第1話 7月7日





ーー30分後、職員室前の廊下で俺と月衣ルイは案の定、生活指導の大野オオノに絞られていた。







「あぁ?お前らこれで何度目の遅刻だぁ?」




体育の教師でもある生活指導の大野は、40代半ば、定番の紺色のジャージの上下に身を包み、右手に持った長いものさしで、俺と月衣の頭を代わる代わる小突く。





そしてギロッと俺を見据えると、


「だいたい、北条彼方ホウジョウカナタ

お前の髪の毛の色は何なんだ!黒に染めてこい!黒に!」



「あのー先生。俺、入学した時から何度も言ってますけど、クウォーターなんですよ。」


わざと大きなため息をつきながら。



じいちゃんがアメリカ人なんで。」





それでも疑わしそうににらみ付けてくる大野に通りがかった校長先生が助け船を出してくれた。





「大野先生、本当ですよ。北条のところのお爺さんはアメリカ人です。私がまだ学生だった頃、北条のお爺さん、たしか、ジェイクといったかな。同じクラスで、彼からよく英語を教えてもらったものです。」





ふくよかで、あごに白髭をたっぷりとたくわえた校長は、懐かしむようにニッコリと微笑む。





「、、そうでしたか。校長先生が言うのなら、本当ですね。わかりました。

だが、そのピアスはきちんと外してこいよ北条!」




大野は苦虫を噛み潰したような顔で俺の金髪の影に隠れるように揺れているシルバーのピアスを、軽くものさしではたいて立ち去り、ようやく解放された俺たちは、校長にお礼を言うと、チャイムが響く校舎を教室に急いだ。





その姿を校長は眼を細め、見送った。












教室に入ると既に1限目は終わっており皆、2限目の移動の準備を始めていた。




「2人共おっそーい!」




すぐさま、蓮見冴優ハスミサユがとんでくる。


月衣ルイ、あんたまた寝坊したんでしょー。彼方カナタも大変ね、月衣の保護者みたいで。」



呆れ顔の冴優サユの横で同じくクラスメイトの杉元蔵馬スギモトクラマも激しく頷き、

「ほんまやなー。」と、同情の眼を彼方カナタに向けた。

「これからは彼方カナタの代わりに俺が月衣ルイちゃんとこ泊まりこんで、毎朝起こしてあげるさかいに。」


「こーらー。蔵馬クラマー。」

彼方カナタは笑いながら蔵馬の首に腕をまわして締め上げる。

「いてててー。くっ、苦しいー。」





「さ、ほら、2限目と3限目の授業、水泳だよ。着替えに時間かかるんだから早く更衣室に行こ。」





冴優サユはそう言うと私のプールバッグを取り上げて足早にスタスタと廊下へ向かう。

教室を出る前に何かを思い出したように蔵馬クラマに振り返り。



「クラー。あんた、水泳の授業中、鼻伸ばして女子のほう、見てんじゃないわよー。」


水泳は、よその高校では男女別が多いらしいけど、良くも悪くもうちは一緒に授業を受ける。


「なっ、、!アホ言うな!見る訳ないやん!特に冴優!おまえなんか絶対見ぃへんわ!」




「絶対?じゃあ、賭ける?もし見てたら、売店のジュースおごってもらうわよ。」



「おぅ!俺が見ぃへんかったら、あんたが奢りぃよ!」



「はいなー。」





いつもの事だけど、冴優サユ蔵馬クラマのやりとりは楽しい。

実はこの2人めちゃめちゃ相性いいんじゃないかと思ってしまう。



冴優サユとは中学の時に同じ部活で仲良くなり、今では大切な親友である。

蔵馬クラマは昨年の途中に大阪から転校してきて、独特の関西弁と持ち前の明るさですぐクラスに溶けこんだ。


割りと毒舌どくぜつの冴優にもなんなく渡りあっている。







プールは学校の敷地の端にあり、私達がそこへ向かうため3年の校舎を歩いていると、ふいに冴優が立ち止まった。








見ると廊下の前方から、黄色い声と共になにやら生徒の集団がぞろぞろとやってくる。





「生徒会と、その取り巻き達よ。」




冴優があごで示す。






先頭には、会長の道玄世都那ドウゲンセツナ、その従兄でもある副会長、道玄光弦ドウゲンミツル、あと、スポーツ万能で体格のよい萬田獅斗マンダシド、IQが150は超えているんじゃないかという噂の秀才、楠準之介クスノキジュンノスケだ。






すれ違いざま、会長の世都那セツナがふいに私の頭に軽く触れ、眼鏡の奥から優しい眼差しを向けた。





とたんに、空気が殺気だつのを、いくら普段、米粒が足の裏にくっついていても気付かない位の鈍感どんかんと言われる私でも感じとった。







(なんで、あの子なのー。)

(顔とか大したことないじゃん。)

一斉に取り巻き達がざわめく。






「ほんっと!大したことないのにねー!なんで月衣ルイなの、笑っちゃうわー!!」


取り巻きの女子生徒達のヒソヒソ声を蹴散らすように、冴優が突然大きな声を出す。



「ちょっ!冴優サユ!」


私はあわてて冴優の口を塞ごうとするが、冴優は構わず続ける。



「月衣、あんたねー!みんなの憧れの先輩をゲットできたんだから、これからはもっと頑張りなさいよー。

こないだの歴史のテストなんか、5点だったじゃん。100点満点中5点て!!普通なかなか採ろうと思っても取れないよ、あんな点数。」


「あと毎回寝坊して、遅刻するし。それと食べ過ぎ!最近太ってまた一段とぶちゃいくになった?

あーあ、これじゃあ、いくら優しい世都那セツナ先輩でも、その内に愛想あいそつかされるね!絶対、半年ももたないわー!そしたら私がアタックするんだから!」





あまりに酷い言われようで、途中から取り巻き達は

私を同情の目ですら見ている。




(歴史5点だって。なんか痛々しいね。)

(確かにスタイルも顔も良くないけど、そこまで本当のこと言われると、なんだか可哀想ね。)







あれ、空気が変わった。

私はポカンと冴優を見つめる。






取り巻き達が立ち去った後、「これで!」



「今後は月衣への当たりが弱まるでしょ。みんな痛々しそうにあんたを見てたわよ。会長に、その内愛想尽かされる可哀想なコってねー。あはは。」





ドヤ顔で冴優が私の肩をポンポンと叩く。



なるほどー!本当になんて賢いんだろう。



「ありがとぅー!冴優!」



抱きつく私に、もう暑苦しいからーと冴優は笑いながら逃げていく。






今年は早い時期に梅雨が終わり、今日もまだ午前中だというのに、どんどん気温が上昇しているのがわかる。



プール、きっと気持ちいいだろうなー。





私はウキウキしながら更衣室へ向かった。













ピーーーー!




先生の吹くホイッスルの音が、学校が建っている丘全体に響き渡る。



水面から飛沫しぶきがあがり、8コースまで並んだ生徒達が一斉に飛び込んだ。

周りの歓声が渦となり、泳ぐスピードを後押しするような。




先に男子の番で、後から泳ぐ女子は階段状になっている見学席から、男子の泳ぎを応援していた。


やっぱ、男子のクロールってカッコいいな。


あっという間に50メートルを泳ぎきり、8人中一着になった蔵馬クラマが周りを見渡しドヤ顔でガッツポーズをしてみんなをどっと沸かせた。





「ほんっと、調子がいーんだからアイツは。」


やれやれという顔で横に座っている冴優がため息をつく。


「でも、蔵馬クラマくんて結構人気だよね。スポーツ出来て会話も面白くて。顔もイケメンだしさ。冴優とすごくお似合いだと思うけど。冴優は、いつも喋ってるけど、蔵馬くんに興味とかないの?」




「ないないないない!やめてー!想像しちゃったら蕁麻疹じんましんでちゃった!ひゃー!」


蔵馬くん、すごい拒絶されてるよ。と私は苦笑い。




「だいたいさー、本当に人気があるのは彼方カナタじゃん?

月衣ルイは幼なじみで、同じ敷地に一緒に暮らしているから存在が近すぎて、ピンとこないかもしれないけどさ、彼方カナタは2年の中じゃ一番人気だよ。顔だって、あの、誰だっけ、芸能人の、、あ!成宮に似てない?」




「うーん、、似てないこともないけど、、。彼方、そんなに人気あるんだー。」





「そう、こないだも4組のコが告ったみたいよ。彼方カナタはその場で断ったらしいけど。

あっ、見て。次、彼方カナタが出るわよ!」







視線を向けた先に、彼方カナタがいた。


ちょうど、コース台へ登っているところだ。



日の光と、水面からの反射で、まぶしく輝いているのは、彼の金髪のせいだけじゃない。

均整のとれた身体、アッシュグレイの瞳。

彼方カナタの全てが輝いているかのようだ。

そんな彼の姿に女子達は息を飲む。




まるで太陽の子みたい。







ーーそう。知っている。


彼が一番人気なことも。



今まで、何人もの女子に告られてきたことも。



彼方カナタは、人を惹き付ける。

まるで、太陽のように周りの天体を重力で引き寄せる。




悲しいことに、私も例外じゃなかった。





ーー近い存在だから。



(だからこそ、この気持ちを見せる訳にはいかない。)




一番側にいるから。





(だからこそ、逃げることも出来ない。)













1ヶ月前。

私は突然、生徒会長の道玄世都那ドウゲンセツナに告白された。



生徒会室から、私が放課後よく居る美術部の教室が見えるらしく、だからってなんで私なのかいまだに謎だけど、雲の上のような存在の世都那セツナ先輩から付き合ってほしいと言われ承諾した。



先輩と付き合うことで、彼方カナタの事を一瞬でも考えなくてすむように。





先輩と付き合うことで、彼方カナタがどんな反応をするかも知りたかった。





自分でも、なんてひどいんだろうとわかっている。

彼方カナタに素直にもなれず、優しい世都那セツナ先輩にも後ろめたい。





でも、行き場のない自分の気持ちを守るため。



私の彼方カナタを想う気持ちは、

少し他の女の子達とは違うから。



大好きで、大好きで、大好きで、、

憎い。



少し歪んでいるんだ。








ーーあの日から。










月衣ルイ!」




はっ、として、冴優を見る。




「どーしたの、何回も呼んでるのに、ボーっとしちゃって。」




「あれ?男子は?もう終わったの?」




「えー、あんた、幽体離脱してた??

今さっき、終わったわよ。予想通り、彼方カナタが一着。やるねー。」







冴優のいう通り、女子と入れ替わりて、今度は男子達がこちらの見学席へ、わらわらと移動を始めていた。













「やーっぱ、彼方カナタには勝てへんわー。」


蔵馬クラマが、手に持ったゴーグルをもてあそびながら、ペタペタと来て俺の隣に座る。


「たまたま。今回のタイムは俺のほうが少し速かったけど、お前も一着だっただろ。」




「よし、次こそは彼方を抜いたりますわー。」

ニカッと笑いながら、蔵馬はしばらく周りを見ていたが、突然、雷を打たれたような顔をして固まった。



「どした?蔵馬?」

ぎょっとして俺は彼の顔の前で手をふる。


蔵馬は口をぱくぱくさせながら、女子のいるコース台を指差す。





「あ、あれ、あれ、あれ。」





まるで、お化けでも見たように目を剥いて、言葉になっていない。




指差した方を見てすぐ納得する。

ああ、なるほど。



蔵馬は昨年の夏過ぎに転校してきたから、冴優の水着姿を見るのは今日が初めてか。





俺は中学ん時から知っているから、何とも思わないが免疫のない蔵馬にはさぞかし衝撃だろーな。



172センチの高身長、バスト、ウエスト、ヒップとモデル級並みの体型をしている冴優は、やはり男子の眼を釘付けにしていた。

そういや、かなり前に雑誌の読者モデルの誘いも来てたよな。




普段、おろしているセミロングの髪を軽くアップにまとめて、今、冴優は恐ろしいほどの色気を放っている。






「うっ、嘘だろ、アイツ。」

驚愕する蔵馬。



「あーあ、昼休みには売店に走らなきゃな、蔵馬。」


俺はニヤニヤしながら蔵馬クラマの肩をポンポンと叩いた。







月衣もコース台に上がって、みんなと一緒にはしゃいでいる。


ほんっと、アイツは安心安定の幼児体型だな。



フッと、笑ってしまう。






やがて、ホイッスルが響き女子の平泳ぎが始まった。


冴優がすぐに、トップに抜きん出ている。



ぐんぐんと2位との差が開いていく姿にみんなの歓声が上がる。






月衣は最後か、アイツ遅えから。





ん?




あれ、月衣が見当たらねえ。










先生の表情が変わったのを見た瞬間、


俺はすぐさま水の中に飛び込んだ。














遠くでチャイムの音が聞こえる。





月衣ルイ。」


うーん、、、。もうちょっと寝かせて。



月衣ルイってば、起きなさいよ。」





「、、まだ、眠いよ、、。」




私はもぞもぞとタオルケットにくるまる。




「起きなさい!今、昼休みだよ!」




バッと、タオルケットを引き剥がされ、私はガバッと体を起こす。





あれ?保健室?私、何してたんだろ。たしか、水泳の授業してて、、。





「もー!すごく心配したんだからね!あんた、溺れたんだよ!彼方が飛び込んで助けてくれたんだから。」



目の前には半分心配で半分は怒っている冴優の顔。


「あたし、、溺れたの、、?」




「しかも!原因は、寝不足だって!急激な血圧の変化で意識が一時的になくなったみたいよ。そのあとは、保健の先生が寝かせておこうって。あんた、しょっちゅう、遅刻するほど寝ているのに、なんで?夜更かししてるの?」





「ううん、夜10時頃には寝てる、、。」





なんでだろ、自分でも不思議だ。




ーーガラッ。


保健室の戸が勢いよく開く。



生徒会長の世都那セツナが血相を変えて入ってきた。




「私がさっき月衣の事、先輩に伝えたのよ。じゃあまた後でね。」


気をきかせて世都那先輩と入れ違いに冴優はウインクをし、そう言いながら出ていった。



月衣ルイちゃん、溺れたんだって?もう、起きても大丈夫なのか?」



「大丈夫です。睡眠不足だったみたいで。なんだか恥ずかしいです。」

私は照れながら。


「いや、大丈夫だったらいいんだよ。ああ、安心した。」




先輩は安堵の大きな息を吐き、よかったと私の手を握る。



走ってきてくれたのか、縁なしの眼鏡にかかる、普段はさらさらとした黒髪が乱れていた。




道玄世都那ドウゲンセツナ、彼はこの街ではかなり有名な「ドーゲンフード」という食品会社の跡取りだ。


彼の祖父が小さな工場から始めて、一代で大きくした会社で、全国的にはまだまだ知名度は低いが、早くから外国との取引を拡げていた。

この街では、その会社に勤めている人も多く、私や彼方の両親も、以前勤めていたくらいだ。

だから、その名を知らない人はいない。


現在は創立者の祖父が会長で、世都那の父が社長を担っている。




普通、これだけの資産家の跡取りなら、クールでえらそぶっていてもおかしくないのに、世都那セツナ先輩は全く違った。


黒髪と眼鏡が似合い、知的な雰囲気だが、いつも穏やかで、誰に対しても笑顔で、とにかく優しい。

生徒達はもちろん、先生達にも好かれている。

皆の理想を絵に描いたような素敵な人だ。



「今日は誕生日なのに、大変だったね。」




「あはは。そうですね、遅刻はしちゃうし、プールで溺れちゃうし。」



ほんと、散々なはずだけど、周りの友達や先輩のおかげで、へこまずにいられる。


「今日、学校終わったら、月衣ルイちゃんちに行ってもいいかな。北条彼方ホウジョウカナタくんのお宅に一緒に住んでるんだったね、北条くんにも僕から言っておくよ。」



「あ、、はい。わかりました。」



一瞬、躊躇しちゃったけど、誕生日に彼氏と会うって自然なことなんだよね。

付き合って1ヶ月ほどしか経ってないから、まだまだ先輩が彼氏という実感がわかない。

もうすぐ夏休みだし、一緒にお買い物に出かけたり、ランチに行ったりもして、そうやって、ゆっくりとお互いを知っていくんだよね。

いつか、先輩の事をものすごく好きになる日が来るのかな。




ーー今夜うちに来ること、彼方カナタはどう思うんだろう。

きっと、何も思わないよね。

彼方カナタは何も思わない。

私のことは、ただの手がかかる幼馴染みとしか見ていないんだ。



ーーもう考えるのはやめて、

今夜は3人で天の川見て、楽しもう。



ベッドを仕切る薄い黄色いカーテンが、穏やかに揺れていて、私を見つめる世都那先輩はすごく笑顔で、私の大切な誕生日、その時はまだ、平和そのものだったんだ。












「すげえな、今夜の天の川は。」





月衣ルイの誕生日には、晴れていたら大抵2人でこうやって夜空を見ていたのだが、今夜の天の川は今まで見たどれよりも、素晴らしく美しかった。





俺は、縁側でケーキとスイカを切り分けながら、珍しく感動していた。



宇宙と自分の間に、まるで大気とか遮るものがないのかと思うくらい、星が近くてクリアに見える。





取り分けた皿を、目の前で同じく仰ぎ見て感動している世都那先輩に渡す。





「ありがとう、彼方くん。今日は無理言って急にお邪魔させてもらってわるかったね。」



先輩が本当に申し訳なさそうに、俺に頭を下げた。

「全然、気にしないで下さい。むしろ、俺のほうが2人の邪魔してる気分ですよ。」




俺の家は、築70年くらいは経っている昔ながらの純和風住宅で、アメリカ人の爺ちゃんが日本の建築物に惚れて仲の良い大工さんにお願いして建ててもらったらしい。



かなり古いがいい味が出ていて俺は結構気に行っている。

敷地は広く、西側には裏山へと続く竹林がひろがっており、周りは高めの塀でぐるりを囲んでいる。

月衣のすんでいる離れは、南側のこの縁側のそばにあり、同じく和風の建て物で12畳ほどはある。

爺ちゃんがアメリカからの留学生を住まわせる為に作ったらしい。

キッチンにトイレ、シャワーも備わっているが、月衣はトイレ以外は、ほとんど、こちらの俺の家のほうで一緒にごはんを食べたり、風呂も使っている。





ふと、月衣の方を見ると、先輩の横で、大きな口を開けてケーキを頬場っている。

天の川よりも、ケーキに夢中だ。

それを優しく見守る先輩。


なんだかなー。


あまり付き合っている風にみえねえ。と、いうか父親と娘、みないな雰囲気に近い。






先輩は、今日はじめてゆっくりと話したが、噂どおり、すごくいい人だ。

なんで、月衣を好きになったのか、意味不明だが。


年上だけど、俺に対しても威圧感はなく、ただただ優しい。月衣だけでなく俺までも癒されている感じで、不思議な気分だ。




「あ、そうだ。月衣ルイちゃんに渡したい物があるんだ。」


少し照れくさそうに、先輩が胸ポケットから刺繍が施された小さな巾着袋をだす。




中から出てきたのは、指輪だった。

ベースはピンク色だが、白やグレーも少し混じっている、太めの勾玉の指輪だ。



「あらためて、誕生日おめでとう、月衣ちゃん。」





月衣は驚いた表情だったが、すぐに嬉しそうに薬指にはめた。

「すごい!ピッタリです!なんでサイズがわかったんですか?私、自分でも指のサイズ知らないのに。」



ほんとになんでわかるんだよ。




「ありがとうございます。すごく、きれい、、!」





すると、先輩はごそごそともう1つ巾着袋を取り出し俺に渡す。




「はい、これは彼方カナタくんの。」




「え?俺にも、ですか?」




取り出すと、それは、金色に近い琥珀を強くしたような色、やはりいろんな色味が混じっている勾玉の指輪だった。

月衣の指輪より3倍ほど大きく、人差し指に付けてごらん、と微笑む。




「わぁ、彼方もピッタリだー。」

横で月衣がはしゃぐ。



だから、なんでサイズがわかるんだよ?




やはり、世都那先輩はすげえな。





「僕のは、これ。」


 


先輩はそういって、緑色がベースの勾玉指輪を中指にはめた。





ーーもしかして。


「、、3人、お揃い、ということですか?」






想像以上に、先輩がお茶目ちゃめすぎて、俺は驚愕しながら尋ねる。




「うん。もし、嫌でなければ、つけてくれるかな?これからは君とも仲良くしたいんだ。」




伏し目がちに恥ずかしそうに言う先輩に、



「嫌じゃないですよ!もちろんつけます!生活指導の大野に叱られても外しませんよ、俺。」




実際、指輪はすごく存在感があり、はっきりいってイケてる。



月衣も、先輩も、それぞれの個性に合っているのかよく似合っていた。






「それにしても、今日は彼方くんが月衣ちゃんを助けてくれて、本当に良かったよ。」



「クセなんですよ。」


不思議そうな先輩に、苦笑しながら俺は続ける。



「たしか、小学校の高学年の時だったかな。前にもコイツ溺れてるんですよ、水泳の授業中に。その時も俺が助けたんですけど、それからは、水泳の時は俺、無意識に注意するクセがついてるんだと思います。」




はは、と笑いながら、スイカにかぶりつく。




「小学校の時も溺れたのかい?」



驚いて、先輩が月衣を見る。


月衣が相手じゃ、気苦労が絶えないだろうと先輩に少し同情する。




でも、先輩がいい人で本当に良かった。


本当に。







その後も、俺たち3人は天の川や流れ星を見たり、楽しく語らいながら、この美しい夜を過ごした。









ーー平和な日々が終わる、「最後の夜」だとも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る