第11話 細やかな幸せ


 翌日、ジルと共に街を巡ってから昼前には乗り合い馬車に乗り、俺達は北へと向かった。


 昨日、あれからも少しだけジルと話し合って、街や村に立ち寄りながら北へ向かおうと決めたのだ。勿論聖女の探し物や行方不明になった子を探すのに加えジルの居住地探し、それに瘴気の調査も怠らないように気を付けながら進むことにする。


 あれからジルは何も言わないが、いつにも増して俺にピッタリくっついてくるようになった。

 頭を俺の肩に寄せてグリグリしてくる。なんか犬みたいで可愛いと思ってしまうが、端から見たら怪しい関係に見えるのではないかと、気が気じゃなかった。

 俺が少しでも離れようとすると、ジルは途端に悲しそうに目に涙を溜める。それを見ると、引き離す事が出来なくなってしまった。だから今は気の済むまで思うようにさせてやろうと思っている。


 北へと向かうと、段々と瘴気が強くなってきているように感じる。それが気になるのか、ジルも窓から外を眺めて眉をひそめる。それでも俺と目が合うとニッコリ笑う。やっとこうやって笑ってくれるようになった。良かった。


 暫く進んで陽が落ちかけた頃、馬車は街に着いた。そこでは宿泊客を得ようと呼び込みがあって、小さな女の子が客引きを頑張っていた宿屋へ宿泊する事に決める。


 別々に部屋を取って、ジルが疲れてそうだったので今日は早めに就寝した。


 翌朝、自分の部屋を出るとジルはまだいなかった。


 いつもなら俺の部屋の前に踞って待っているのに、今日はまだ姿が見えない。どうしたんだろうか。まだ体調が思わしくないのだろうか。そんな風に感じてしまって、急に不安になってきた。


 隣にあるジルの部屋の扉をドンドンと大きなを音を立ててノックする。

 それでもなかなかジルからの返事がない。段々焦ってきた……!



「ジル? ジル? 大丈夫か? 具合が悪いのか?」



 俺のそんな問い掛けに何も反応がない。いや……扉の向こうから何か物音がしている。どうやら部屋にはいたようだ。



「ジル? 具合が悪いなら無理はしなくて良いんだ。でも様子を見たい。この扉を開けてくれないか?」


「ん……」



 小さな声で微かに聞こえたジルの声に安堵した。ガソゴソと暫く音がしてから、扉がゆっくりと開く。そこにはいつもと変わらないジルがいた。

 いや違う。変わっている所があった。



「ジル、どうした? 体が辛いのか?」


「んーん、大丈、夫」


「そう、か……なら良いんだ。……髪を切ったのか?」


「……ん……」


「やっと伸びてきたのに……あ、いや、ジルは元が良いからどんな髪型も似合うんだけどな。どうせならもっと綺麗に切れば良かったのに。また不揃いに切ったもんだな」


「ん……」


「朝食は食えそうか?」


「食べ、る」


「そうか。なら一緒に食堂へ行こう」



 以前俺が髪を切ってやろうかと言った時、ジルはいいと断った。俺に切られるのが嫌だったのだろうか。俺の部屋の前にいなかったのは、今自分で髪を切っていたからなのだろうか。

 聞こうとして、何だか探るような感じになってしまいそうだったから止めた。

 

 ジルにはジルの考えがある。こんな事くらい気にする事でも何でもない。


 短くなってしまった髪を見ていると、何故かジルは申し訳なさそうに笑った。俺に気を使う事でもないのにな。

 頭を強引にグシャグシャと撫で付けてニッコリと笑ってやると、それを見てジルはホッとしたように微笑んだ。それでも何だか疲れたように見える。今日もゆっくりした方が良さそうだ。


 食堂で朝食を摂るが、ジルの食欲は凄かった。そんな細くて華奢な体の何処にそんなに食料が収まるのかと不思議に思うくらいだった。

 それでも食欲があると言うことは、病気とかそう言う事ではないのだろうと安心する。

 

 きっとジルはこれからもっと成長して逞しくなっていくんだろう。モリモリと、次から次へと目の前にある食べ物を胃に収めていく状態を見て、親が子を見つめるような感情で見入ってしまう。


 

「今日もゆっくりしようと思ったんだが、何だかジルは元気そうだな」


「ん。元気」


「そっか。じゃあ、今日この街を出ようか?」


「んー……買い物、したい」


「買い物? 珍しいな。何か欲しい物でもあるのか?」


「ん」


「何が欲しいんだ?」


「それ、は……内、緒……」


「ハハハ、そっか。まぁ、隠したい事の一つや二つ、誰にでもあるよな。じゃあどうする? 一人で買い物に行くか?」


「えっ……」


「なんだ? 一人だと寂しいのか?」


「……ん……」


「なんだそれ! ハハハ! しょうがないヤツだなぁ!」


「だって……」


「だって? なんだ?」


「……何でも、ない……」



 少し不貞腐れたようにそっぽを向いたジルが何だか可笑しくて、俺はそれからも少し笑いがおさまらなかった。

 きっと俺と一緒が良いって思ってくれてる事に安心して、そんな様子に堪らなくなって笑ってしまったんだろうけど。


 あぁ、ダメだな。こんな何でもない事に癒されてしまうなんて。


 でもな、ジル。俺は本当に馬鹿だったと思う。


 こんな何でもない日々が幸せだったなんて、この時は何も気づけずにいたんだ。だから俺はジルを手離した。それが最善だったと、その時の俺は信じて疑わなかったんだ。


 ジルの想いにも境遇にも何も気づいてやれずに、何も分からずに、それがジルの幸せだと思い込んでいたんだ。

 

 

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