ただ一つだけ

レクフル

第1話 プロローグ


 アイツはいつも笑っていた。


 俺を見るその目はいつも暖かく、嬉しそうに微笑んで見上げていたんだ。


 その笑顔の意味も分からずに、俺はいつも幸せなヤツだな、と思うだけだった。


 



 アイツと会ったのは、依頼を受けて向かった森の中だった。


 俺は今、冒険者の仕事をしながら街から街へ渡り歩き旅をしている。冒険者としているのは、手っ取り早く金を稼ぐ為だ。だから旅の資金をギルドからの依頼で稼ぎ、貯まれば次の場所へ赴く、といった感じで旅をしている。


 その時の依頼は森で目撃されたバジリスクの調査で、この街の界隈ではいないとされていた高位の魔物の目撃証言がいくつか上がった事から、緊急事態と認識したギルドが領主に伝達し、重要案件として依頼を出したのだ。


 その街は然程大きな街ではなく、王都から離れた場所にある田舎の街だから、在籍している高ランクの冒険者の数は多くはなかった。そんな事から、定住している高ランクの冒険者に危険な事はさせたくなかったらしく、流浪の冒険者である俺に白羽の矢が立ったのだ。これは俺にと指名された依頼だった。


 もしバジリスクが確認されたら、冒険者だけじゃなく兵士達も編成して挑むのだろう。


 そういった経緯があって受けた依頼だったが、倒せるのであれば調査で終わらせずに倒そうとか考えていた。そうすれば報酬も特別手当が付くだろうから。


 そんな事を考えて森を探索していた時、倒れている人を見つけた。


 意識はあるようだったが、足でも挫いたのか何処か怪我でもしたのか、起き上がるのも難しそうにしていた。


 

「どうした? 怪我でもしたか? 大丈夫か?」



 そう声をかけて近寄りかがみ込み、背中に手を回して上体を起こした。

 見たところ、大きな傷は無さそうだ。では具合が悪いのか? そう思って様子を見ると、ソイツは俺の顔を見た途端に大きく目を見開いて、それから嬉しそうに微笑んだのだ。


 それがジルだった。


 白銀の髪は短く不揃いで、瞳はローズグレーで見たことのない不思議な色だった。旅人のような格好で外套を羽織っている。身に纏っている物は簡素な服だったが、布は上質な物で仕立ては丁寧だった。この事から、裕福な家の者だと推測できる。しかし武器らしきものは携えていなかった。

 中性的な整った顔立ちで、しかしまだあどけなく幼い感じがした。


 

「こんな所に武器も持たずに一人で……自殺行為だぞ? 何しにここにいる?」


「あ……え、と……」



 何か言おうとして、けれど言葉が出てこないのか、やっとそれだけ言った、という感じだった。それに声が掠れている。それは声変わりの途中なのかと思わせる。



「言いたくないのか? まぁ無理には聞かないが……立てるか?」



 そう言うと、何とか立ち上がろうとするも力が入らないのか、上手く立ち上がる事も出来そうになかった。仕方なく俺が立ち上がって、手を握って立ち上がらせようとした。

 その手に触れた時、ビクッとして顔を強張らせたが、抵抗することはなかった。


 何とか立ち上がったのを見て、問題無いと判断した俺は、

「ここは軽装で来る場所ではない。街へ帰れ」

とだけ言い、その場を離れた。


 しかし、後ろから辿々しく俺の後をついてくる拙い足音が聞こえる。振り返ると少し離れて立ち止まり、ソイツは俺の顔を見てニコリと笑う。助けられたからなついたのか、それからもずっとそうやってソイツはついてきた。


 それがきっかけだった。


 その出会いから、ソイツは俺の後ろをずっとついてきた。何を言うでもなく、ただ目が合うと微笑んで。名を聞くと、辿々しい物言いで

「ジ…ル……」

と一言呟いた。

 話し掛けても答えは殆ど帰ってこない。自分から話す事もない。だから初めは言葉が通じていないのかと思った。けれど、そうではなかった。


 なぜそうなのか、何度となく聞いた事はある。そんな時は何も言わずに、申し訳なさそうに笑うだけだった。


 今俺は一人で旅をしている。それは探し物があるからだ。自分のせいで不幸になった子がいる。その子の失った物を探す旅を続けている。これは自分の贖罪だ。求められている事ではないが、そうしなければ自分が許せないからだ。


 だからついてくるなと。お前には関係ないのだと。そう何度も言ったのだがジルは何も言わずに微笑むだけで、それからも俺についてきたのだ。


 俺も放っておけば良かったのだが、何故かジルの事が気になった。辿々しくついてくるジルをそのまま放って去って行く事が出来なかった。


 いつから俺はそんなにお人好しになったのか……


 そんな事から俺はジルと旅をする事になったのだ。


 

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