第2話 旅の仲間


 旅の途中で、次の街へたどり着かずに野宿をする事も少なくはない。もちろん、乗り合い馬車に乗って行く事もある。が、魔物の出没が多いとされている地域には乗り合い馬車は走らない。

 そうなれば自分で護衛を雇い馬車を借りるか、自力で歩いていくか、だ。


 今の俺は旅人兼冒険者だ。だから魔物が出没してもそれを排除する事は可能だ。それに魔物の素材を回収し、資金源にする事も旅費を稼げる要因として大事な事だ。


 魔物と遭遇した時、ジルは魔法で援護してくれる。


 ジルは高度な魔術師だった。身なりの良い服はそうだったのかと、それで納得できた。


 魔法は誰にでも使えるものではない。まず魔力がある者自体が希少なのだ。魔力があっても魔法として発動出来ない者も多い。それでも、魔力があるというだけで、王族や貴族が抱え込もうとする。

 

 そんな中、魔法を発動出来るとなれば、国の重鎮が手離す事はない。しかもジルはかなりの高度な魔法の使い手だ。その発動も早いし、詠唱も殆どしない。こんな貴重な人物にはなかなか巡り会えない。しかも魔法を具現化する為に必要とされている杖も持っていない。とんでもない能力だ。


 この力が知れると、良いように使われるかも知れない。いや、使われてきたか……

 そう考えた時に、俺は聖女の事を思い出した。


 聖女とは、何十年、何百年かに突然現れる人物で、その力は偉大であった。


 この世界には魔物がいる。魔物は何処からともなく出現し、人々を襲う。魔物が多く出現する場所には瘴気が漂う。それは魔物をおびき寄せるだけでなく、その場所では人は正常でいられなくなる 。瘴気の酷い所には、植物が育たなくなる。それが広がっていくと、村や街にも被害が及ぶ。


 その瘴気が祓える者が聖女とされる。


 それは必要とされた時にこの世に現れるとされていた。聖女が現れる数年前から、瘴気は至るところで濃くなり酷くなり、人々の生活を脅かせた。魔物が蔓延り、土地は枯れ作物は育たなくなり、泉や湖も枯れ、小さな村や街は滅びていくしかなかった。


 勿論国も対応しようと対策が練られたが、被害があまりに広範囲で多かった為、手が行き届かない場所も少なくはなかった。そんな時に現れたのが聖女だった。


 それは今から10年程前だ。


 それから徐々に世界は瘴気の恐怖から逃れていっている。まさに聖女様々だ。


 けれど、聖女は籠の中の鳥だ。


 何処へも行けず、王城の一角に据え置かれているのみだ。時々式典なんかで御披露目されるが、それだけだ。何処にも行けない、逃げ出せない可哀想な存在。


 そして、その聖女を見つけたのが俺だ。そうと知らなかったとは言え、その子の運命を変えてしまったのは俺なのだ。


 だから聖女の失った物を、せめて取り戻してやろうと旅をしている。



「リーン……」


「ん? どうした? ジル」


「…………」


「腹でも減ったか? いや、そうか……もうすぐ陽が暮れるな。ここら辺りで野宿でもするか」



 つい考え事をしてしまって、判断が遅れていたことに気づく。それをジルは気づかせてくれた。

 俺は自分の名前を名乗ってはいない。けれどジルは俺を『リーン』と呼んだ。俺の名はリーンハルトだ。親しい者からはリーンと呼ばれていた。それを知っている、と言うことは、ジルとは以前何処かで会っていたと言うことなんだろう。

 

 しかし、それがいつだったのかは思い出せない。まぁ、それは然程気にはしていないが。


 野宿をする為にアイテムバッグからテントを取り出し張っていく。アイテムバッグとはアイテム等を収納できる鞄だ。 魔力を付与させてやれば、マジックバックの中は時間は経過せず、食品等はいつまでも新鮮さを保つ事が出来る優れものだ。まぁ、そこまで出来る奴はなかなかいないのだが。


 ジルは土魔法で外壁や屋根を作り出し、簡易的な家を作り出していた。

 それはいつ見ても凄いと思う。勿論アイテムバッグに魔法を付与させるよりもだ。最初ジルは俺のも作り出そうとしてくれたのだが、それを俺は断った。自分が出来る範囲の事をする。それは誰にも依存しない為だ。


 しかしジルは魔法を使う以外は全てにおいて不器用だった。

 勿論料理も作れないし、捕らえた魔物や動物を捌く事も出来ない。今までそんな事をする必要は無かったのかも知れないが、旅をするなら少しは出来るようになって欲しいと思ってしまうのが本音だ。


 今日も食事は俺が用意する。ジルは土魔法で釜戸を作り出したりテーブルと椅子を作り出したり、風魔法で落ちている木の枝を手繰り寄せたり、火魔法で釜戸に火を着けたりしてくれる。


 俺も少しは魔法が使える。釜戸に火を着ける位の事は出来るが、役割分担って事でジルに任せることにしている。出来る事が一つでも減ると、ジルが申し訳なさそうにするからだ。


 鍋に水を入れてくれるのもジルの仕事だ。本当にどんな魔法でも使いこなすジルの能力は凄いと単純に思う。こんな人材、王族は絶対に手離さない。だから逃げて来たか? 良いように使われるのが嫌で逃げ出したのか?

 恐らくそうだろうけど、それを聞くことはせずにいる。態々ジルの気持ちを沈ませる必要等ないからな。


 スープを作ってパンと共に食べる。

 ジルの食べ方は決して綺麗だとは言えないものだ。スプーンをギュッと握り締めて口に運ぶ。パンも千切って食べるのではなく、ガシッと掴んで直接食べる。王族や貴族の中にいたのであれば咎められていただろう。そう言うのも嫌になったのかも知れない。


 こんな事から、ジルの出自は平民だったのではと考えられる。そして魔法が使える事から囲われたのだろう。


 そこまで考えて、こんな風にジルの事を気にしている自分に驚いた。他人を気にするとは、聖女以外は無かった事だったからだ。


 旅を続けるにあたって情に絆されたか。簡単だな、俺も。そんな自分に思わずフッと笑ってしまう。案外こうやって二人で旅をするのも悪くないと思っているのかも知れない。そんな風に笑ってしまった俺を不思議そうに見るジルと目が合う。



「リーン?」


「え? あぁ、何でもない。いや……ずっと俺について来ているが、ジルには行きたい場所とか無いのか?」



 そう言うと、ジルは大きく何度も首を横に振った。そんなに激しく拒否しなくても……と思ったが、その様子が可笑しくてまたつい笑ってしまった。

 笑ってしまった俺を見て、ジルも柔らかく微笑む。


 そうだな。こう言うのも悪くないな。


 

 

 

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