5-3 別れ
「――あくまで秘密、ということか。ここまでできる戦士がいるとは。雇う側からしたら最高の使い手だ」
出血でこと切れたニンジャを仔細に観察して、エスカリオは呟いた。秘密を守り通すために舌を噛んで死のうとするなんて、どこまでの精神力なのだろう――と思ったそのとき、ニンジャの腹がびだんびだんと動いた。
「な、なんだぁ?」ルッソが懐から小刀を出して身構える。ニンジャの腹で動いていたものは、喉を通り口から飛び出した。ルッソが小刀で一閃すると、それは動かなくなった。
「ロータナの寄生虫型魔法生物と同じ系列の術だね。やはりここまでの精神力、人間一人では持ちえない、ということか――可哀想に」エスカリオはその魔法生物をよく確認した。
「さて、この死体があるといろいろと不都合なんだけど、どうしようか?」
「サウさんの異能を使うほかないですね」シャーリーリはそう言い、サウをちらと見た。
「木の床に線ひけるかなあ」そう言いながら、サウはポケットから小石を取り出し、かりかりと列車の床に線を引いた。
「みんなは離れてて。せえのっ」
ドカンと音がして、ニンジャの亡骸は消えてなくなった。
「しかしなんなんだぁ? 俺らのルートは完全に読まれてて、そのうえ適材適所で敵が現れる。どこまで上手いこと仕組んだんだ、ニセ枢機卿とやらは」ルッソがぼやく。
「我々の行動をなにかで観ているのかもしれません」シャーリーリがルッソに答えた。ルッソはしばらく考えてから、
「――俺かもしれん」と呟いた。どういうことだろう、とシャーリーリが思ったとき、ルッソはエスカリオに、
「俺の体になにか異物が付けられてたりするか、天球盤でわかるか?」と訊ねた。
「できるよ。でもなんで自分を疑ったんだい?」
「そりゃあここまでいちばん長くお嬢ちゃんを案内してる人間が俺だからだ。もしかしたら、俺もこういう寄生虫を飲まされていて、それでお嬢ちゃんとお人形に肩入れしたのかもしれない」
「疑り深いのはいいことだね。そもそもなんでルッソは女社長のお供をしているんだい?」
「なんていうか――お嬢ちゃんとお人形を、引き離しちゃいけない気がしてな」
「なるほど、じゃあ調べてみよう。鎧外して上着脱いで」
ルッソは鎧を外し、その下に着ていた生成り色のシャツを脱いだ。エスカリオは天球盤からいろいろコードを伸ばして、ルッソの体にぱちぱちと取り付けた。
「ちょっとビリっとするよー」
「おうふっ」
ルッソの情けない悲鳴ののち、エスカリオの天球盤に何か表示された。
「――寄生虫……ではなくて、なにか金属のようなものが仕込まれている」
「き、金属だあ?」ルッソはよく分からない顔をする。
「もうちょっと調べてみよう。しかしこりゃ一台の天球盤じゃ容量不足だ。女社長さん、天球盤貸して」
「あ、はい」シャーリーリはエスカリオに天球盤を渡した。エスカリオは難しい顔をしながら二つの天球盤を同時に操作して、それからエスカリオに訊ねた。
「なにか手術とか受けたことある?」
「特にないな」ルッソは断言した。
「じゃなきゃ、一定の間、人事不省に陥ったことは」
「うーん……これといってないと思うぞ」
「それはおかしいな、ルッソの体には、このお人形さんを見つけたらお人形さんの放つパルスに従って追いかけるようにする、というプログラムを組み込んだチップが埋められている。それも体のわりと深いところに。ついでに言えば、そのチップはルッソの見ているものを、指定の天球盤に送信する機能もあるね。衛星経由だから西方世界と遮断されても問題ないし」
「……ハァ?! なんでそんなもんが埋められてんだ?!」
ルッソが大声で言った。
「あの、ルッソさん。ルッソさんはどういう経緯で、ニセ枢機卿の狩人になったんですか?」
シャーリーリはそう訊ねた。ルッソは少し考えて、
「俺ぁもともとただの賞金稼ぎだ。そこそこ腕の立つ……で、酒場で酔っぱらってるところに、見知らぬ尼さん、尼さんだと思うんだが妙にきれいな身なりだったなあ……とにかく尼さんがきて、イイ稼ぎの仕事がある、って紹介されて、ついていったらこの通り」
「酔っぱらってるうちにチップを埋められた可能性があるね」
「シャレにならんぞオイオイ。それを取り出すことはできるのか?」
「できないこともないけど、けっこうな大手術になるよ。神経が複雑に絡まってるところに埋まってるから、設備も必要だし。できないこともない、っていったけど現状では無理だね」
「――そうか。じゃあ俺は、この旅から降りることにするよ」
「え、えっ? なんでですか?!」シャーリーリは慌てた。ルッソは笑顔で、
「そりゃあ、俺ぁお嬢ちゃんとお人形を引き離すのが忍びないからだ」と、答えた。
翌朝、最初に到着した駅でルッソが駅馬車を降りた。手を振るルッソから、駅馬車は遠ざかっていく。シャーリーリは思わず、
「――寂しくなりましたね」と呟いた。
「まあしょうがない。でもこれでこの先ニセ枢機卿にルートを読まれることはないよ」
「そうですね……ルッソさんにはずっと助けてもらったので、なんだか寂しいです。戦力がひとつ減ったわけですし」
「いなくなったのはしょうがない。さ、きょうの昼にはメイルに着く。大女神の加護があるよ」
駅馬車にのどかに揺られて、一行はメイルに到着した。聖都イェルレ行きの駅馬車の発車までまだしばらくあるので、少し街の様子を見てみることにした。
街のいたるところに葡萄酒の酒舟があり、若い娘たちが葡萄を踏んで葡萄酒を作っている。この娘たちは大女神の神殿の巫女なのだという。白い装束に葡萄の汁が飛び散り、装束は紫に染まっている。
「メイルでは赤ワインが人気なんですね――でもこれだけ大量に生産していたら、外から売り込むのは難しそうですね」
「……女社長さん、本当に商売のことしか考えてないよね」エスカリオにツッコまれた。シャーリーリは口をとがらせて、
「商売の基本です。どこにニーズがありどこに商機があるか、常に考えねばいけません」
と答えた。エスカリオはハハッと笑った。サウが、
「ねーねー、あっちでなんかやってるよー」と、どこでなにをやっているのか分からないセリフを発して、シャーリーリはザリクにそちらに向かうよう言った。
展開されていたのは質流れ市だった。たくさんの貴金属が売られている。
「さあさあこれは値打ちものだよ、ティラヘのべっ甲細工だ! イーヤ国のお方さまが付けていたという噂のかんざしだよ!」
シャーリーリはかんざしに目が釘付けになった。それは間違いなく、イーヤ国のお方さまから手に入れて、質屋で売り払って旅費にしたものだった。
「すいませんそれをください」シャーリーリは思わず手を上げてそう言った。天球盤決済で支払い、よくよく考えたら西方ルルベル教徒の女は髪を隠すのだからかんざしなんか持っていてもどうにもならないことを思い出す。
「しまったぁ……」痛恨のミスである。しかも結構高かった。しかしシャーリーリはそこで切り替えて、もし無事に聖都イェルレのニセ枢機卿をやっつけることができたら、イーヤ国に送ってお方さまに返そうと決めた。切り替えがうまくないと商人としてはやっていけない。
聖都イェルレ行きの駅馬車に乗る時間だ。駅馬車を引いているのは美しい馬四頭である。
今回は一級客車に席を取った。特級席はさすがに贅沢だと思ったからだ。一級客車の指定席にかけると、すぐ近くに黒髪に黒い瞳の少女が乗っていた。身なりは質素ながら良いものと分かる、東方風の衣服で、その少女は大人しく静かに座っている。
「シャーリーリ殿」
その少女はガリヤ国の言葉で話しかけてきた。シャーリーリは、その人物がニンジャのヒナであることに気付いて、戦慄した。本当に神出鬼没だ!
「怯えられるな。拙者は拙者の同胞をもてあそんだニセ枢機卿に、仇討をしたく思ってござる」
ヒナは静かにそう言った。その言葉には強い決意がにじんでいた。
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