第46話 あの村へ
ヴィヴィにキスされた事に動揺して、俺は気配を消すことも忘れて堂々と歩いてしまっていた。
付け狙われているのに気づいて、やっと冷静になってきた。
あんな事くらいで動揺してしまうとは情けない。何も初めてだった訳じゃないんだ。それなりに経験くらいはある。が、意に沿わない相手とあの行為と言うのは初めてだった。それには今もまだ憤りが残る。
気づかない振りをして路地に入ってから、自分の気配を消す。俺があの家から出てきたところも見られたか?
ヴィヴィと買い物に出掛けた時は気配は消していなかった。だから知り合いに声を掛けられたのだが。ヴィヴィ自身が聖女だと知られていなかったから、恐らくそれは問題ないだろうと考えての行動だ。
ただ、俺があの家に出入りするのを知られたくはなかった。両親の事を探っていると思われたら厄介だからだ。どんな奴等が俺を付け狙っているのか分からない状態で、俺の行動の全てを知られる訳にはいかない。だから家周辺では気配は消していたが、もっと慎重になるべきだったか……
迂闊な行動をしたことを反省しつつも、考えるのはジルの事だ。
別れてからまだ3日しか経っていない。なのに会いたくて仕方がなくなってしまう。
ジルはどうしているのか。村の皆と仲良くやっているだろうか。村長に不器用なところはもうバレてしまっただろうな。でもジルなら問題なくやっていける筈だ。
寂しくはないだろうか。
俺の事を思い出してくれているだろうか。
泣いてはいないだろうか……
思い出すのはいつも、あの屈託のない笑顔だ。ジルは表情が豊かな奴だった。だからそれ以外の表情もいっぱい見てきたが、それでも思い出すのは笑顔だ。そしてその笑顔に俺は癒されたんだ。
会いたい……
明日からまた騎士団としての業務が始まる。帰ってきた時に騎士団に報告に行った時に聞いたが、俺は遠征に組み込まれていたそうだ。
それは遠国であるヴァルカテノ国へ行き、情勢等を調査する、というものだった。
遠征に出たら今度はいつ帰って来れるのかも分からないし、考えるだけでも長期になるだろうと思われるから、俺が自由に動け、王都で起こった事を調べられるのは僅かな時間しかない。自由な時間は限られているのだ。
だからこそ、余計に会いたいと思ってしまうのだろう。
また会いに行くと言って、それをジルは信じて待っているのかも知れない。遠征に出たら、簡単には抜け出せない。だからこの報告だけでもしてこようか……
言い訳がましくそんな事を考えて、俺はあの村に行く事にした。
魔道具である転移石をアイテムバッグから取り出し、強く握りしめ魔力を込める。これはあの村に設置した転移石で、魔力を込めるとそれは淡く光を放ち、俺は一瞬にして王都から村へとやって来れた。
辺りを見渡して、無事着いた事を確認してから村長の家に向かう。この時間なら農作業をしているのかも知れないな。ジルが村長と一緒に農作業をしている姿を想像すると、自然と笑みが溢れてしまう。
会えるとなると嬉しくなってくる。そう思うと足取りは軽く、そして足早に村長の家へと自然と向かっていく。
村長の家の前に広がる畑を見ると、そこには案の定村長が畑仕事をしていた。だけどジルの姿が見えない。他の用事でもしているのだろうか?
「やぁ、村長、精が出るな」
「え? ……リ、リーンっ!」
「そんな驚いてどうしたんだ? ところでジルは何処に……?」
「なぜ此処にいる?! 帰ったんじゃないのか?!」
「え? あぁ、勿論帰ったが、ジルの事が心配になってな。様子を見に来たんだ。魔道具を使ってな」
「魔道具……そんな事が出来る物があるとはの……」
「まぁな。で、ジルは?」
「それ、は……」
「何処かへ行ってるのか? 買い物とか?」
「そ、そうじゃ! ちょっと出掛けて貰っていてのぅ! 当分は戻って来んのじゃ!」
「……そうなのか?」
「あぁ! じゃから待ってても会えんかも知れん! 今日は帰ったらどうかのう!」
「……何か隠しているのか……?」
「えっ?! な、何を、じゃ! 何も隠しとらんわ!」
「様子が可笑しい。本当にジルは出掛けているだけなのか?」
「そ、そうじゃ! 隠して等っ!」
そう言う村長の胸ぐらを掴み、地面にガツッと組み敷いた。俺にこんな事をされて、村長は凄く驚いた顔をしていた。
村長は明らかに何かを隠している。世話になった村長にこんな事をするのはどうかと思うが、それよりもジルの事が気掛かりで手段を選べなかった。
「頼む。本当の事を言ってくれ。俺だってこんな事はしたくない」
「ア、アイツは! 罪人なんじゃろ?!」
「何?!」
「前に王都から使いの人達がやって来たんじゃ! リーンが罪人を連れてくるかも知れんとな! その時は引き渡すように言われてたのじゃ!」
「それでジルを引き渡したって言うのか?!」
「そうしなければこの村は潰されてしまってた! 子供達も人質に取られてっ!」
「そんな事まで……! だからジルを引き渡したのか?!」
「仕方がなかったんじゃ! ワシが皆を守らねばならんのはお前でも分かるじゃろ?!」
「……どんな奴がジルを連れて行ったんだ?」
「白い神官様のような格好をしておったから、恐らくそうじゃろう。ジルは抵抗もせずに捕まってくれての。悪い事をしたと思っておる。だが仕方がなかったんじゃ」
「神官……」
組み敷いた状態の村長から力を抜き、胸ぐらを掴んだまま引き上げ立たせてやる。
村長は申し訳なさそうに下を向いていた。
神官がここまでジルを捕まえにきた。しかも王都から。
王都にいる神官は、そこら辺の村や街にいる神官とは格が違う。余程優秀な者か、地位の高い者しか王都では神官として従事する事はできない。
王都の神官がジルをわざわざ捕らえに来た。
これは一体どういう事なんだ……
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