第43話 聖女の道程


 私は聖女だ。


 王都に来てから暫くしてそう言われて、塔へと連れていかれ、それからは塔が私の棲み家となった。


 塔の周りは綺麗な花が咲いていて、塔自体も美しい外観で、私を守るように警備する者もいる。

 塔の中は各階毎に部屋があって、それは広々とした会議室みたいな場所だったり、休憩室や訓練所らしき場所だったり、厨房と食堂だったりした。


 私の部屋は最上階にあった。部屋は綺麗で豪華そうな家具に、調度品や絵画も置かれてあって、そこで暮らす私はお姫様みたいだと、初めて連れてこられた時はそう思ったものだ。


 塔には料理人、侍女、他にも使用人が何人かいて、私の世話をする為だけにこの人達はいるんだと思ったら、本当にお姫様になったような気分を味わえた。


 『聖女様』と呼ばれ、皆が私に優しくしてくれる。簡単に外には出られなかったけれど、許可が出れば時々地下にある通路から外に出させてくれたりもした。 

 そんな時は庭園でお茶を楽しんだり、時には王都に行って美術館に行ったり観劇を観たり、買い物なんかもした。


 時々国王のヒルデブラント陛下がやって来られて、そんな時は私を娘のように可愛がってくださる。何かをねだると、ある程度の事は叶えてくださった。そんな陛下が大好きだった。


 だから私が成長し、幼いながらも女性らしい体つきになった頃、陛下に体を求められてもそれに抗う気持ちもなく、すんなり受け入れられたのだ。

 陛下曰く、私が成長するのを待っていたんだそうだ。思った通りに美しくなったと嬉しそうに言って貰えて、私も嬉しくなった。


 陛下は私より20歳程年上だったけれど、金に輝く髪と碧い瞳で、凄く格好良くて凛としたとても美しいと感じる方だった。そんな陛下を私は愛していた

 きっと陛下も私と同じように思ってくださっている。だからここではある程度は私の自由に出来るし、ドレスや装飾品等も贈ってくださって、それは愛を感じる日々となった。


 それでも、陛下がここに来てくださるのは一週間に一度は良い方で、長ければ二週間も来てくださらない事もあった。

 だから寂しくて寂しくて、私は窓から王城を眺めては切ない気持ちになっていた。


 そんな時は、護衛についてる兵士達と楽しむ事にした。みんな私をお姫様のように扱ってくれるから私もその気になっちゃうし、口々に美しいなんて言われると舞い上がっちゃうしで、私を請うように求められる事も嬉しくなって、ついつい兵士達とも体の関係を持ってしまった。

 

 これって陛下に知れたらヤバいけど、放っておく陛下が悪いんだから仕方がない事だと思う。私は若いんだし、我慢できない時もあるからね。


 でもやっぱり一番好きなのは陛下で、だから式典なんかで陛下の近くに佇んでいる時は悲しくなる。だってその時はいつも、陛下の隣には王妃様がいらっしゃるから。私は陛下の一番近くにはいられなくて、分かってはいるけれど王妃様に妬いちゃうのよね。

 だからそれを見せつけられる式典では、私はいつも悲しい気持ちでいた。


 それでも、陛下は私に愛称で呼んでも良いと言ってくださって、だから私は陛下を

「ヒルデ様」

とお呼びする事が出来る。

 これって凄い事よね? ね!


 私は陛下から愛されてる。隣にいられなくても、ここでの生活は陛下からの愛なんだと理解していた。


 なのに……


 ある日突然、私は塔から追い出された。


 それは兵士達を侍らせ、媾っていた時だった。


 突然やって来た人達に私の裸を見られた事に凄く憤ったけれど、呆れた顔でとにかくすぐに服を着るように言われ、取り付く島もなく着替えたところですぐにこの塔から連れ出された。


 身なりは兵士より上位の人達っぽくて、私と一緒にいた兵士達も慌てて服を着ながら何も言えずに、ばつが悪そうな顔をしていた。

 私を守らないのなら、何の為の護衛なのかと憤ったのは当然のこと。私の美しい体を与えてやったのに!


 そうして連れていかれた王城の一室にいた陛下に、私は解放してやると言われたのだ。


 あり得ない……


 私は聖女だ。皆が私をそう呼ぶし、あ、陛下は呼ばなかったけど、あの塔で私を守るように贅沢に暮らせるようにしてくださったのは、私が価値のある人物であるからで、だからこんな事をされる事に納得なんて出来る訳がない。


 聖女として何かをした事はないけれど、きっと私がいるだけで瘴気というものが祓われていくから、私の存在は貴重である筈なのに!


 王都に遊びに行くときはお忍びだったから聖女とは明かせなかったけれど、塔では皆が私を敬い、嬉しそうに私に従い

「聖女様のお陰でこの国は安泰です!」

って日々言われてきたし、だから私がこんな酷い扱いを受けることに納得なんか出来る筈がなかった。


 なのに陛下は私に

「必要なくなった」

と言い放ち、煩わしいモノでも見るような目を向けたのだ。


 何故そうなったのか、その理由も明かされる事なく、私は王都にある古ぼけた家に連れてこられた。

 こんな、私を世話する者が誰もいない狭い家に一人置いていかれて、少しのお金だけを投げ渡されただけで、私にこれからどうやって生きていけばいいと言うのだろうか?!


 悲しくて、不安で、帰りたくてどうしようもなくて、だけど自分ではどうすることも出来なくて、ただ泣くしか出来ない私の前に現れたのは、この家に住んでいた者の息子だと言う人物だった。


 その者は私が泣いているのにも関わらず、慰める事一つせずに室内を見て回っている。


 私は皆が美しいと褒め称えてくれた聖女なのに、なんでこんな扱いを受けなければならないのかと更に凄く虚しくなった。


 けれど……


 その者の容姿は美しく、私のタイプそのものだった。


 黒に近い紫のサラリとした髪に美しく光る紫の瞳。凛々しくも甘い造形の顔立ち。鍛え抜かれたであろう体躯。

 今まで私のそばにはいなかったタイプだ。

 あの腕に抱かれたなら、きっと女としての悦びを得られるだろうと想像してしまう。

 

 そう考えると、彼を私のモノにしたいという欲望がフツフツと湧いてきた。


 こうなったら頼る人もいないし、彼に私の面倒をみさせるしかない。だから私の魅力で籠絡しなければ。


 男を落とすのは簡単。皆が私を欲しがったもの。自信がある。


 聖女の世話が出来るのは誉れな事だもの。きっと彼は私に傅く。


 私を追い出した事を悔やんで陛下が迎えに来るまで、仕方なく私はここに留まってあげる事にした。




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