第37話 離れていく


 翌日、足取り重くリーンの生まれ育った村に赴いた。


 そこはあまり大きな村ではなくて、活気は無いけれどとても穏やかに見える。瘴気もあまり濃くなくて、時折見掛ける人々の調子も悪くは無さそうだった。


 ここがリーンの村……


 お父さんとお母さんと共に暮らしたこの村の人達は、きっと良い人ばかりなんだろう。あんなに良い人達が過ごしたこの村が良い所でない訳がない。

 それにリーンも良い人達ばかりだって言ってた。だから安心して良いんだと思う。


 村長さんの家に行き、私はそこに住ませて貰える事になった。優しそうな人で良かった。その笑顔が少し気になったけど……


 それから村を案内してくれて、出会う人にリーンと村長さんは私を紹介してくれた。その度に頭を下げる事を忘れずに。リーンの紹介だから、私が無作法だとリーンの心証が悪くなってしまう。それではダメだ。ここはリーンの故郷なんだから。


 けど……


 ここに来たと言うことは、リーンと別れる時だ。その現実がついにやって来た。

 

 再び村長さんの家に戻ってきて、だけど私はリーンから離れられずにいて、腕にすがり付くようにして両腕を絡ませる。リーンは困ったように微笑んで、頭をポンポンしてくれる。けどそれでも離れる事が出来なくて……


 そんな私を見てか、村長さんがリーンに泊まっていくように告げた。その申し出と私の様子を見たリーンは、泊まっていく事にしてくれた。

 それには私もホッとした。


 その夜は村の人々が村長の家に集まってきて、宴会のような状態になった。こんな事は初めてで、こんなにいっぱいの人と食事をするのに慣れなくて、リーンの傍から離れられずに、話し掛けられてもどう答えて良いか分からずに、ビクビクしながら固まっていると、それにリーンが気づいて助け船を出すように私の代わりに話してくれた。


 リーンの知り合いも何人もいて、昔話なんかも聞けた。リーンの幼い頃はヤンチャで、よく皆と木に登って遊んでいたそうだ。

 木から落ちて、額を打って怪我した痕が今もあるって、サラリとした前髪を上げて見せてくれた。

 右の生え際近くにある3センチ程の傷。そんな痕くらい、私だったら綺麗に消せるのに。と思ったけど、きっとこの傷はリーンにとって良い思い出なんだろうと思ったら、私の提案は無粋なんだろうという考えに行き着いた。


 リーンが楽しそうに話しているのを見れて良かった。昔の幼いリーンの事を聞けて良かった。

 ここに来れて良かった……そう思うことにしよう。何か違和感はあるけれど、それは私がリーンとの別れを惜しむからそう感じるんだ。


 その夜は一緒の部屋で眠ることになった。人の家で、別々の部屋にして欲しいなんて言えなかった。

 それに、これが最後なら少しでもリーンの傍にいたいと思ったのも事実で、リーンが私を気遣うようにチラリと見てきたけれど、私はニッコリ笑って頷いて、快く二人で眠る事を承諾した。


 今日は義手と義足は外せない。服を脱ぐ事も出来ない。外套と肩当てと胸当てだけを外して、浄化させてからベッドに入った。


 リーンはすぐ隣に置かれた簡易ベッドに軽装になって寝転んだ。こうやってる姿を見るのも新鮮で、どんな姿も見逃したくなくてずっとリーンの方を向いていたら、リーンは優しく微笑んだ。


 

「ジル、眠れないのか?」


「ん……」


「慣れない環境だからな。けど村長やこの村の住人達は皆良い人達なんだ。人見知りしてしまうかも知れないけど、少しずつジルの事を分かって貰えば良い。そうしたらきっと、ジルはここで皆に愛されて生きていける筈だから」


「それ、は……」


「まだ不安か?」


「ん……」


「大丈夫だ。ジルは人を癒す力がある。皆、きっとジルを大切にしてくれる。俺もまたここに来るから。な?」


「ん……」


「そんな切ない顔をするな。手を繋いでやろうか?」


「大、丈夫……」


「そうか。ほら、もう寝ろ。俺も明日は早くに出るから」


「ん……リーン……」


「ん? なんだ?」


「今まで……あり、がとう……」


「今生の別れみたいに言うなよ。また会いに来るからさ」


「ん……」



 リーンはそれからゆっくりと瞼を閉じた。寝顔も素敵だな。格好いい。いつまでも見ていられる。ずっと見ていたい。ずっと傍にいたい。離れたくない。


 そんな感情が胸を締め付けて、気づけば涙が零れ落ちていた。

 

 リーン……大好きだよ……


 リーン……ありがとう……


 言葉にできずに、何度も心の中で繰り返す。なかなか眠ること事が出来ずに、私はずっとリーンを寝顔を見続けていた……


 翌朝、村長さんが作ってくれた朝食を3人で摂ってから、リーンはここを出る準備をした。その時に、私にお金を渡してきた。それは流石に何度も断ったけれど、リーンは強引に私にそれを渡してきた。

 今となってはお金がないと生きていくのは難しいって事は分かっている。けど、だからリーンの方がお金を有効に使えると思っていて、でもリーンは断る事を許さなかった。


 凄く戸惑ったけれど、リーンの気持ちが嬉しくて、最後は仕方なく受けとるしかなかった。


 リーンが村を出るまで、ずっとピッタリ寄り添った。考えが変わって、

「このままずっと一緒に旅をしよう」

なんて言ってくれないかな、とか期待してしまう。でもそんな事はやっぱりなくて、リーンは村の門へとゆっくりと進んで行った。


 離れたくない。だけどここで我儘を言っちゃいけない。また会えるかも知れない。泣き顔はもう見せちゃダメだ。


「じゃあな、ジル」

と言ったリーンに胸がギュッてなったけど、何とか平常心を保って自分に着けていた首飾りを一つ外した。


 それはあの時街で買ったリーンに贈る首飾りで、ロケット部分には私の髪を入れている。これでリーンは私と離れても瘴気に侵される事はない。

 それと、紫の石に魔力を付与させておいた。これにより、身体強化、防御力強化、速度強化、魔力増強、状態異常無効、猛毒無効等の効果が得られるようになっている。

 私が身に付けた事で、その効果は更にハネ上がり、瘴気を祓う力もかなり強くなっている筈。


 だけど、それをなるべく分からないように首飾りに微量の結界を張り、自然と体に馴染むようにした。

 これでリーンは誰からも害されずに、瘴気に侵される事もないからね。

 

 それをリーンに渡すと、優しく笑って喜んでくれた。大切にすると言ってくれた。私が言うように、すぐに身に付けてくれた。これで安心できる。


 離れていくリーンに、私はしっかり笑みを作ってずっとずっと手を振った。

 一度振り向いたリーンに、大きく何度も手を振って、ニコニコ笑って送り出した。今それが私にできる精一杯だったから。


 リーンの姿が見えなくなるまで。見えなくなっても暫くはその場から動けずにいたのを村長さんに促され、村へと戻る事になった。


 涙がポロポロ零れてきた。


 さっきまで我慢してたのに。もうタメだった。一度零れたらそれは堰を切ったように溢れ出て、どうやって止めたら良いのかも分からずに、唇をギュッて噛み締めて零れる涙を拭うしかできなかった。

 


「大丈夫かのぅ? そんなに泣いて……」


「……ん……」


「離れたくなかったんじゃのぅ」


「ん……」


「リーンはお前さんを守っておったのだろうのぅ。こんな北にある村まで連れて来て……なのに申し訳ないのぅ」


「……え……?」



 何を言ってるのかと村長さんの方を見たら、村の人達がそこには集まって来ていて、どうしたのか、何かあるのかと考えながらも嫌な予感しかしなくて、私はジリジリと後退りするしかできなくなったんだ……



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