第45話 違和感


 何の因果か、俺の実家に聖女が住む事になった。


 まずは掃除をする事から始める。


 掃除道具を探しだし、一緒にしようと試みるが、ヴィヴィは全くやる気を起こさない。ホウキを渡して掃くように言っても、大雑把で適当にしているし、雑巾を持たせようとしても、汚いからと言ってなかなか持とうともしなかった。

 

 因みにヴィヴィと言うのは聖女の事で、名前を聞いたら

「私を名前で呼ぶなんて、貴方はどれ程の者なのかしら?!」

と怒っていたが、どうも彼女を聖女と呼ぶのに抵抗があって、だから名前を聞いたのだが、それにヴィヴィは納得していない様子だった。


 ヴィヴィは俺が指示してもあまりちゃんと聞かずに、適当に掃除をしてはすぐに疲れたと言って座ってしまう。本当に全く役に立たない。

 それでも、母は丁寧にこの家を使っていたようで、埃を取り払えばある程度は綺麗になった。


 食事の用意も、これからは自分でしなくてはいけない事を言ってもなかなか理解しようとせず、お互いの主張は相入れる事なく平行線のままだったが、空腹に堪えきれなかったヴィヴィが結局、仕方なく折れた形となった。


 とは言っても家には何もなかったから、一緒に買い物に行く事にする。


 ヴィヴィを連れて歩いていると、俺の見知った人達に声を掛けられる。俺が女の子を連れて歩くのは初めてだから、皆興味津々にどういう事かと絡んでくる。

 それにはウンザリしながらも、ヴィヴィを適当に紹介して歩いていく。


 何処にどんな店があるのかをヴィヴィに教え、そこの店主にも挨拶をして紹介し、ヴィヴィを認識してもらう。俺が常に一緒にいてやる訳にはいかない。だからここで暮らせるように導いてやらなければならない。


 そんな俺の思い等露知らず、ヴィヴィは終始不機嫌そうな面持ちでいた。まだこうなった事を受け入れられないのは分かるが、慣れていかなければ自分が辛いだけなのに、それもきっと分かっていないのだろうな。


 今日は出来あいの物を買って帰る事にする。露店で売っている物をその場で食べようかと聞いてみたが、そんなはしたない事は出来ないと言ったからそうなった。

 こんな態度のヴィヴィに、俺はため息しか出てこなかった。


 家での生活の事を一通り教えてから出て行こうとすると、眉間にシワを寄せて俺の腕を掴んでくる。やはり一人じゃ心細いのだろうな。



「ちょっと、何処へ行くつもりなの?!」


「え? いや、もう帰ろうと思ってな」


「私を一人にするつもりなの?!」


「そうだな。そうなるな」


「ダメよ! ここにいてもらわなくちゃ!」


「それは無理だ」


「なんでよ?!」


「俺には俺の仕事がある。今日は休みだったからこうやってヴィヴィの面倒見れたけど、明日からは無理だ。だから自分で生活出来るようにしろよ。な?」


「待ってよ! そんなの出来ないわ! 無理よ!」


「最初から無理だと決めつけるな。はじめは上手くいかなくても、続けていけば少しずつ出来るようになる。皆そうやってきたんだ。ヴィヴィも頑張らなければな」


「なんで私の力になってくれないの?!」


「力にはなる。だが、それはヴィヴィを甘やかすのとは違う。これを機に自立しなければな」


「頑なね……対価をねだっての事かしら……?」



 そう言ってヴィヴィは俺に抱きついてきた。よくよくスキンシップの好きな子だなと感じる。そうされても、嬉しいとかの感情には、やっぱりならなくて、逆にこう簡単に男に抱きつくなんてと呆れてしまったりする。


 ヴィヴィは目に涙を潤わせて俺を見上げる。そうされてもどうにかしてやりたい、なんて気持ちにならずヴィヴィを離そうとしたけれど、ガッシリしがみついて離れないような状態になっていた。


 

「あのなぁ、ヴィヴィ……」



 ため息混じりにそう言いながら体を離そうとしたところで首に手を回され、ヴィヴィは俺の唇に口づけてきた。しかもいきなりかなり濃いやつ……っ!

 ビックリして、執拗に舌を絡ませてくるヴィヴィに不快感しか抱けずに、強引に引き剥がすようにしてドンッて押しやった。


 引き離されてヴィヴィは

「どうしたの?」

みないな顔をしていたが、そんなヴィヴィを置いて俺はすぐに背を向け家から出ていった。


 なんだアイツは……なんなんだアイツは……!


 唇を手で拭いながら、さっきされた事に憤りを感じなから足早に歩く。


 なんでヴィヴィとキスなんか……! 


 確かに俺は聖女に想いを寄せていた。小さな頃に何の穢れもなく無邪気に話すあの子の存在は、今もまだ脳裏にしっかり焼き付いている。

 その後遠目で見た時、綺麗に着飾って様子は一変していて、何だか自分からは遠くなったように感じてしまったのを覚えている。

 そして物憂げな表情を見て、その顔をさせてしまったのは俺なのかと胸が締め付けられた。


 幼い頃のあの子と今のヴィヴィが全く違うように感じてしまって、それが自分には受け入れられていないのだ。それは俺の勝手な思考であって、ヴィヴィの環境ではそうならざるを得なかったの知れない。

 

 それでも……


 ヴィヴィにそうされて、俺の頭に浮かんだのは何故かジルだった。


 ジルの笑顔、仕草、拙い話し方、ジルの存在全てが恋しく感じて、そして何故かジルに対して罪悪感を持ってしまった。

 

 俺とヴィヴィがキスをしたところで、ジルには何の関係もない。アイツは男だし、もしかしたら好きな子でもいるのかも知れない。


 いや、こんな事を考えている時点でどうかしているんじゃないか、とも思えてくる。


 苛立ちと胸のざわめきをどう理解すれば良いのか、いや、理解してはいけないように感じて、俺は一人足早に歩くしかできなかったのだった。




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