第2話  7月8日








(カァァー!カァァーーー!!)






突然のカラスの大きな鳴き声に、俺は目を覚ました。




おもむろに枕元をまさぐり携帯を見るとデジタルの青白い光が、1:35と映し出している。

まだ、夜中か。



「あち。」

体が、いつの間にか汗だくになっている。 

扇風機のタイマーはとうに切れており、網戸にしていた窓からも風は入ってきていない。

部屋の中は異様に蒸し蒸しとしていた。


ーー夜中に鳥が鳴くのはよくない事なのよ。

階段を一段ずつ降りる自分の足元を確認しながらふと以前、母さんが言っていた言葉を思い出す。


ここは、山の傍だし、たまに夜、キジが鳴いたりもするが先程のカラスはまるで何かを知らせる警戒鳴きのようだった。




キッチンの電気をつけないまま、冷蔵庫の前へ行くと、麦茶の入ったペットボトルを取り出し、一気に喉に注ぎこむ。


そのまま、シンクの所で汗ばんでベトベトしている顔を洗った。



蛇口を閉める際に、コツンと人差し指にはめた世都那先輩からもらった指輪があたり。







ゆうべの、先輩のくったくのない笑顔が頭をよぎる。



俺は、ぎゅっと拳を握りしめた。






小学生の頃から、クォーターの影響もあってか背は平均以上、皆よりも力があり、そのおかげで水泳中に溺れた月衣を助け保健室まで運ぶ事ができた。



ちょうど、その頃女子の間である少女漫画が大人気で、内容はよく知らないが主人公の前に白馬の王子様的な男が現れるといったストーリーらしく、女子は皆王子様に憧れ、教室でもよくその話題に会話がはずんでいて、俺達男子はそんな様子をよくからかったりしていた。



「私もいつか、あの白馬の王子様みたいな人と初キスするんだー。」

「おまえなんか、無理無理ー。」それを聞くたびになんだかウザくって俺はバカにしていたが、月衣はいつも夢見るように言っていた。




あの日、なんとなくその夢をぶち壊してやりたくなって。

保健室で、寝ている月衣にキスをした。




子供だったし、小学生の意地悪ということで、まだ笑える話だ。





で、ここからは笑えない話。






俺は昨日、保健室で寝ている月衣にキスをした。






















「今日、すっごい雨だねー。」




翌日の昼休み。

窓際から外を眺めながら、近くでおしゃべりしている冴優達に言う。


大粒の雨がバタバタと音をたてながら、そばの窓に叩きつける。



「ほんとこの雨、昨日じゃなくて良かったわよ。ゆうべは月衣、天の川見れたんでしょ?」


「うん、すごいキレイだったよ。」



「お前は天の川より、どちらかといえばケーキとか食べることに夢中だったよな。」


「もう!ちゃんと見たよー。」



彼方に、からかわれて膨れて言う。




「ねえ、世都那先輩も一緒だったんでしょ。両手に花じゃん月衣。贅沢だわー、ねっ、クラ。」



「せやなー。俺も一緒に見たかったさかいに。月衣ちゃんの花になりたかっ、、うっ、ゴホゴホ。」







「やだ、あんた風邪ひいてんの?そういえば今朝からずっと咳してるわよね。」






冴優がすぐさま蔵馬のおでこに手を当てる。



「ちょっ!大丈夫やさかいに!」



みるみる内に蔵馬の顔が真っ赤になり、照れたように冴優の手を振り払う。


「何よ、その態度。せっかく人が心配してあげてるのに。」


その様子に後ろの席の彼方がニヤリと私に目配せをする。


なるほど。


蔵馬くんは冴優に堕ちちゃったのか。



二人がお似合いだと思ってる私はすごく嬉しくて。

それは彼方も同じ気持ちのようだった。

あとは、冴優が蔵馬くんを意識し始めたらいいんだけどな。




「ゆうべは蒸し暑かったから、寝汗で風邪ひいたんだろ。無理すんなよ、蔵馬。」


彼方がそう言った時、教室の角のスピーカーから、アナウンスが流れた。






《本日、午後から緊急全校集会を行います。よって、5限目以降の授業は全て中止となります。生徒の皆さんは担任の指示に従い、速やかに体育館のほうへ移動して下さい。》






教室がいっきに賑やかになる。




「なんや、緊急てー。」


蔵馬がだるそうにいう。


ほんとになんだろう。この学校に入ってから緊急集会なんて今まで一度もなかったし、昨日、世都那先輩も何も言ってなかった。




「ま、午後イチの英語の授業が潰れるからえーわ。宿題やってへんからな。」


「蔵馬くん、英語得意なのにね。」

私が言うと、


「英語は好きなんやけどなー。俺、あの先生が嫌いなんやわ。」


三神ミカミ先生?」


「せや。なんや、こう、いけすかんのやわ。」


三神ミカミ先生は、今年度からこの学校に赴任してきた英語の先生で、歳はたしか20代半ば。


色白で草食系のさっぱりイケメンで、アメリカへ留学経験もあるので、とても流暢に英語を話せる。

女子の間で人気があり、独身の保健の沢口先生、音楽の河村先生も狙っているという噂だ。



「うーん、蔵馬くんがいうとおり、少し裏表がありそうな雰囲気があって私もちょっぴり苦手かな。」

「せやろ!」


すると、彼方カナタがあたしの頭をグリグリしながら

「お前は先生が苦手というよりも、そもそも英語自体が苦手だろーが。てゆーか全教科アウトだもんなー。」




「もー。頑張っても出来ないんだから仕方ないじゃん。彼方がおかしいんだよ。全然勉強してる様子ないのに、毎学期、学年で1位か2位じゃん。」


「中間の時は冴優に負けたけどな。」


そう、彼方と冴優が、私のせいで低くなりそうな、このクラスの平均値をかなり上げてくれているんだから本当に感謝しなきゃ。











雨足がいっそう強くなり、どんどん黒い雲で覆われはじめ、昼間だというのに外が薄暗くなっていく。

ぞろぞろと皆で体育館へと移動していると、途中、校門が見える渡り廊下のあたりで、誰かが異変に気づいた。



「なんだあれ。」


「パトカーじゃん。」


「やだー。」


見ると、遠くの門の辺りにパトカーと警察らしき制服姿の人が数人いる。




緊急集会に、警察。



何があったんだ。



隣を歩いている月衣が不安そうに俺を見上げる。










ほどなく集会が始まり、いつもにも増して険しい顔をした生活指導の大野がマイクを握った。



「えー、皆、その場に座って。」






壇上に向かって中央に体育座りをした生徒達、左手に先生達が、右手には生徒会メンバーがこちらを向いて立っている。




ザァーーーー!


体育館の屋根に打ち付ける雨音が大きく響き渡り、マイクを使っている大野の声さえかき消されそうだ。





「実は、問題が発生した。

昨夜からこの学校の者が行方不明になっているんだ。」




皆が一斉にざわめいたので、大野がさらに大きな声で静かに!と言い、そして続けた。





「行方がわからないのは。」






「1年の有栖川瞬アリスガワシュン。」








「3年、長伊佳乙里ナガイカオリ




は?



「1人やないんかい!」


蔵馬が驚いた声を出す。



「2年、相沢依千羽アイザワイチハ。」




「2年、青葉陽翼アオバヨウスケ。」




「最後に、、河村杏子カワムラキョウコ先生だ。」





先生まで?と、皆、訳がわからない様子で呆然としている。







「この5人がゆうべの内にいなくなった。

現時点で、事件事故に巻き込まれたのか、自分の意志で家出をしているのか、全くわかっていない。もし、君らの中で何か事情を知っている者がいれば担任の先生に言うように。」






「あとは生徒会頼む。」






大野はそう言いマイクを置くと、あわただしく体育館を出ていった。



続いて生徒会長が壇上に上がる。



いつもなら、歓喜する女子達も今日はみな神妙な面持ちで会長の言葉を待つ。






世都那は落ち着いた声で、

「先程、大野先生からお話があった通り、昨夜から行方がわからない方達が数名います。」


「解決し次第、再開させますが、念のため、今日から一週間、全部活を停止し学校が終わったらすぐ帰宅するように。」


「なお、なるべく1人にならないように誰かと一緒の登下校をお願いします。続いて、警察の方からです。」







俺は目眩に襲われる。







今名前が上がった青葉陽翼アオバヨウスケは小学校からの親友で。



相沢依千羽アイザワイチハは、先週俺に告ってきた子だ。





「捜査第2課のカガミです。」





まだ若そうな刑事だが、鋭い眼光をしている。


「事件性があるのか、まだ何ともいえませんが、なぜ5人同時なのか、関連性を調べているところです。あと、不審者を見かけたら、学校もしくは警察にすぐ連絡して下さい。こちら側も、パトカーでの巡回を強化します。」



「しばらくの間、こちらの生徒会とも連携をとりながら情報交換をさせてもらう事になるので、皆さん協力して下さい。なお、今のところまだマスコミには漏れてませんが、皆さんもSNSなどでこの件を発信しないように。」




「それから、この高校は、私の母校でもあります。全員が無事であることを願います。」











教室に戻ると、生徒達はお互いの意見や推理を始めていた。



「彼方、陽翼ヨウスケが、なんでいなくなっちゃったんだろう、どうしよう。」




彼方も私も、小学校からの幼なじみの陽翼ヨウスケとは仲がよく、家もすごく近い。

高校に入ってからは陽翼ヨウスケはテニス部の朝練で一足早い便になったので、登下校中にはめったに一緒にならなくなったが、学校のなかではよくお互いのクラスに行ききして、話はしているのに。

そんな身近な友達が行方不明だなんて、そもそもなぜ一晩の内に何人もの人が?

たまたま家出が重なっただけ?


私がぐるぐると考えていると、

「とりあえず、帰りに陽翼ヨウスケんちに寄ってみようぜ。アイツんち家庭に問題はないはずだけど、もしかしたら何か悩み事があったのかもしれないし、行けば何かわかるかもな。もしかしたら、どこかへ行ってただけで家に帰ってきてる可能性だってあるし。」



うんうん、と頷いていると、



「月衣ー、彼方くーん!」

クラスの女子が教室の入り口で私と彼方を呼ぶ。

行くと廊下に世都那先輩が立っていた。







「彼方くん、昨日はありがとう。」


「いえ、こちらこそ、指輪をありがとうございました。それにしても、一体何がどうなってるんだか、いなくなっている内のひとり、青葉アオバは俺や月衣の友達なんで、すげえショックで、、。」



「そのことなんだが。」


「昨夜、9時半頃に僕の家の者が車で迎えに来ただろう。」


「はい。」


「で、君の家を出てから、少し走った所にあるコンビニの駐車場の前を通った時、うちの学校の体操服を着た生徒がベンツに乗り込むところを見たんだ。」


「ベンツ、ですか。」


「ああ。遅い時間だったし、ベンツだったから違和感を感じたんだ。それが、青葉くんかどうかはわからないが。」


「とにかく。」

心配そうに先輩が続ける。


「今回のこと、上手く言えないが、何かイヤな予感がする。だから、月衣ちゃんのことを頼むよ。彼方くんも男だからと油断せず、くれぐれも気をつけてくれ。」


そう言って、優しく俺の肩に手を置く。


「わかりました、月衣の事は心配しないで下さい。俺も用心します。」

じゃあ、と言って、歩き出す先輩を引き留めて俺は聞いた。


「他の行方不明になっている人達は、下校中にいなくなったんですか。」



先輩は一瞬、躊躇した様子だったが、そのあと静かな声で言った。


「これはまだ他の生徒

には言わないでくれ。今、わかっている時点で。」


有栖川瞬アリスガワシュンは自宅の風呂場で忽然と姿を消したそうだ。」


「え。」


「あと、河村先生は、⚪⚪なんだよ。」




月衣の顔が歪んだ。











しばらくして担任の先生が教室に入ってくると、皆にすぐ下校するようにと指示をした。





「ゴホゴホ、、。」




「クラ、マジで咳ひどくなってきてない?」

冴優が言う。

「ああ、ちぃと、しんどいさかい。」


「早く薬飲んで休んだほうがいいわよ。夏風邪はこじらせたら、長引くっていうから。さあ、さっさと帰りましょ。」











どしゃ降りの雨の中、みんなそれぞれ友達と固まりながら下校をしている。



丘を下ってから15分ほど歩いた所にある駅に着いた。



駅には、バス乗り場もあり、ちょうど、バスが来たところだった。冴優と蔵馬がそれに乗り込む。

蔵馬は本当にかなりしんどそうでフラフラになっており、冴優はそんな蔵馬の腕を支えるように扉の所で私達に手をふりながら。


「このまま、クラを病院に連れていくわ。」




「うん、冴優は蔵馬くんと同じ町だもんね、じゃ、気をつけてね。また明日ー。」

私も手をふった。





俺達は、改札口を抜け、ホームの端のほうにあるベンチに座る。

「ねえ、彼方。さっき、冴優からちらっと聞いたんだけど、相沢アイザワさんて、、。」


俺はうつむき加減に髪をくしゃくしゃした。

「、、ああ。最近、俺に告ってきたこと?」



「やっぱり、そーなんだ。」



「その場ですぐに断ったけど、別に傷ついてた様子でもねーし、淡々としてた。」


思い出しながら宙を見つめる。


「それに、すごく気が強そうなタイプ。」


「じゃあ、彼方にフラれて落ち込んで家出、なんてことはないよね?」


「まあな。」



「ねー、なんで断ったの?」




「なんでって。」




月衣は興味津々に目をくりくりさせている。




「なんでって、なんか、付き合うとかそーゆーの面倒くせえじゃん。」



「ふーん。」










月衣は解せない顔をしていたが、ホームに滑りこんできた電車を見て立ち上がる。



「早く陽翼ヨウスケんちに行こう。」


「ああ。」













青葉陽翼アオバヨウスケの家は、俺の家から歩いて5分ほどで、本当に近い。

いったん、家に帰って鞄などを置いてから2人で陽翼ヨウスケの玄関のチャイムを鳴らす。

表の道路端には軽トラやバイクが何台か停まっていた。





「彼方くん、月衣ちゃん!連絡しよ思てたんよー。」

玄関からはあたふたと葉翼ヨウスケの母親が顔をだした。昔から見慣れた近所のおじさんやおばさん達も奥の部屋から顔を出す。



「おばさん、学校で知って驚いたんだけど、まだ行方わからないの?」


「そーなんよ。ゆうべ、コンビニに行くと言って出ていったきり、、。今、近所の人も、探してくれてるんやけど。」


眠れてないせいか、瞼を腫らしている。



ーーコンビニ。



やはり、先輩が見たのは陽翼ヨウスケだったのか?






「おばさん、知り合いでベンツに乗ってる人っていますか?」

月衣が訪ねる。



「ああ、それ、さっき警察からも電話あってねえ、聞かれたけど、ベンツなんてねえ、いないわよね。ねえ、あなた。」



仕事を休んで家にいた様子の陽翼の父親が、ふと何かに気づいたような顔で。



「待てよ、弟の奴が。」




「純平さん?」

母親が父親のほうを振り返る。



「小説家で儲けとって、なんや外車買ったゆーとったぞ?」




陽翼ヨウスケの叔父の青葉純平アオバジュンペイはコラムなどを書く仕事をしていたが、ここ何年間かは長期連載の小説がヒットしているとのことだった。



「やけど、あなた、純平さんは東京やから、ここからはそうとう離れとるし。」



「ま、聞いてみるわ。2人ともありがとうね。何かわかったら連載するから。」





結局、俺たちに出来ることは何もなく、帰宅してから何度か陽翼ヨウスケのスマホに連絡してみたが電源が入っていません、とのアナウンスが虚しく流れるだけだった。




「月衣、大丈夫だと思うけど、一応念のため、暫くの間はこっち母屋の一階で寝ろよ。」



同じ敷地といっても、こんな状況で離れはやはり無用心だ。



「うん。」





「なんかね、、。考えれば考えるほど、怖くなってきた。有栖川くんとか。」


「、、ああ。風呂場、だもんな。でも、素っ裸で外に出るか?ふつう。」



「河村先生のことも、、。」




そう、河村先生がいなくなった場所は。




ーー学校だった。







いつの間にか雨が上がり、また蒸し暑くなっていたが、窓から入る夕焼けに赤く照らされた俺と月衣は。






ーー寒気すら感じていた。








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