獣化なんですけれどぅ② 「月夜の晩に真っ裸」

 獣化人たちも裸体になれるスーパー銭湯や温泉では、思い思いの段階別獣化でリラックスしている。

 完全体獣化〔ケダモノ獣化〕したカバやカピパラが入浴している近くには。

 頭部獣化した獣化人と部分獣化した、獣化人の友人同士が一緒に入浴して談笑していたり。

 怪人のような第四段階獣化をした、獣化人が火照った体を浴室の椅子で休めていたりもした。


 もちろん、スーパー銭湯や温泉には純正人間も入浴できるが、純正人間と獣化人を判別するために首に『純正人間』と表記されたチェーンタグを付けるか。

『純正人間』だと、はっきりわかるようにするコトが、数年前から法律で義務化されている。


 数日後──調は純正人間の池贄 霧とデートしていた。

 映画を観た帰り道、立ち寄った公園のオブジェベンチに並んで座った。

 調と霧は、公園内のキッチンカーで売っていたクレープを仲良く食べる。

 調は頭から出した部分獣化のネコ系耳をピョコピョコ動かしながら、スカートの腰から出したネコ系の細長い尻尾を左右に振る。

 獣化人用の衣服には、尻尾を出しやすいようにボタンやファスナーで尻尾穴がついているモノもある。


 ツナと生ハムのクレープを食べている調のピョコピョコ動いている耳を見ながら、ラズベリークレープを食べている霧が訊ねる。

「また調の、ケモノ耳触ってもいい?」

「うん、いいよ……優しくね」

 霧は白毛に黒い部分が少し入っているケモノ耳を触りながら、調の左右に動いている白毛に黒いトラ縞模様の細長い尻尾を見る。

 調が部分獣化〔コスプレ獣化〕を見せるのは、デートで霧に頼まれた時だけだ。


「白いトラネコの獣化人なんて珍しいね」

 霧は調が、白いトラ模様のイエネコ獣化人だと思い込んでいるが──実は調はイエネコではなく……大型のネコ科動物だった。

 この時、調は必死に霧を食べたくなるのを我慢していた。

(食べたい、食べたい、食べたい)

 

 最近の研究で純正人間の中には、肉食動物に狙われやすい『犠牲フェルモン』を発散させる純正人間の存在が確認されていた。

 それは人間がまだ狩猟生活をしていた時代──肉食獣から襲われる危険が多かった人間の中から、自己犠牲になって仲間を肉食動物から逃がす、特殊なフェルモンを発散させる人間が現れた。


「オレの体を肉食獣が食べている間に、おまえたちは逃げて生き延びて子孫を残せ!」みたいな、肉食獣の嗜好を引き寄せるフェルモンだった。

 時代は狩猟時代を過ぎて、生け贄フェルモンは必要なくなったが……獣化人の出現でまた、犠牲〔生け贄〕フェルモンが放出され人間が現れた。

 池贄 霧は、この犠牲フェルモンが自然と放出されている純正人間だった。


(食べたい、食べたい、霧を食べちゃいたい)

 スカートから覗く、モモに拳を置いてブルプル震えている調に霧が訊ねる。

「寒気でもあるの? 震えているけれど?」

「ううん、なんでもない」

 調は唇をペロッとナメて、つき合っている男性の捕食を必死に耐える。

(食べたい、でも食べちゃダメ! 霧は食べ物じゃない!)


 調がそんな心の葛藤をしているしているコトなど、気づいていない霧は調の首に巻かれたチョーカーを見て微笑む。

 そのチョーカーは初デートの時に、霧が調にプレゼントをした音符のチョーカーだった。

「そのチョーカー、すごく調に似合っているよ」

「ありがとう」

 調は霧に向かって、自分の強い肉食性を悟らせないように微笑んだ。



 その夜──月が綺麗な夜、空のディバックを背負った調は、鎮守の森が広がる近所の神社へとやって来た。

 社に手を合わせてから、周囲に人がいないのを確認した月夜野 調は、社の裏に回り脱衣して全裸になった。

 野外で野生にもどる開放感──脱いだ衣服をディバックに入れて、見つからない場所に隠した調は、四肢立ちのケモノスタイルになると。

 低い声で唸る。

「自分開放! グルルルッ!」

 調の全身を純白の毛が被い、体型が人間からケダモノへと変わっていく。

 ベキッベキッと、骨格が変化する音が聞こえ、尻尾が生える。

 月光の中で調の体は一匹のケモノ──完全体獣化のホワイトタイガーへと変わった。

 鎮守の森から続く、月夜の森林をトラの姿で疾走する調。

(気持ちいぃぃ)

 これが、調の獣化ストレス解消方法だった。


 調は気持ちがいい月光を浴びて、いつもと違うルートから舗装された遊歩道に出た。

 茂みから出た瞬間、調は犬の散歩をしていた人物と遭遇した。

(えっ!?)

 調の動きが止まる。

(なんで……住宅街から離れたこんな場所にいるの?)

 調が遭遇した犬を散歩させている人物は、池贄 霧だった。

 実は霧も気持ちがいい月夜に誘われて、いつもの散歩道とは違う少し遠出の遊歩道で犬の散歩中だった。


 固まっている調をじっと見ていた霧が言った。

「もしかして、調?」

 ギョッとした調は、首のチョーカーを外し忘れていたコトに気づく。


 反転して慌てて森の中に飛び込んだ調は、衣服を隠してある神社に向かって猛スピードで疾走した。

(ヤバい、ヤバい、ヤバい! 見られた!)

 神社の裏で人間形態にもどり、慌てて着衣した調は家まで走って帰り。

 そのまま、自分の部屋のベットで頭から布団をかぶった。

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