徹夜明けの間違い電話 作・常夜
そもそもの始まりは間違い電話だった。
徹夜明けで疲れ切った俺の前にある電話がうるさく鳴り響く。こんな状況でいったい何の用だと半ば憤慨しながら、俺は受話器を取った。
「もしもし。」
「あー、もしもし。『かんたろう』かい?えっと、前電話で言っとったお金の話は、いつ取りに来るんだい?」
電話をかけてきたのは知らない老婆だった。それにしても『かんたろう』?誰の話をしているのか。俺の名前はそんな名前でないし、俺が覚えている限りではこんな声をする人物は知らない。まさか俺の名前が知らんうちに勝手に変えられているのか?そんなふざけた話はない。なら、間違い電話か。俺は苛立ちながらもその苛立ちを抑え、きわめて冷静に受け答えをした。
「あー、婆さん?多分電話番号を間違えてるぜ。俺は『かんたろう』って名前じゃないし、最近金の話をした覚えはないからな。」
わずかな沈黙の後、老婆は慌てて答える。
「あら、まぁ。すみません。それはとんだ迷惑を。本当にすみませんねぇ。」
「いやいや、大丈夫さ。次からは気をつけてな。」
すみませんと老婆は繰り返し言うと、通話が切れた。俺はふぅーっと息を吐くと、はぁと続けてため息を吐いた。ずいぶん砕けた口調で話してしまったが、冷静な感じの声で話せただけマシだろう。キレ気味ではなかったはずだ、おそらく。
どちらにせよ、これでようやく寝れる。そう思って、ソファに寝っ転がろうとしたとき、ふとさっきの老婆の言葉が気になった。
「前電話で言っとった金の話」
電話でした金の話。そして、老婆が言っていた「かんたろう」といういかにも男っぽい名前。そして、金をとりに来るという事。回らない頭がなぜかこの時はっきり働いて一つの仮説を導き出した。
オレオレ詐欺。
いや、まさか。そんなわけないだろう。それになぜ引っかかった側が電話をかけてくるのか。
なかなか奇妙な展開に少し首をひねる。こういう時に何をすればいいのか。もう一度さっきの間違い電話に掛けなおすべきか。それもそれで変だ。第一何と言えばいいのだ。何通りか考えてみるが、徹夜明けの頭には荷が重くまったく考えが浮かばない。だからと言ってこのまま見過ごすのも何か嫌だった。こうなりゃ、もうどうなってもいいから掛けなおすか。言葉なんて話すときに普通に出てくるだろう。どうせ見ず知らずの他人なのだから、そんな奴に嫌われようが、痛くもかゆくもない。そう思って再び電話を掛ける。プルルルと何回か音が鳴り、さっきの老婆の声がした。その後に俺は言った。
「あー、もしもし。さっき間違い電話を受け取った奴だが。婆さん、あんた騙されてないか?」
ありがとうございますと今度は感謝の弁を述べながら老婆は電話を切っていった。受話器を戻すと、俺は今日何度目かわからない溜息を吐いた。老婆の話を聞く限りでは、俺が予想した通り典型的なオレオレ詐欺だったようだ。息子を騙る人間が仕事でミスをしてお金が必要になったから貸してほしい、後日に部下に取りに行かせると電話してきた、というよく聞く話だった。それで、老婆はいつお金を取りに来るのかを忘れてしまったらしく、それで息子を騙る人間に電話を掛けなおそうとして間違って俺のほうにつながったそうだ。全くもっていい迷惑だ。そう思いながら、俺は詐欺かもしれないからとりあえず本当の息子に電話をかけるか別の誰かに相談するかどっちかをするように言って電話を終わらせた。
こういう事をした後って普通はいいことをしたという満足感があるんだろうが、徹夜明けでへとへとな俺にとっては、疲労感と眠気しかなかった。はやく眠りたくてしょうがない。よろよろとソファに歩き出す俺をしり目に再び電話の音が鳴り響く。今度は何だ。心底うんざりしながら受話器を取る。
「もしもし。」
「あ、もしもし。父さん?俺、俺だけど…」
「…俺に息子はいねぇ!二度とかけてくんな!!」
怒りのあまりガチャンと受話器を叩きつける。あまりの疲れにはぁはぁと息を吐いた。誰だろうが、今はもう二度とかけてこないでほしかった。次かかってきたら受話器を壊してやろうかと思いながら、俺はソファに寝転がった。こうして疲れ切った俺のもう一つの戦いは終わったのだった。
2021.05.08.九州大学文藝部書き出し会 九大文芸部 @kyudai-bungei
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