第五章 聖都イェルレ

5-1 家族との再会

 シャーリーリが無事であったという話がイレイマン家に報告され、ロータナの街にシャーリーリの兄たちと父親がやってきた。長兄サリオッツは工場の回復の視察も込みだ。


「シャーリーリ、よくぞ無事で」


 シャーリーリの父はそう言い、ザリクに背負われたシャーリーリを横から抱きしめた。兄たちもかわるがわる、シャーリーリを抱きしめた。シャーリーリは嬉しかった。


 家族ってこんなに素敵なものなんだな。シャーリーリはこみ上げてくる涙をこらえられなかった。いままでの恐怖や不安が爆発して、シャーリーリはぼろぼろと泣き出してしまった。


 兄たちは、

「シャーリーリ、お前は頑張り過ぎたんだ。少し休め。やっぱり女社長ってのは無理があるよ」

 と、シャーリーリの背中をたたいた。


「でも。せっかく業績もよくなってきて、仕事もたくさんあって――それを手放すのは惜しいです」


「まあ気持ちはわかるんだが、メダルマは現状災害でぐちゃぐちゃだし――とりあえず帰ってこい」シャーリーリの父親はシャーリーリの頭を撫でた。それから、

「このオートマタはどうした?」と訊ねてきた。シャーリーリはここまでの経緯を、ぼかしながら説明した。シャーリーリの父親は、

「それなら持ち主に返すしかないが――しかし、持ち主は戦争犯罪者か。返したら戦争が始まってしまうんだな」と、しみじみと納得した。


「しかしオヤジ、持ち帰ったら実家が木っ端みじんになりかねないぞ」と、二番目の兄、ユーリディス。


「それもそうなんだよなあ」シャーリーリの父はふうとため息をついた。


「あの。わたしは、このオートマタを放って世界を悲劇に巻き込んだ人間を、やっつけたいと思うのですが」


 シャーリーリがそう言うと、シャーリーリの父と兄たちはしばらくぽかんとシャーリーリを見て、それから明るい声で、

「思い切ったことを言うなあ、シャーリーリは」と答えた。


 シャーリーリの家族は、ルッソやサウ、エスカリオに礼を述べた。礼を言われた三人はとても困惑していた。どうやら礼を言われ慣れていないらしい。まあ戦うのが仕事だから仕方あるまい。


「おそらく、このオートマタを放った戦争犯罪者は、聖都イェルレにいるのだと思います」


「――だろうな。戦争犯罪をするようなファシストは、それ相応の地位にいるだろうし」


 三番目の兄、アルタスが答える。


「なので、わたしはこれから、聖都イェルレを目指そうと思います」シャーリーリははっきりとそう言った。シャーリーリの兄たちと父は、顔を見合わせた。


「シャーリーリは昔から男勝りな子だったが、まさかここまでの武闘派になるとは。しかし、それは商人の本分を超えたことじゃないか? 我々はいち商人でしかない」と、父親。


「会社のある土地は災害に襲われた。それが人間の仕業だった。商売の邪魔をする人間は、やっつけるべきです。もちろんわたしのできる範囲で。違いますか」


 シャーリーリの父親はうーんと唸ると、

「うむ、正論だ。やるしかあるまい」

 と答えた。こうして、シャーリーリは聖都イェルレを目指すことになった。


 そのあと、長兄のサリオッツはロータナで起きた事件の顛末を聞いて、

「ふざけんなって感じだな……街中にも水道を整備したほうがいいな」と顔をしかめた。


 シャーリーリの父親と兄たちの逗留しているホテルのロビーでコーヒーを飲みながら、シャーリーリとルッソとサウとエスカリオは、作戦会議をしていた。


「とりあえずロータナにとどまる理由はなくなった。ロータナの安全のためにも、移動したほうがいいだろうね」エスカリオが天球盤の地図を眺めつつ言った。ルッソが、

「それじゃあ聖都イェルレに殴り込みをかけるのか」という。シャーリーリは頷く。


「ちょっと待って。それはいくらなんでも無謀ってもんじゃないのかい。僕だってまだ敵の正体を特定できたわけじゃない」エスカリオが慌てる。ホテルは驚いたことに有線で通信が利いていたので――最初からホテルでエスカリオの天球盤を使って通信すればよかったとシャーリーリは思ったが、このホテルは身分の証明されたVIPしか入れない――、シャーリーリは新しく手に入れた、まだ手垢どころか指紋すらついていない天球盤をいじりながら、

「とりあえずセレメデクラム枢機卿に連絡してみます。なにか正体を掴むきっかけがあるかもしれない」と、セレメデクラム枢機卿にメッセージを送信した。


「でもさー、その、せんそーはんざいしゃ? ってひと、ぱっと見でわかるのかな? セレメデクラム枢機卿さまでも、わかんないかもよ?」と、サウ。


「まあそれもありえる話ですが、しかしやらないよりはマシだと思います――お? 返信がきた」シャーリーリは天球盤をかたかたといじりながら、なにか絶大な違和感を覚えていた。


「どうしたお嬢ちゃん。顔がおかしいぞ」


「いえ――セレメデクラム枢機卿はお年なので、天球盤の細かい文字が苦手で、メッセージを送っても返信は遅れる場合が多かったんです。ずいぶん一瞬で来たな、と思って。若い人が代理で返信するなんてこと、いままでなかったんですが」


 返信されたメッセージを確認する。セレメデクラム枢機卿はいま病でふせっており、代理で女官長アルハティーヴが返信した、とある。セレメデクラム枢機卿の周りに、戦争犯罪者はいない、とも書かれている。


「おかしいですね。セレメデクラム枢機卿はご病気のときも間違いなくご自分で返信をくださいました。女官長アルハティーヴ……」


「この人かい?」エスカリオが天球盤に映像を表示する。若くて美しい女官が映っている。その女官は、軍事教練をセレメデクラム枢機卿と一緒に観ていた。


「――こんな人がセレメデクラム枢機卿のおそばについていらしたんですか。知らなかったです」


「どうやら半年くらい前に着任したようだね。そこから後のセレメデクラム枢機卿の動向を見てみよう。――ほとんどの公式発言が、このアルハティーヴ女官長を通じて出ている」


「怪しいですね」シャーリーリは真面目な顔で映像のなかのアルハティーヴ女官長を見た。色白で小柄で、優美な見た目の女性だ。戦争犯罪者とは思い難い。うーん……、と、シャーリーリは唸った。しかし人間を見た目で判断してはいけない。それは商人として当然のことだ。


 みんなで難しい顔をしていると、会議を始める前に注文した昼ご飯が出てきた。花のサラダや、ロータナ名物のハムをふんだんに使った生麺の冷製料理。どれもおいしそうだ。花のサラダはこの間ダウラスが麺料理にしてごちそうしてくれた花がふんだんに使われていて、他に黄色い花も入っている。赤い花はほろ苦く甘いが、黄色い花はぴりっと辛みがある。生ハムの冷製麺のほうは、厚めに切ったハムがごろごろ入っていて、豪快である。


 お昼ご飯を食べながら、シャーリーリは、

「とりあえずアルハティーヴ女官長にコンタクトを取ってみましょう。現状ではどういう人か分かりませんし。えーと、セレメデクラム枢機卿の呼び出し番号から、じかに連絡してみます」と提案した。


 シャーリーリは天球盤を操作した。自力で引き継ぎ作業をしたので操作は前の天球盤と同じだ。しばらく画面が点滅して、画面にセレメデクラム枢機卿の顔がポップアップされた。


「やあ、イレイマンさん。メダルマの災害は無事だったのだね」


「はい、いろいろあっていまはロータナにいるのですが、……枢機卿猊下は、病にふせっておられるのでは? さきほどメッセージで連絡したら、アルハティーヴ女官長という方から、そう返事をいただいたのですが」


「アルハティーヴ女官長が? ……おかしいな、私は元気だし、未読のメッセージは……いつの間にか既読になっているな。最近ときどきこういうことがあって、なにごとだろうと思っているんだよ。わたしは年だから天球盤の操作があまり得意でないし」


 これでシャーリーリは確信した。アルハティーヴ女官長は、セレメデクラム枢機卿の名を騙って、なにかとんでもないことをする気だと。


「猊下、いちどお会いしたいのですが、この先のご予定を教えていただければと存じます」


「予定。えーと――とりあえず当分、定例祈祷くらいしかないな。すっかり暇になったものだ」


 おかしい。枢機卿というポストの人間がこんなにヒマだなんて。


「イレイマンさんならいつでも大歓迎だ。葡萄酒を用意して待っているよ。それでは」


 ふつっ、と通話が切れた。シャーリーリは言った。

「行きましょう。聖都イェルレへ」

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