第42話 そうではなかった


 微かに聞こえる音を手繰り寄せるように耳に拾っていく。

 こんな事がバレたら不敬罪として捕らわれてしまうだろうな。



「どうして突然こんな事をなさるのです?!」


「これは仕方がないのだ。お前の役目も終わった事だしな」


「それはどう言う事なのですか?!」


「お前の聖女としての役目はもう必要ないと申しておる」


「な、ん……ですって……」


「だから解放してやると言っておるのだ。有り難く思うがよい」


「ですが! ヒルデ様っ!」


「その名で呼ぶ事はもう許さぬ! ……余にもお前は必要ではなくなったのだ。市井で平民として暮らすがよい。何処か空いてる家でもあれば宛がってやれ」


「は。御意に」


「お待ちください! ヒル……陛下っ! 私の事はもうどうでも良いと仰るのですか! 陛下!」


「煩い声だ。聞くに耐えん。連れ出せ」


「はっ!」


「陛下っ! どうかお考えなおし下さい! お願いです! 陛下っ!!」



 そんな聖女の叫びと共に扉が開いた。咄嗟に扉から離れて待機していた騎士達の後ろへと移動する。


 しかし……


 解放された事は喜ぶべき事だと思っていたが、聖女の言い分を聞くとそうされたくはなかったようだ。突然の事で困惑するのは分かるが……

 話し相手はこの国の国王、ヒルデブラント・ヴィベルイ・フェルテナヴァル陛下だった。話の内容からすると、聖女は陛下と懇意にしていたと言う事、か……?


 なら、彼女はあの塔から出たくなかったって事か……


 とすれば、俺は誤解していたって事になる。あの塔に閉じ込められて、聖女としての生活しか出来ずに悲しんでいると、勝手に思い込んでいた訳だ。


 騎士達に腕を捕まれた彼女は、その事にも憤っていた。



「離しなさい! 私を誰だと思っているの?!」


「貴女は一般市民です。先程陛下がその様に仰ったではありませんか」


「違うわ! 私は聖女よ! 私がこの国を守っているのよ!」


「えっ……」


「離しなさい! 無礼者!」


「……それは出来ません。貴女がどんな立場の方であっても、陛下の言葉は絶対です。貴女はもうこの王城に来る事も、あの塔に戻る事も出来ません。ご理解ください」


「そんなの出来るわけないじゃないっ!」



 まだ怒りが収まらない様子で暴れようとする聖女を、騎士達はしっかりと両側から腕を掴みしく。まるで罪人を連行するような状態だ。


 突然訳も分からずに放り出されるのであれば、あぁなっても仕方がない、か……


 だが……


 聖女の状態を見て、俺はただ困惑していた。彼女があの塔から解放されるのを、俺は心から望んでいた。それが彼女の為だと思ったし、そうするのが最善なのだろうと。

 

 しかし、どうやらそれは違ったようだ。俺の思い込みでそう思っていただけだった。


 それでも……


 俺が彼女に魔力があると告げたから、彼女は調べられ聖女と認定されたのは事実だ。こうなった元凶は俺だと言っても過言ではない。 


 連れ去られる彼女の後を追って行く。騎士達一行は騎士舎に向かい、一旦彼女を空いている部屋へ入れ鍵をかけた。騎士達は別の部屋へ行き会議をしているようで、それは恐らく彼女の住む家を探しているのだろうと思われる。


 暫くしてから決定したのか、また部屋へ彼女を連れ出しに行き、今度は下級の騎士が彼女の腕を掴んで連れていった。扱いが酷くなったな……


 連れて行かれる間中、彼女はずっと悪態をつけまくっていた。何の前触れもなく環境が変わるのであれば分からない訳ではないが、これはあまりにも……

 国王陛下が

「煩い声だ」

と言ったのが分からなくもない……

 いや、こんな事を考えてはいけないな。


 後をつけていくと、向かった先は俺の両親が暮らしていた家だった。騎士達は彼女にこの家で住むように言い、金が入っていると思われる袋を投げ渡すようにして与え、去って行った。


 呆然と立ち尽くす彼女と同じように、俺もその様子を呆然と眺めていた。


 まさか俺の両親の家を宛がうなんて思ってもみなかったが、空いている家と言われればそれはそうなのだろうと妙に納得してしまった。それが良かった事とは思えなかったが。


 バタンと扉が閉じられると、彼女の泣き声が聞き耳をたてなくとも聞こえてきた。


 暫くその声を外で聞いていて、だけどそのまま放ってはおけなくて、俺は扉を叩いてから返事を待たずに開けた。鍵は掛かっておらず、彼女はその場で泣き崩れるようにして踞っていた。

 俺がいるのが分かると、少しして何とか泣き止み、おずおずと顔を上げた。



「えっと……その……大丈夫、か?」


「だ、誰よ……アンタ……」


「俺はその……この家に前に住んでいた者の……息子だ」


「ここは誰もいないって……そう言われて私はここに置き去りにされたのに……っ! じゃあ私は何処に行けば良いって言うのよっ!」


「あ、いや、俺はここに住むつもりじゃないんだ! 頼む、落ち着いてくれ!」


「なんで私がこんな目にあわなきゃならないのよー! あんまりよー! 酷いわー!」



 そう叫ぶと、彼女はまた泣き出した。俺は彼女が泣き止むのをただオロオロしながら待つしかなかった。


 暫く泣き止みそうじゃなかったから、落ち着くまでの間、俺は家の中を確認する事にした。

 幼い頃からこの家の前には何度となく足を運んだが、訪ねた事もなければ、中に入った事もない。両親が殺されたと知った時にも来たけれど、中に入る事は出来ずにいたんだ。


 今日、こんな形ではあるがようやく中に入る事が出来て、俺は感慨深いモノを感じていた。


 ここで俺の両親は生活を営んでいた。きっと、慎ましくも穏やかな生活をおくっていたんだろう。


 誰も住まなくなってから何ヵ月も経っているから、全てに埃が積もっていたけれど、家具や道具等は丁寧に使われていたように感じられた。生活感はそのままだったが、キチンと整理整頓されていた後が見受けられた。

 涙が込み上げてきそうになってくるのを何とか堪えて各部屋へと進んでいく。


 両親の寝室以外に、ベッドのある部屋があった。そこは大きな窓があって、ベッドはその近くにある。ベッドの頭を置く側の壁には、何かを打ち付けたのか、少し壁が凹んでいて血が滲んでいるように見えた。

 もしかして、ここに王城地下に囚われていた子がいたのだろうか……


 この部屋は多分、俺の部屋にと思って用意してあったのだろう。

 俺が幼い頃に見よう見まねで作った、イビツな形の剣が置かれてあった。クローゼットには昔俺が着ていた小さな服が掛けられてあったり、鞄や靴も置かれてあった。


 その端の方に、女性物の洋服も掛けられてあって、地下に囚われていたいた子は女の子だったのかと、その事にその時初めて知ったのだ。

 

 ここで両親とその子は、どのような生活していたのだろうか。そんな事に思いを馳せながら、他の場所にも足を運ぶ。


 鍛治をする工房にも行ってみると、打ち掛けの剣があった。仕事を中途半端に投げ出すしかなかった事にも、きっと父は悔やんだだろうと考えてしまう。


 鉱物や金属類があって、それを打つ道具、火入れの釜に、打った剣を冷やす為の水入れ……村でも使っていた道具がそこここにあって、狭いながらも一生懸命仕事に打ち込んでいたのだろうと簡単に想像できてしまう。


 ふと棚を見ると、人の腕と足を型どった物が置かれてあった。


 これは義手と義足、か……?


 こんな物も父は作っていたのか。父が相手にしていたのは冒険者や傭兵だ。だから手や足を失った者から製作を頼まれていたのかも知れないと言う考えに行き着く。


 これは大人用ではない? 子供……いや、女性用か……?


 きっとこれを注文した人は、自分の変わりとなる物を心待ちにしながら待っていたのだろうな。


 それはもう手元に届く事は無い……


 いや、俺ならこれを手渡す事は出来るかも知れない。ひとまず預かることにして、依頼主を探してもみようか。


 そう思いながら、俺は義手と義足をアイテムバッグへと収納したのだった。

 


 

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