったりと微睡むように座っていた。
「あら。突然出て行ったと思ったらすぐに帰ってきたのね。さっきの態度は照れてしまったって事よね? ふふ……見掛けによらずウブだったのね。で、やっぱり私と離れたくなくて帰ってきたって事……」
「なぁヴィヴィ、聞きたいことがある!」
「ちょっとは私の話を聞きなさいよ!」
「ヴィヴィはあの村から……幼い頃に捕らわれていた村から王都に来る時、馬車に乗ってきたのか?! それとも……」
「え? それは勿論、馬車に決まってるじゃない」
「それは本当か?! 俺と馬に乗ってはいないのか?!」
「私は同じ村から連れてこられた子達と一緒に馬車に乗って来たわ。馬に直接乗るなんて、怖くて無理だわ」
「やっぱりそうだったのか……」
「それが何よ」
「ヴィヴィがあの搭にいた時、神官は訪ねて来たか?」
「神官……そう言えば見なかったわね」
「聖女としての仕事って、ヴィヴィは何かしたのか?」
「それは……別に何もしてないわ。でも、私が存在する事で瘴気を祓っているのよ? だから貴方はもっと私を敬わなくてはいけないわ」
「魔力もなく聖女とは……」
「何? 何を言ってるの?」
「いや……そうか。やはり俺の馬に乗っていたのはヴィヴィじゃなかったんだな。ならあの子は……」
「あ、そう言えば、私達が捕まっていた時に、あの村の子供が私達が閉じ込められていた部屋に連れてこられたわね。罪人だらけの村の子供だったから、それを騎士の人にちゃんと教えてあげたわ」
「なに?」
「その子が同じ馬車に乗っていなかったから、私達は馬車の中では落ち着いていられたわ。その子が多分貴方の馬に乗ったんじゃない? でも良かったわ。罪人の血をひく者に近寄らないで欲しかったし。穢れが移っちゃうものね」
「お前……っ!」
「何よその顔……っ! 何で睨むのよ! 私達の村は襲われたのよ?! 家は焼かれて、男の人達は殺され、お母さんも私を庇って殺されちゃったのよ?! アイツ等のせいで私達の村は無くなったのよ?! そんな事をした奴等を許せる訳ないわ! 例え何もしてなくても、人々から奪った物で育った子供を許せない気持ちは分かるでしょう?!」
「そうかも知れないが……っ!」
罪人の子だから、俺の故郷の村でジルは『罪人』と言われたか?
ジルは何もしていないのに……っ!
「しかし……村の子ならば、なぜヴィヴィ達がいる部屋に入れられたんだ?」
「知らないわよ。悪さをしてお仕置きでもされたんじゃないの?」
「ん? お仕置きだと言われて入れられた訳じゃないのか?」
「それは……もう昔の事だから忘れちゃったわ」
「本当にその村の子だったのか?」
「え? ……それは……でも、あの子は何も言わなかったし……」
「それは言わせる暇を与えなかった、と言う訳ではないのか?」
「そんな事は……でも……」
「やっぱりそうなんだな?!」
「わ、分からないわ! 他の皆も怒ってて、やり場の無い怒りをあの子にぶつけるしか無くて! でも、あの子は何も言わなかったわ!」
「……罪人の子と知られればどうなるか、お前に分かるか……?」
「知、知らないわよ……私の村じゃ犯罪なんてなかったもの……」
「この国では……ここ王都では罪人となった場合、その身内でさえも罰を受けてしまう。罪を犯した者と同等の罰を受けるんだ。あの村の奴等は皆が処刑された。ならあの子は……」
「殺されたって言うの? それが私のせいだとでも言うの?!」
「いや……聖女を殺す事はしない。しかし……きっと相当の罰を……」
「なに? 聖女……? 何を言ってるの?」
「あの子が本物の聖女だ」
「え……?」
呆けるヴィヴィを残して、俺は家を出た。
村から助け出し、俺の馬に乗せた子はやはりヴィヴィではなかった。ヴィヴィは聖女ではなかった。
では王城地下に幽閉されていた子が聖女と言う事か? だから俺の両親は拷問の末、殺されたのか……
そう考えると、辻褄が合ってしまう。
この国を守る聖女を連れ去ったのであれば、それは大罪だ。知らなかったとは言え、聖女を奪い囲ったと思われても仕方がないのだろう。
それでも両親を殺されて、それは仕方がなかった、とは言える訳もないが……!
あの時の無邪気に笑い、嬉しそうに話をしていた幼い頃のあの子がジルと被ってしまう。
そう考えると、もうジルが聖女だったとしか思えない。
地下に捕らわれ、自力で歩けない程に痛め付けられていたようだったあの子が、神官を恐れていない訳がない。
なのに抵抗もせずに神官に従って行ったと村長は言っていた。
怖かったな。
ジル、怖かったよな。
でも、誰かを犠牲には出来なかったんだよな。
何も気づけずにすまなかった。
手を離してしまって……ごめん……
ごめんな……ジル……
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