潮風を浴びたい気分なんだ 作・秋月渚


そもそもの始まりは、間違い電話だった。


『もしもし、カヅキさんのお電話でしょうか?』


「いえ、違いますが……」


『…………』


 ツーツーツー。いきなり電話が切られる。履歴を見てみても一般的な携帯電話からの発信で、どうも知り合いではなさそうだったので放置しておいた。


 翌日、知り合いにその電話の話をしてみた。すると友人はハハハ、と笑い、「奇妙な偶然もあるものだな」と前置きをして先週の話をしてくれた。


「先週の月曜日、携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきてな。先日バイトに応募したばかりだったし、そこからの連絡かもしれないと思って出たんだ」


 そこで彼はいったん区切り、私の方を向いてニヤリと笑う。


「そうしたらさ、『もしもし、カヅキさんのお電話でしょうか?』って言われたんだよな。当然俺はカヅキという名字ではないから『違います』と答えた。すると相手は何も言わずに電話を切ってしまったんだ」


 どうだ、面白いだろう、というふうな顔をして彼が私のことを見る。なるほど、悔しいが確かに興味深い。


「カヅキ、って名前がそうそうあるとは思えん。恐らくは同一人物がかけていると考えるのが自然だろう」


「そうだね。でも、だからといって特に何もできないだろう」


「そうでもない。例えば、お前とおれの電話番号は似ているか?」


「そもそもお前の電話番号を知らない」


 それもそうだな、と彼は携帯を取り出して電話帳を開く。私も同じようにしてお互いの電話番号を見比べる。


「あまり似てはいないな」


「そうでもない。頭の三桁は絶対に一致するから、残る八文字にヒントはあるはずだ。そうだな、もし打ち間違えるとしたら、どう打ち間違えると思う」


「隣り合ったキーを押す、かな」


「同感だ。例えば0のキーは8としか隣り合わない。つまり俺たちの番号で0が出てくるところは0か8の二択だ」


「0が一致しているところと、0と8になっているところがあるな。でも、サンプルが二件じゃ判断できないだろ」


「そう言うと思ってな、ほれ」


 彼は持っていた自分のバッグを漁ると、一枚の紙を取り出した。見れば、名前といくつかの電話番号が乗っている。まさかこれは。


「お前なぁ……」


「人徳のなせる技だ」


 八桁の番号を求める場合、十の八乗個のパターンが存在するが今回はすでに十の六乗に絞られ、さらには条件も付けられている。総当たりにはなるだろうが、時間をかければ求めていた番号を手に入れることができるだろう。


 そうやってあれこれと格闘した結果、恐らくそうではないかという番号を得られた。


「さて、公衆電話に行こうか」


「わざわざ? 自分の電話でいいんじゃないのか?」


「いや、俺たちが今からやろうとしていることは、間違い電話の模倣犯だ。『携帯電話から特定の相手に向けて電話をする』というルールを守るのはどうにも、な」


「正直に言うと?」


「俺の携帯番号はよく知られているから面倒だ」


「じゃあ私のでも構わんだろう」


「いや、これは俺が気になったことだからな。自分でやりたい」


 こう言いだすと彼は頑固だ。仕方ない、とベンチから立ち上がり近くの公衆電話を目指す。あいにくとすぐには見つからなかったが、少し歩いたところにポツンと設置されているものを発見した。


「さて、かけてみるか」


 受話器を取り、硬貨を入れ、番号を押す。


 プルルルルルル……。カチャ。


『はい、もしもし……』


 私は彼の反対側から受話器に耳を当て、漏れ聞こえてくる声を聞く。どうやら、相手は男らしい。


「すいません、こちらはカヅキさんのお電話で間違いないでしょうか?」


 彼がそう問いかけた瞬間、電話の向こうですごい音がした。ドスン、カシャーン、と。足でも滑らせたのだろうか?


『お、お前はだれだっ! 美月じゃない、あいつは死んだはずだろ! 俺の目の前で見せつけるみたいに飛び降りたんだからさぁ!』


「落ち着いてください! 俺は美月さんという方を知りません。ただ、ある人からあなた宛ての間違い電話を受け取ったものなのです」


『間違い電話……? 誰からだ……?』


 彼が私に横目で合図する。私は携帯を取り出し、履歴からその番号を選択して彼の顔の前に持って行く。彼はそれを見ながら、はっきり、ゆっくりと発音する。


「090―✕¥@△―#$%&です」


 その番号を聞いた相手の口から「ひゅっ」と息の漏れる音が聞こえた後。


 ツーツーツー。


「切れた、な」


「切れたみたいだな」


 ガチャン、と受話器を台に戻し、硬貨を回収した彼が公衆電話ボックスから出ようとしたとき、いきなり公衆電話が鳴りだした。


 ビクリ、と肩を震わせた彼が受話器を取り、先程と同じようにして私も耳を近づける。




……ザザッザーザッザーガガッザッザーザーザッピーザーザッザーザーガッザッザーザッザーザーガガガッザザザッザーガガッザーザーザーピーザッザーザッザーザーガガガッザーザーザッザーザーピーッガガッザーザーザッガガガザッザーザザッピーザザッガガガザザッザーザザッピーガガガザザッザーピーピーピーザーザーザーザーガガッザーザーザーピーガガッザッザーザッザーザーガッザザッガガッザッザーガガガガガッザーザーザッザーザッピピピピピザーザッザーザッガガガッザッザーザッピーッザ―ザーザーピーガガガザーザッザーザーザッピピピザーザーザッザー……。




「ひどいノイズだな」


「…………そうだな」


 彼はそう言って受話器を置く。その後公衆電話に向かって合掌し、わたしの方を振り返った。


「スーパーに寄ってから海に行かないか?」

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