4-3 寄生虫型魔法生物

「邪教をぶっ潰す、って、どうやってです?」


「簡単だよ。総本山を焼いてしまえばいい。世界史を見れば邪教という濡れ衣を着せられて潰された宗教は山のようにあるし、それらと違って真ルルベル教はガチの異端、ガチの邪教だ」


 邪教を潰す方法を言うエスカリオは、とても理知的だとシャーリーリは思った。腐っても学者のはしくれ、ということだろうか。銀縁眼鏡の向こうの目は深い緑色で、その目には知性の輝きがある。


「どうしたの社長さん。僕の顔なんか見て」


「あ、いえ、なんでもないです。それで、総本山を焼くって――どうやって?」


「まずは僕の天球盤で操作できる大型の魔法生物を召喚して、それを総本山に突っ込む」


 うわあシンプル。シャーリーリはこいつに見出した知性は偽物だったのか、と思った。


「しかしそれじゃその変な神様拝んじまった連中はどうなる。死ぬだろ」と、ルッソ。


「そんな変なものに騙されるほど人が良くて頭の悪い連中は死ねばいいんだ」


 うわあ極論。シャーリーリはドン引きして、それから、

「あの、エスカリオさん。正統な西方ルルベル教では、生きることは神に喜ばれること、という教えがあります。だからむやみな殺人はしたくないのですが」


「でもシャーリーリさあ、アレゴのきょーせーしゅーよーじょで、『やっちまいなさい!』って言ってザリクで騎士殺しまくったよね」サウの真面目ぇな意見。シャーリーリはぐうの音も出ない。


「まあそうですけど……仕方がない。兄の工場を焼かれてるんです、焼いた人間は容赦しません」


「そうそうその意気だよ。社長さんのお兄さんの会社にどれだけの損失があったか考えると、邪教死すべしなんじゃないの?」


 狩人三人とシャーリーリの会議は、ロータナの街をメチャメチャにする方向で進んでいたが、現地人のダウラスが、

「あの。この街の人たちは、本当はすごく優しいひとばっかりなんです。だからどうか、殺さないでほしいです」


 と、とても真面目な顔で言うので、エスカリオはちょっと残念な顔をして、

「現地人からこういう意見が出てくるならば仕方ない。なるべく人死にの出ない方法でやろう」

 と、エスカリオらしからぬことを言った。


「じゃあどうすんだ」


「きみらだけじゃ手が出ないかもしれないが、やっぱり宗教の総本山に召喚した魔法生物を突っ込むのが一番手っ取り早いし、総本山ってなれば幹部級もいるんじゃないかい」


「幹部級……か。……この街は水道が整備されてるんだな」


 ルッソがそう呟く。真意が分からないシャーリーリは、

「水道がなにかあったんですか?」と訊ねる。


「いやあ、飯をごちになったからお礼に食器洗ってて思ったんだが、ずいぶんひんやりしたきれいな水でびっくりしたんだよな」


 と、ルッソはまた皿洗いを再開した。蛇口をひねるときれいな水がさらさらと流れてくる。


「いえ、水道があるのはイレイマン・トイズの社員寮だけなんです」


「……ふむ。イレイマン・トイズの社員で、邪教にハマっちゃった人ってどれくらいいる?」


 エスカリオがするどく訊ねる。


「……社員寮に住んでる独身の若い人間はほとんどハマってませんね。だから毎日宗教のおばさんが寮に来て大変なんですけど……ふつうに街に住んでる社員は、邪教にハマってる人も多いです。邪教にハマったひとは、ハマってないイレイマン・トイズの社員を『異教徒に仕える民』って呼んでます」


「ふーむ。謎がひとつ解けそうだぞ。答えがビシビシ分かったときの愉悦が近い。街では水ってどうなってるの?」


「たいていのひとが井戸から汲んでます」


「よし。一つ分かった。きょう、日が暮れて人通りがなくなったら、井戸を見に行こう」


 エスカリオがにまりと悪い笑顔を浮かべた。


 ロータナの西に夕陽が沈み、一同は行動を開始した。街は人の気配が薄く、どんよりとした空気が沈んでいる。


 街の中央にある井戸にたどり着き、その水を少し汲んでダウラスの部屋に戻る。さすがにシャーリーリの兄が建てた社員寮である、魔法灯が灯っていて夜でも明るい。


 その水はあまり清潔とはいえず、これを飲んだらお腹を壊しそうだな、とシャーリーリは思った。エスカリオが天球盤を取り出し、それになにやらゴチャゴチャと機械を接続していく。


「なにをなさるおつもりですか?」


「天球盤でこの水を調べてみる。昔文献で読んだことがあるんだけど、微細な、寄生虫型の魔法生物を使って、人間の頭を乗っ取ることができるらしいんだよ。それを疑ってる」


 なんともおぞましい方法だな、とシャーリーリは身震いした。エスカリオが天球盤を操作し、いきなりザリクの後頭部になにかのコードを接続した。


「な、なにをしてるんです?!」シャーリーリが奇声を発するのを無視して、エスカリオは水の解析に必要な機材に井戸水を注いだ。天球盤を、やっぱりッターン! といじると、ザリクの目から光が出て、ダウラスの部屋の壁になにかを映し出した。


「――ほーらやっぱり。魔法生物の寄生虫だ」


 ダウラスの部屋の壁に映っているのは、気味の悪いうねうねした生き物だった。魔法生物であることは、魔力による燐光を放っていることで分かる。


「こんな出来の悪い魔法生物に行く手を遮られていたとは」


 エスカリオはそうぼやいた。エスカリオの魔法生物は燐光を放たない精密なものだ。


「――で、どうしますか」


「いちばんいい手は、同じような寄生虫を作って、上書きして解除するか、井戸の中にいる虫を全滅させるか……だけど、それには莫大なコストと時間がかかる。僕の現状の資材じゃ無理だし、全滅させるにしたってそれで寄生虫にすでに操られているひとが健康に戻るかは分からない。いい手に見えたけど現実性がないな。もっといい手があるはずだ。ちぇっ」


 そんな話をしていると、ダウラスの部屋のドアが激しくノックされた。宗教のおばさんだろうか、と身構えていると、血相を変えた若者が飛び込んできた。


「ダウラス! お前の妹、焼かれそうだぞ!」


「え、ええっ? レダが? なんで?」


「お前の親父さんが宗教にハマったのは知ってるだろ、金がないのは呪いの風のせいだ、っつって、邪教の祭壇でお前の妹を焼くって決めたらしい!」


 人間を焼いて生贄に捧げるなんて、正統なルルベル教ではぜったいにないことだ。犬すら室内で飼う、「生きることは神に喜ばれる」という思想では、ぜったいにないことだ。


「行きましょう。なんとか、ダウラスさんの妹さんを救い出さねば」


「……お嬢ちゃんよお。ずいぶんやることが荒っぽくなったな」


「たぶんわたしの人格は男っぽいんでしょうね。だから社長なんて無茶をして、沈みかけの船からザリクと脱出して、こうして故郷を目指している」


「……そうか。よし。決まりだ。それは宗教の総本山でやってるのかい?」


「あ、ああ……行くなら気を付けたほうがいい。あいつらはヤバいんだ」

 入ってきた若者はそう言うと、そそくさと逃げていった。


「あのひとだーれ? なんでダウラスさんの妹が焼かれるって知ってるの?」サウがのどかに訊ねた。確かにその通りだ。


「同僚です。社員寮の二階に住んでます……たぶん、街で噂を聞いてきたんだと思います。ここの人たちは優しいぶん、みんなご近所の噂話が好きですから。そこは邪教が流行る前から変わりませんね」


「まあとりあえず急ぐしかない。若者、お前の妹はレダっていうのか。南方の女神さまの名前だな」ルッソが大剣をかつぐ。


「あ、はい。自分の家族、血統は西方なんですけど、育ちが南方で。家族で人が優しくて暮らしやすいって評判のロータナに越してきて、それでおれはイレイマン・トイズの工場に就職して一人暮らししてるんです。なんていうか、若気の至りで」


「気持ちは分かりますよ。ひとは大きくなると独立したくなるものです。さあ行きましょう。ぐずぐずしている時間はないんですから」


 シャーリーリはザリクにおぶさり、一同は宗教の総本山を目指した。街は、真っ暗になって静まり返っていたが、風とともにどこからか気味の悪いまじないの言葉が聞こえてきた。

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