3-6 別れの挨拶

「セレメデクラム枢機卿なら……天球盤さえ万全なら連絡がとれるのですが。弊社の出荷している葡萄酒の大口顧客だったので」


「セレメデクラム枢機卿ねえ。ティラヘ侵攻の件で枢機卿たちの間に不和が起こってる、って宿屋の新聞にあったぞ。別の枢機卿に連絡してほしいって言われたところで、取り次いでもらえるかはわからんなあ。その手をずっと考えてたんだが」


「やはりセレメデクラム枢機卿ではないのですか」シャーリーリはため息をついた。そもそも、天球盤を修理に出すお金がないのでこの作戦は不可能だ。こんなにお金がないのはシャーリーリの人生で初めてのことだった。イーヤ国で手に入れたお方さまのかんざしも路銀と食費に消えてしまったし、ティラヘでくすねてきたシャーリーリの父の会社の銀貨も、予想外に高かった宿賃で底をつきかけている。


「というか、狩人のみなさんはどこの枢機卿に仕えてらっしゃるんですか?」


「それはぼくらもよく知らないんだよねー」と、サウ。どうやら本当らしい。シャーリーリはがっかりした。


「とにかくいまはこのしみったれた城壁を出よう。俺ぁ背中が軽くてすーすーするよ。どうせ駅馬車の運賃もないんだろ?」


「そうですね――とにかく出たほうがよさそうです。カーマインさんたちの目の色が戻る前に脱出しないと」


 というわけで、アレゴの街に入ったときの城門に来た。騎士団は反対側の城門で、異形生物の群れと交戦中らしく、若い女騎士がワンオペで働いていた。


「お疲れ様です」


 声をかけると女騎士は小さく微笑み、ルッソに大剣を、サウに棒を、カーマインに弓矢を返した。そう思っていると石ころが飛んできて、それをザリクが腕を伸ばして止めた。


「なんですか?」シャーリーリはザリクに訊ねたが、ザリクより先に女騎士が答えた。


「今朝、アレゴの騎士団が人種差別をやってたって報じられて、五分に一個くらいの勢いで石を投げられるんです」と、若い女騎士は詰所の割れたガラス窓を指さした。


「わたしたちは街の反対側で頑張って異形生物と戦ってるんですよ、その留守番役を新人で下っ端のわたしがやってるんです。なんでそこに石なんか投げます?!」


 女騎士は相当フラストレーションを溜めている顔をしていた。ルッソが大剣を背負いながら、

「まあ、気分が悪いのは分かるぜ。でもそんな顔してちゃ可愛いのが台無しだ」

 と、女騎士に優しく言った。ルッソは意外とタラシっぽいこと言うんだな……と、シャーリーリは思った。そう言えばルッソがシャーリーリについた動機は、シャーリーリとザリクを引き離したくない、というものだったはずだ。


 うわぁ~。これが恋愛脳かあ~。シャーリーリはちょっと引き気味の作り笑いになってしまった。


「なんだその顔」ルッソが訊ねてくる。シャーリーリは、

「いえ、なんでもありませんよ?」と目をそらした。


「あの、そのオートマタ……腕がのびるんですか?」


「ええ、それくらいですね、特殊な機能は」嘘だ。シャーリーリはザリクが石ころを目から出る光線で撃ち落としたり、誘導弾を撃ったりしなかったことに安心していた。もしザリクが石すら溶かす光線を放てることをこの女騎士が知ったら、明らかに武器として使えるものを街に持ち込んでいたことがバレてしまう。


「腕がのびるくらいの機能なら……まあ、上に報告しなくていいかあ」


 女騎士の考えがユルユルで助かった、と、またシャーリーリは安心した。


「ありがとよ、可愛い女騎士さん」


 ルッソがそう言って城門を出ていく。サウもへらへらニコニコしながら出ていく。シャーリーリは通りすがりに女騎士の顔をちらりと見たが、女騎士はほんわぁーと嬉しそうな顔をしていて、いやいやルッソみたいなのに褒められてうれしいとか若いなあ……と思ってしまった。


 カーマインは背中に矢筒を背負い、左手に弓を下げていた。


「チビ子、お前右腕がダメになったのか」

 じっさまがそう言う。カーマインは頷いた。


「じゃあ儂にそれを貸してくれ。弓の腕は鈍っちゃいないはずだ」

 カーマインはじっさまに弓と矢を渡した。じっさまは弓の塩梅を確認し、矢をつがえてぐいっと引いた。痩せた体に筋肉が浮かんでいる。


 矢を放つと、矢は道の近くにいた羽虫の異形生物を見事に撃ち落とした。


「さすがじっさまだ。あんな小さい的にも当てるなんて」


「若いころは弓聖なんてあだ名されとったからな。なんだかモリモリ元気がでてきた。あの黒尽くめの娘さんのくれた薬のおかげかもしれん」


 漢方薬おそるべし。シャーリーリは心の中でヒナに感謝した。


 城門からじゅうぶん離れたところに移動した。


「で、どうしましょうか?」シャーリーリは会議を始めるべく口を開いた。


「徒歩……でエルテラを目指すのは聖地巡礼の年寄りが何ヶ月もかけてやることだよな」

 と、ルッソが難しい顔をする。


「ザリクを狙って狩人が行動する以上、なるたけ急いで移動したいのですが。なにかいい方法はありませんか、ザリク」


「ただいまルートを計算しております」

 ザリクは目をちかちかさせている。


「とりあえずウチらはウチらで動いていいかな? ここでお別れ……だ」

 カーマインは穏やかにそう答えて、やわらかい笑みを浮かべた。


「それが妥当でしょうね……あ、食べるものが必要ですよね」

 シャーリーリはザリクの、カバンを持っている手をつついた。ザリクはカバンを差し出したので、それを開けて干し芋をいくらかカーマインに分けてやった。


「これ、よろしければどうぞ。少しですけど」


「ありがと。とりあえず東のほうを目指してみる。イーヤ国あたりだとルルベル教徒はいないよね」


「なにでいくおつもりですか?」シャーリーリが訊ねると、

「わかんない! とりあえずの目標ってかーんじ!」と、カーマインから明るい、年相応の言葉が出た。それでいいのだと、シャーリーリは思った。


「問題は我々です。なにで移動するべきか……やはり父や兄の会社の子会社を探すのがいい手ですよね」


「アレゴでもあんたの会社の葡萄酒が飲まれてるんだろ? あんたの会社はないのか?」


「本社から運送会社にお願いして現地の市場に卸すので、とりあえずアリラヒソプ葡萄酒貿易社の子会社や支社などはありませんし、市場の人に『アリラヒソプ葡萄酒貿易社の死んだ女社長でーす』って言ったところで、嘘か詐欺師かと思われるのがせいぜいでしょうね」


「やっぱりオヤジさんや兄さんらの会社を探すのがベターか」


「シャーリーリのお父さんってどんなひとー?」


「サウ、いまはそういう話をしてる場合じゃねーんだよ。騎士団に頼れない以上、やっぱりその一手だ」


 地図を見る。知っている地名――シャーリーリの実家ではよく夕飯時にビジネスの相談をしていたので、知っている地名があればもしや――と探す。


 アレゴの街からさほど遠くないところに、ロータナという町があった。一番上の兄が、玩具工場を置いていた気がして、シャーリーリは、

「ロータナに行ってみましょう。兄の『イレイマン・トイズ』という会社の工場があるはずです。地図を見た感じ……二日ばかし歩けば着くかと思います」


「よーし決まりだ。『人優しきロータナ』だな。行ってみよう」


「そこってぼくの異能のつかいみちある?」


「ないと思いますよ」シャーリーリが冷静に答えると、サウはがっかり顔になった。


「……それじゃ、あんたらが無事に帰れるのを、ウチとじっさまで祈ってるよ」


 カーマインはそう言うと、左腕を上げて手を振った。


「ええ、カーマインさんこそ、無事にイーヤ国にたどり着けるといいですね。祈ってます」


「気を付けていくんだぞ、腹減ったらちゃんと食えよ」


「ばいばーい」一同、カーマインに声をかける。それから一瞬遅れて計算の終わったザリクが、


「ロータナの街を目指すべきだと思います」と言った。それはもう決まったことですよ、と、シャーリーリがザリクに言うと、ザリクはがっかりしたような顔をした。


『第三章 赤き瞳のカーマイン』完

『第四章 偽りの聖典』に続く

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