第41話 解放


 王城の北側には木々があり、緑が多い。


 勿論それらは庭師や樵夫が丁寧に管理し、手入れをしている。


 広々とした庭園には、色とりどりの美しい花が咲き誇り、そこでガーデンパーティーや茶会等も定期的に行われている。


 そこから少し離れた、主に木々が生い茂る場所に聖女が囚われている塔がある。

 その塔は外観が美しく、外階段から屋上へ行けるようにもなっている。ここは実は昔、監視塔としても使われていた場所だったのだ。

 

 塔の周りにも花壇があり、季節によって花壇は色を変え、白を基調とした塔を鮮やかに彩っている。


 それが聖女のいる塔だった。


 俺はいつも、木々が生い茂っている方面に背を向け、塔にいる聖女を眺めていた。時々窓から姿を確認できると、病気等はしていないのだろうと推測できて安堵した。


 幼い頃にこの王都に連れて来てからもうすぐ11年になるだろうか。その間彼女はずっとあの場所で囚われた状態だった筈だ。なのに、何があって解放されるのだろうか。


 聖女なのに……


 この情報は勿論、公になどされていない。これはイザイアの持つ多くの情報網から得たものだった。イザイアが情報をもたらす時はきちんと裏取りもされてあるから、俺に報告するのは真実とみなされたものだけだ。

 

 だから信用はできる。だが……


 俄には信じがたい事だ。聖女を解放したとして、ではどうすると言うのか。聖女がいなくなれば、この世は途端に瘴気に侵されてゆく。それは明らかな事なのに。


 そして、解放された聖女はこの先、一体どうしていくと言うのか。


 幼い頃から今まで塔に閉じ込められて、世間と言うものを何一つ分からないでいるのではないのか。そんな状態で放り出されて、彼女は一人で生きていけるというのか。身寄りも友達もいないこの王都で。


 何故、と言う事は気になったが、同時に聖女の行く末も気になった。だからその報告を聞いてすぐに俺は、聖女のいる塔に赴いた。


 塔の近く、いつも俺が見上げる場所まで行って佇む。

 もう解放されてしまったのだろうか。まだいるのだろうか。解放された事は喜ぶべき事だが、その先の事を思うと不安なのではないのだろうかと、そんな思いが胸を締め付ける。


 暫く様子を伺う。いつもより警備している兵士は少ない、か? もう守る必要がないと言う事なのだろうか。

 塔の出入り口には兵士がいて欠伸をしている。気が抜けすぎなのも程がある。

 すると、この塔に向かって数人の騎士がやって来た。それは俺も見知った人達で、騎士団長と副団長等、上層部の人達だった。


 騎士達の姿が見えると兵士達は途端にビシッと態度を改めだす。書状を警備している兵士に見せると兵士は勢いよく頭を下げ、すぐに扉の鍵を開けて中へと案内していく。 

 

 皆が塔に入り、それから暫くして出てきた人物に目を開く。


 そこには遠くで眺めるしかできなかった聖女の姿があった。


 思わず足が前へと進んでしまう。


 謝らなければ……


 こんな場所に閉じ込められてしまったのは俺のせいなのだから。それだけで償えるとは思っていないが、それでも自分が仕出かした事の責任は取らなければ。


 騎士に囲まれた聖女は戸惑っているように見える。辺りをキョロキョロ見渡して、何がどうなっているのか、と言った様子で挙動不審な感じが見てとれる。

 その様子はジルを思い出させる。アイツも初めて行く街ではあんな感じだった。

 違ったのは、戸惑いと言うより好奇心といった具合だったが。思わずそれを思い出して、こんな時なのにフッと笑みが溢れてしまった。ダメだ、気を引き閉めないと。


 連れだって進む騎士と聖女の後を気配を消して進んでいく。


 しかし、聖女を取り囲んでいる騎士達は、彼女が聖女と分かっているのだろうか。

 式等の場合は、警護につく騎士がいる場所からだと遠目でしか聖女の姿は確認出来なかったから、彼女の顔が分かる者は殆どいないだろうし、聖女がこの塔に囚われていた事は一般的には知られていない。これは俺が暗部に調べさせて知った事なのだ。


 だからいくら上層部の騎士とは言え、恐らく彼女が誰かは分かっていないだろうし、貴族でさえも顔を知る者は殆どいないだろう。 

 

 とは言え、俺もハッキリとその容姿を認識している訳でもない。村から助け出した時、俺の馬に乗せた時に話をしたくらいで、その時は髪が伸びて顔を覆い隠しているような状態だったから、実際にどんな顔なのかは分かってはいないし、ハッキリ言ってあまり覚えていない。


 だから今回、ハッキリと見える距離で聖女を確認できた事がかなりの収穫であったと言える。


 聖女は、銀の長い髪にビリジアンの瞳の整った顔立ちをしていた。


 初めてその容姿をキチンと確認出来て嬉しい気持ちと懺悔の気持ち、そして少しの違和感を胸に抱く。

 何にせよ、俺は彼女の為に出来ることはしなければならない、少しでも力にならなければと、そんな風に思ったのだ。


 騎士達と聖女の後を気配を消しながらついて行く。王城へたどり着き、また門番に書状を見せて、騎士達一行は難なく王城へと入って行った。

 俺は力を最大限使って、自分の存在を消すようにした。姿が見えていない訳ではないが、俺の事は余程の者でない限り認識出来なくなっている状態となった。


 それでもここは王城だ。かなり慎重に動かなければならない。俺よりも魔力や魔術を使える者がここには多くいるからな。


 騎士達一行のすぐ後ろにいると、俺と認識出来ても騎士の一人と見なされる可能性もある。今日は休みだから服装はラフな物だが……

 とは言え、俺は事実騎士だ。だから騎士だと言っても何も間違ってはいない。

 そんな言い訳がましい事を考えながらも後に続いて歩いていく。


 向かった先は応接室だった。

  

 扉の前にいる護衛の者と話をし、騎士団長と聖女の二人が中へと通された。俺は扉に近づき、耳に魔力を這わせ、音を聴きだす事に集中する。すると二人の話し声が聞こえてきた。この声は……



「お前を塔から出してやったぞ。喜ぶがいい」


「わ、私はこれからどうなるのですか?!」


「自由にしてやると言うのだ」


「何故急にそうなさるのですか?!」


「何か不満でもあるのか?」


「当然です!」



 聖女が塔から出された理由は本人でさえ分かっていないようだった。


 その理由を探るべく、俺は静かに事の成り行きを見守るように、聞き耳をたててしまうのだった。





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