第一夜
過去からの贈り物
~現実世界の海外で暮らしている30~40代の異国の奥様視点です~
夢を見ていた。
どこかで会った顔の青年が「僕のことはもう忘れていいんだよ」と言う。誰かわからずにいると、「自分の子供じゃないか」と笑った。あぁ、交通事故で失った五歳の息子が育った姿だ。もっと話したいと思った瞬間、目が覚めてしまった。
涙をふいて身体を起こすと、片付けたはずの部屋が荒れていた。
明日は家で、事故の『被害者の会』で友達になった人たちと食事会をする。部屋をひっくり返していた夫に、なにか探しているのと聞くと、夫は「内緒」と笑った。
被害者の会は、被害者にしかわからない悲しみを話すのが目的だ。
私は会で話すうちに、悲しみは共有できないと知った。だから会には、もう参加していない。食事会のメンバーは事故つながりだが、事故の話は一切出ない。
食事会当日、今度は夫が交通事故に遭った。
命はとりとめたものの、記憶障害と言語障害で、回復は難しいと言われた。生きているだけマシだ。なにも話せず微笑むばかりの夫を自宅に連れ帰った。私は趣味のワイン作りを本格的に仕事にして、生活を支えた。
数年後、食事会で会うはずだった友達から「また集まりたい」と手紙がきた。
ちょうど、参加したワインコンクールの発表がある。以前のように、私の家で食事会を行い、発表をみんなで心待ちにしてもらうことにした。
発表の日、緊張する私たちの前で電話が鳴った。
入賞の知らせに部屋がわき上がる。
懐かしい声に顔を向けると、夫が普通に話しているではないか。
驚く私に、夫は古ぼけた小さな包みをくれた。中には「10th」と刻まれた指輪があった。夫が事故にあった年は、息子の事故から十年目だった。
あの時、夫が探していたのはこの指輪だったのか。
記憶を取り戻した夫を、強く抱きしめた。
end
夫は事故にあう前、指輪を探している時からなにやら病状があり、それが原因で交通事故を起こしていました。部屋に満ちた幸せな興奮が刺激となって、夫の停滞状態が一気に流れて回復したらしい。おぉ奇跡だ、と思いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます