第13話 思うようにいかない


 ギルドを出て、急ぎ足でジルは宿屋へと向かう。


 ジルがこんな早く歩く事は今までなかったから、その様子に驚きつつも俺もジルに合わせて足早に進む。


 そうやって進む中、自分の足に躓いたのかジルが転んでしまった。

 


「おい、大丈夫か? ジル?」


「ん……」



 両手と両膝を着いたまま、なかなか立ち上がれないジルにそう声を掛けるが、それでも立ち上がろうとしない。



「どうした? 何処か打ったのか?」


「大丈、夫……」



 大丈夫とは言いながら、それでも立ち上がれないのか、その場でいるジルの両脇を後ろから掴み引き上げた。

 何とか立てたジルは、それでも動こうとしなかった。


 

「ジル……? どうしたんだ?」


「なん、でも……」


「なんでも無いことはないだろう? 足がどうかなったのか? あ、そうか。痛覚がないのなら、どうなったのかが分からないのか」


「…………」


「そんな悲しそうな顔をするな。肩を支えてやるから、ゆっくりでいい。歩いてみろ? な?」


「ん……」



 ジルを支えながらゆっくり歩くと、一歩一歩進む事が出来た。宿屋まではそんなに遠くはなく、そうやって10分程歩いてから部屋まで戻る事が出来た。

 

 部屋に送り届けベッドに座らせると、ジルは少し一人にして欲しいと訴えてくる。それに了承して、俺も隣にある自室へと戻った。


 どうしたんだろうか。何があったのだろうか。あの時ジルは色んな伝達が貼られてある掲示板を見ていた。そこに何か都合の悪い事でも書かれてあったんじゃないだろうか。


 もしかしたら尋ね人として捜索されていたりしたかも知れない。それがあの掲示板に貼り出されていたとすれば……逃げ出すのは当然……だな。


 なら早くこの街を出た方が良さそうだ。そう思い立って俺は荷物を纏める。とは言っても殆どがアイテムバッグに入れてあるから、すぐに出立は可能だが。


 ジルはどうだろうか。さっきは上手く歩けなかったようだが、脚に怪我でもしたのだろうか。もしそうであったとしても、ジルは魔法で回復させる事が出来る。それでも人前では魔法を使わないように言ったから、あの時は回復させる事はしなかったのだろう。


 ではもう治ったのではないか? 少し時間を置いてから宿を出る用意をして、ジルの部屋へ訪ねに行った。

 扉をノックすると、少ししてジルが顔を出した。



「ジル、もう平気か?」


「ん」


「じゃあ行こうか」


「良い、の?」


「あぁ。ここに留まる理由はないからな」


「ん……」



 申し訳なさそうにしながらも、俺の言った事に安心した様子で宿屋を出た。


 乗り合い馬車を待たずに街を出て歩いて進む。

「ギルドで依頼を受けようと思っていたから、歩いて行く方が良かったよな」

って言うと、少し気遣いながら笑って頷いてくる。そんなに俺に気遣わなくても良いのに。


 そうやって歩いて進み、時々出現する魔物を討伐し素材を入手していき、陽が暮れる前に野宿の用意をする。


 この辺りはまだ瘴気が漂っているが、それでも酷い時に比べたら全然マシだ。これも聖女のお陰なのだろう。本当に頭が下がる思いだ。

 彼女の犠牲の上で人々の生活は守られている。そう思うとやるせない気持ちになってしまう。


 そんな気持ちに締め付けられながら、俺とジルの旅は続いた。


 街を逃げ出すように旅に出てからと言うもの、ジルは人前では常に下を向いてフードを被り、あまり顔を大っぴらに見せないようにして歩くようになっていた。

 

 その様子から、よっぽど見つかりたくないんだろうと考えられる。だから乗り合い馬車に乗る事は避けて、歩いて旅を進めていった。

 体力のないジルにはキツかったかも知れないが、それでもそうする方がジルの気持ちが落ち着くのなら何も問題ではなかった。


 聖女の持ち物であった腕輪と首飾りの情報と、行方不明になった子の情報は得られないままに日は過ぎて行く。


 村や街に立ち寄りつつ情報を得ようとするが、分かるのは瘴気の状態のみだった。

 瘴気は北へ行く程、王都から離れる程に濃くなってきているように感じる。道中立ち寄った街や村で、聖女の身に付けた衣服等が祀られていたりもしてあって、その辺り一帯は浄化された綺麗な空気に包まれているが、ひと度離れればまた瘴気にまみれた状態となる。


 そんな中、出現する魔物を倒しながら進んでいき素材を売った金を旅の資金としていく。それも結構な額になってきているから、ジルには当分不自由させる事はなさそうだ。


 そうやって旅を続けて、ジルの移住先も見つからないまま、俺の故郷である鉱山の麓にある村の近くまでやってきた。


 俺の故郷の村に近づく度に、ジルの歩くスピードは落ちていく。村に着くのが嫌なのだろうか。俺と離れたくないと思ってくれているのだろうか。それは俺も同じ気持ちだから、その事は何も言わずにジルに合わせて歩を進めて行った。


 ずっとこうやって旅を続けられたら良いのに、と思うがそれは出来ない。


 王都にいる俺の両親は、俺の近くにいたいが為に移住した。その気持ちは嬉しかった。会えなくても近くにいてくれようとする気持ちは本当に有り難いと思った。


 ただ、それが俺の行動を制限させる事にもなっていた。


 俺が侯爵家から逃げ出そうものなら、その咎は両親に行く。すぐ近くに住んでいるから、拘束するのは容易いだろう。莫大な慰謝料を請求されるか、罪をでっち上げて捕らえるか。貴族のやり方は自分が貴族になったからこそ分かるものだ。だから迂闊に俺は逃げ出す事なんか出来ない。両親を質に取られたのも同然なのだ。


 勿論、両親はそんな事等露ほども考えていないのだろう。田舎で助け合って生きてきた人達だ。人を疑う事を知らないんだ。そんな両親を守る為にも、俺は侯爵家から離れるなんて事は出来ない。


 俺の事情等知る筈のないジルだけれど、前に嫌だと泣かれたのはそれきりで、あれからはジルが涙を見せる事はなかった。

 

 ただどちらともなくジルの居住する場所の話は出さないようにしていて、お互いが離れてしまう事から目を逸らしているような感じだ。

 

 しかし、そんな事ではいけない。


 もう村はすぐそこだ。


 俺とジルの旅は終わろうとしている。


 そうだ。


 もうすぐ終わってしまうのだ。






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