4-2 エスカリオの推理

 カルト宗教を殲滅する、とはいったものの。


 具体的になにをするべきかは分からない。とりあえず宗教の総本山を見たい、とシャーリーリは言ったが、ダウラスにそれは危ないからやめたほうがいい、と言われてしまった。


「あいつら、入信した人間に刺青をするんです。総本山に近寄るとまちがいなく連れていかれて、刺青をされて邪教の人間になってしまう」


「邪教……ルルベル教徒なら、親から、そして神々から与えられた肉体に傷をつけるな、と言われるので、間違いなくルルベル教を騙る邪教ですね」


「手詰まりだ。どうする? とりあえず突破口が見つからん」

 ルッソがぼそっと言い、なぜか皿洗いを始めた。


「街ごとふっとばせば早いよ」サウののんきで物騒なセリフに、シャーリーリは苦笑して、

「わたしの天球盤が万全であれば、しかるべきところに連絡できるのですが」


「しかるべきところって、セレメデクラム枢機卿かい?」と、ルッソ。意外と仕事が丁寧で、さっき花の麺を食べた食器はぴかぴかだ。


「それ以外考えつかないです。どうしたものでしょう」


「しかし仮にセレメデクラム枢機卿に連絡がとれても、あんたはただのビジネス相手だ。なんにもならん――やべ」

 ルッソは皿を洗う手を止めて、シャーリーリとザリク、それからサウを引っ張って部屋の隅に隠れた。こんこん、とドアがノックされる。


 ダウラスは立ち上がると、恐る恐るドアをあけた。


「やあ、初めまして。僕はエスカリオ・エレウデムという、いっかいの魔法学者です」


 ――エスカリオ。恐れていた事態が発生してしまった。エスカリオは、

「ここに、アリラヒソプ葡萄酒貿易社の女社長と、それの足がわりのお人形さんと、ごっつい大男とひょろっとした貧相な若者がいると思うんだけど」と言って笑顔を作った。


「え……」


 ダウラスは困った顔をして、エスカリオに、「いえ、いません」と答えた。


「うーん、僕は別にその人たちの敵でもなんでもないんだ。むしろ味方するために来た。この街で流行ってる変な宗教や、お人形さんの本当の持ち主や、……お人形さんの持ち主のねらいについて、その人たちに教えることがあってね」


「――まあ、とりあえず話だけは聞こうか」

 ルッソが立ち上がった。


「ほらぁいるんじゃないか。お人形さんと女社長とひょろっとした異能者も出ておいでよ」


「ザリク。あの人は信用に足る人物ですか?」

 ザリクは即答した。

「はい。目に嘘はありません」

 というわけで、狭い社員寮に、エスカリオが入ってきた。


「どこから話したらいいだろう。まずは僕ら『狩人』の雇い主の話からでいいかな」


「誰なんだ? 俺らを雇ってる枢機卿さまってのは」


「まず結論から言うと、枢機卿じゃないんだ。枢機卿のふりをした戦争犯罪者だよ。まずは、これを聞いてほしい」


 エスカリオは自分の天球盤を取り出すと、目にもとまらぬスピードで操作して、エンターキーをッターン! と鳴らした。画面には、波のようなものが映し出されている。もういちど、エンターキーを叩くと、


「君たちの活躍を期待しているよ」と、老人の声が聞こえた。次にエスカリオは、

「こっちも観て」と、波を指さす。聞こえてきたのは、七人いる枢機卿全員による、昔の教皇戴冠のときの祈祷だった。


 ――最初に聞かされた老人の声とは明らかに、画面に表示される波形が違う。


「どーゆうこと? ぼくぜんぜんわかんない」


「要するに、僕ら狩人に指令を出していた――まあ天球盤をもってないみんなは鳩での連絡か。命令していた枢機卿の声は、解析にかけるとどの枢機卿の声とも合致しないんだ」


「は? じゃあ俺らはニセ枢機卿にいいように使われてたってことか?」


「そういうこと。で、そのニセ枢機卿は、そのお人形さんにデータを蓄積させたうえで回収して、分析にかけてもっと高性能な兵器を作ろうとしているわけだ。だから、真ルルベル教を作ったり、エルセバルサム枢機卿をそそのかしてティラヘを閉鎖したりした。そして、僕ら狩人を放って、社長さんの進路を妨害した」


 エスカリオはそこまで言うとため息をついて、

「呆れた話だ。枢機卿に雇われてこれで当面の研究資金をまかなえると思ったのに」

 と、肩をすくめてやれやれ、という顔をした。


「じゃあ俺らを雇ってたのは誰なんだ? 声の感じは年寄りだから、政治家か?」


「――いや。恐らく聖職者と言える職種の人間なんだと思う。波形を見る限り、天球盤を使って声を変えているんだ。政治家たちの声とも合致しなかった。しかしそれには相当な魔法の知識が必要だし、ここまで声を変えるなら、もしかしたら女かもしれない。そこまでは分からないけれど、西方世界で天球盤を持ってる女の人というのは、ごくごく一部に限られるから、洗い出しをやってみればわかるかもしれないけれど――しかし」


 エスカリオは天球盤を操作する手を止めた。シャーリーリが、

「あの、天球盤を貸していただけませんか。父なり兄なりに連絡して、帰れるようにしたいのですが」と言うと、

「西方世界との通信網は途絶しているんだ。やるだけ無駄だよ」

 と、エスカリオが答える。明らかにくたびれている顔。


 それでも、とお願いして、シャーリーリは天球盤を借りた。


 さっそくシャーリーリは父親の呼び出し番号を打ち込んでみる。

「通信が途絶しています」と表示された。兄たちもしかり、で、シャーリーリは肩を落とした。


「ね? やるだけ無駄だったでしょ。これだけ大規模に通信網を遮断するとなると、相当な権力者であるのは間違いない。でも枢機卿ではない。というか、枢機卿を騙って人間を動かし、街ひとつ邪教に沈め、通信網を破壊するなんて、枢機卿なみの権力がないとできないことだ」


「では誰なんですか? ザリクを奪おうとしているのは」


「恐らく――枢機卿のうちだれかの取り巻きが、枢機卿の命令と偽ってやっている。相当近しい側近だろうね。露見したら枢機卿猊下もろとも失脚するよ」


 シャーリーリは、めらりと怒りが湧くのを感じた。


 枢機卿を騙ってここまでひどいことをするなんて。ティラヘの街の復興は遠いだろうし、ロータナは邪教に乗っ取られて地獄絵図の様相を呈している。


 なにより、ザリクを運んだ理由が、戦闘データを集めて、もっと強力な兵器をつくるため、だったなんて。


「あの、エスカリオさん。嵐を、魔法で恣意的に起こすことって、できるんですか?」


「……できなくはない。すごいコストがかかることだから、正気な人間はやらないよ」


「もしかして、カイリオン号が難破したのも、その人物の仕業ですか」


「ちょっと調べてみようか」


 エスカリオは天球盤を操作した。カイリオン号が難破したときの嵐が映し出される。


「――なんかちょっと不自然だ。雲の動きにしては速すぎる」


「やっぱり、ザリクを実験に使うためだったのか。最悪だな」ルッソが険しい顔をする。


「あの」ずっと外野になっていたダウラスが声をかけてきた。


「人形単体で、東方世界の海から西方世界に行くことってできるんですか? これってずっと東方の――メダルマから出てる船ですよね」


 エスカリオは少し考えて、

「記憶チップにそういう指令が書き込まれているのなら、ぜんぜん可能なことだ。記憶チップってどうなってるの?」と、シャーリーリに訊ねた。


「船が難破するとき、もとの持ち主が抜いていました。わたしがザリクを足がわりにするために、自分の天球盤から抜いたチップを差し込んで、それでザリクは動いています。天球盤のチップはイーヤ国で安いものを買いました」


「じゃあそもそも元の記憶チップがないのか。それを伝えられれば諦めてくれるかもしれないが――現状、もうデータはたんまり取れてるしなあ」ルッソは頭をかきむしった。


「まあ、枢機卿もどきの命令に従うのも馬鹿馬鹿しいことだし、とりあえずこの街の邪教をぶっ潰そうと思うんだけど、どう?」と、エスカリオは提案してきた。

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