第10話 行く先


 北へと向かって、とある街で馬車は止まった。ここで乗り継ぐか、別の手段で移動するかだ。ふと俺の横を見る。


 

「ジル、着いたぞ? ジル?」


「ん……」



 俺の肩に寄りかかって眠っていたジルを起こす。やっぱり少し体調が良くなかったのかな。

 目をゴシゴシ擦りながら眠気を覚まそうとしているジルの手を取ると、ビクッとして俺を見た。



「あまりそうやって目を強く擦るな。綺麗な顔に傷が付くぞ?」


「キレイ……じゃ、な……」


「ほら、着いたから早く降りよう。この街で少しゆっくりしようか」


「ん……」



 下を向いたジルの頭をワシャワシャと撫で付けて、手首を掴んで馬車を降りる。

 そのまま街にある宿屋を探しだし、宿泊する手筈を整えてから宿屋一階にある食堂で、遅めの夕食を摂る。


 この街からは遠くに山が見える。あれは鉱山だ。俺がいた村がその麓にあった筈だ。

 そこは小さな村だったが、鍛治の村として栄えていた。あの当時は瘴気のお陰で村全体が裕福ではなかったが、村中が知り合いで支え合って生活していて、だから誰かが飢えて亡くなるなんて事は無かったんだ。


 今でも隣のおばさんやおじさん、村長の優しい顔が鮮明に思い出せる。

 


「なぁ、ジル」


「ん?」


「ジルはこの先、どうするんだ?」


「え……」



 また口にいっぱいソースを付けてサイコロステーキを頬張っていたジルは、その問い掛けに驚いた顔をする。 俺はハンカチでジルの口元を拭きながら、驚いたままのジルに今後について話す事にした。



「ジルには言ってなかったかな。俺の家は侯爵家なんだ。今こうやって旅をしているのは聖女の探し物の事もあるが、表だっては瘴気の調査という名目なんだ。そしてその調査が終われば、俺は侯爵家のある王都に帰らなければならない」


「…………」


「ジルは王都から……逃げて来たんじゃないのか?」


「それ、は……」


「いや、それを責めてる訳じゃないんだ。ジル程の魔力持ちだと、王族や貴族が囲い込むのは分かっているし、自由が無かったのかも知れないと容易に想像できるしな」


「ん……」


「だから王都には帰りたくないだろ? でもこのまま俺と一緒だと、王都に行く事になるんだぞ?」

 

「で、も……」


「だからな。ジルに落ち着ける場所を探そうと思っているんだ」


「落ち着、ける……」


「ジルが良いように使われる事なく、心穏やかに過ごせる場所を……」


「いや、だ……!」


「ジル?」


「離れ、るのは、もう嫌、だ!」


「けど、ずっとは無理だろ?」


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」


「ジル?!」


「リーン! 嫌だ! 置いていか、ないでっ!」


「ジル! ちょっと落ち着け!」



 大きな瞳から涙がボロボロ零して、ジルは頭を何度も左右に振りながら俺の言葉を遮ってくる。動揺したのか呼吸が乱れ、凄く狼狽えている状態だ。ジルがこんな風になったところも、泣いたところも見るのは初めてだし、こんな風に自分の意思を強く出す事も珍しい。


 すぐに席を立ち、ジルの傍に行き頭を抱き寄せる。そうするとやっとジルは動きを止めた。



「ジル……俺はジルが嫌いでそう言ってるんじゃないんだ。それは分かるか?」


「……ん……」


「よし、それなら少し部屋で話そう。な?」


「ん……」



 まだ涙が止まらないジルの手首を掴んで部屋へと戻ってきた。

 ベッドに座らせてその隣に俺も腰掛けて、涙に濡れた顔をハンカチで拭ってやってから、頭を優しく撫でてやる。


 魔物と対峙している時のジルは勇敢で、その強力で膨大な魔力で一掃する姿は凛々しくて、その姿に俺はいつも惚れ惚れしてしまうのだが、普段のジルは言動が幼くて庇護欲がそそられる。

 

 今もそんな感じで、俺はジルの機嫌が直るように宥めている状態だ。


 

「さっきの話、理解はしてるか?」


「……ん……」


「俺はジルとの旅を続けたいと思っている。でもそれは、俺が旅を続けている間だけなんだ」


「…………ん"……っ!」


「あぁ、だから泣くなって!」



 またボロボロ大粒の涙を零しながら、ジルは悲しそうに俺を見る。捨てられる子供のように追い縋るような目を向けられると、俺の胸も苦しくなってくる。


 俺だって離れたい訳じゃない。ずっと良き友人として傍にいて欲しいと思う。ジルに膨大な魔力さえ無ければ、俺の側近として雇いたい位だ。

 だけどジルはきっと王都には戻れないのだろう。今も逃げられた奴らはジルを探しているんじゃないかと考えられる。それほどジルの魔力は膨大で強力で、その術は高度なのだ。ひと度戦争となれば、これ程強い味方はいない。国が手離す筈がない。


 ジルに自由を。誰に縛られる事なく、心穏やかな生活をおくって欲しいと願う。

 それが俺には出来ないんだ。与えてやれないんだ。だから離れてやらないと。こんな状態だと、ジルからは離れてくれないだろう。だから俺がそうしなければならないのだ。


 

「この街の北側に山が見えるだろ? あそこの麓に、俺が昔住んでいた村があるんだ。皆優しくてさ。助け合いながら生活してたんだ。そこに行ってみないか?」


「…………」


「勿論、無理にそこに住む必要はないし、ジルが行きたい場所に行けば良い。俺が王都に帰るまでは一緒に旅をしてくれると俺も嬉しいし」


「え?」


「俺もジルと旅が出来て良かったと思ってるんだ。最初は勝手についてくるジルに戸惑ったけどな」


「ごめ……」


「いや、今は二人で旅が出来るのが楽しいし、あの出会いがあって良かったって思ってるんだ。これは本当だぞ?」


「リーン……」


「あ、俺の育った村な? 鍛治職人が多いけど、他にも勿論仕事はあるから安心してくれ。俺が村長に紹介するし。あ、でも他に気になる村や街があれば、そこに居住してもいいだろうし。ジルはさ、自分の思うように自由に生きて良いんだよ。これからきっと楽しい事が待ってる筈だから。な?」


「…………」


「あぁ、また……!」



 堪えきれなくて、またジルは俺を見たままボロボロと涙を流す。他に知り合いがいないのだとしたら、きっと心細くて仕方がないんだろう。ジルがその土地に馴染むまで、一緒にいてやった方が良いかも知れないな。


 いや本当は俺の方が離れたくないのかも知れない。こんなに心を許せる人は今まで家族以外にいなかったからな。


 あぁ、そうか。俺はジルに家族のような情を感じているのか。友人とはまたちょっと違う感覚なのかも知れないな。

 だからこんなにも心配してしまうのか。今日は自分の知らなかった事に気づいてばっかりだ。


 

「ほら、もう泣くな? 今すぐって訳じゃないし、ジルが落ち着くまでは一緒にいてやる。あ、時々なら会いにくるぞ? また理由をつけて旅に出てきたりできるかも知れないし。な?」


「ん……」


「ジルの事は弟の様に感じてるんだ。手の掛かる子をそのまま放ってなんか行けないしな」


「おとう、と……」


「あぁ。だからそこは安心してほしい。俺はジルの幸せを願ってるんだからな」


「そんな、の……」


「そんなに泣かないで、いつもみたいに笑ってくれよ。ジルの笑顔は俺の癒しなんだから。 な?」


「ん……!」



 俺がそう言うと何とか堪えるようにしてから、無理矢理作り出すようにしてニッと笑った。その泣き笑いみたいな感じが可笑しくて、俺も思わず笑ってしまった。


 そんなジルの笑顔を見て、何故だか俺の方が泣きそうになった。






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