3-3 アレゴ強制収容所

 深夜。街の魔法灯がぽつりぽつり消えだす時間帯。おそらく売春宿はいちばん忙しい時間だろうが、カーマインは前に着ていた、弓を引く服装で現れた。


「いまいちばん忙しい時間帯じゃないんですか」


「だれも、こんな腕の動かない女とお愉しみしようとは思わないさ」カーマインはへへ、と笑った。その様子を見ていたルッソが、

「ところでエスカリオはどうした?」とカーマインに訊ねた。


「エスカリオならあたしを売っぱらって消えたよ。どこにいるかも分からない」


 エスカリオ、つくづく最悪だな。シャーリーリはそう思った。シャーリーリの親戚にも学者という人種はいくらかいるが、親戚の学者たちはどうにも好きになれないという印象で、エスカリオへの嫌悪感が、まさしくそれと同じ感情だった。


「で、どうするの? ぼく、わくわくする!」


 そう言うサウはどこからか棒きれを拾ってきていた。サウは単純に言ってしまえばなにがきっかけで暴発するか分からない爆弾みたいなもので、ちゃんと見ておかないとなにをしでかすか分からない。シャーリーリはため息をつく。


「ザリク、どうやって突破しますか?」


「正門から入って、騎士を一人一人見つけた順に始末していきます」


 単純かつ確実である。ザリクは目から光を放ち、地面にアレゴ強制収容所の見取り図を映し出した。正門は開いているのか、とルッソが訊ねると、ザリクは目をちかちかさせて、


「外の門が閉まっているので、内側のドアは開いているはずです」と答えた。


 とにかくアレゴ強制収容所に向かう。確かに、質実剛健といった印象の外門は閉まっていて、どうしたものかと考えていると、サウが地面に線を引き始めた。門の下をくぐらせて、門の中央部分の真下に丸い模様を描く。そして、「せえのっ!」と声を上げると、意外と大きめな音を立て、門の中央部分――要するに鍵のあるあたり――が吹っ飛んだ。


「急ぐぞ」


 ルッソが短くそう言い、強制収容所に一同飛び込む。本当に内側のドアは鍵がなかった。


 中に入ると騎士が警備をしていて、一同にビックリして剣を抜いた。それを、ルッソが思い切りラリアットを浴びせて吹っ飛ばす。鎧が重たいらしく、騎士はなかなか起きてこられない。動けない騎士の頭部にカーマインの容赦ないけたぐりが浴びせられ、騎士は気絶した。鎧は見た目より随分と薄いようだ。アレゴの街は安全だし、強制収容所にしたって誰かが入ってくるのは想定外ということか。


「えーと、次はどっち?」


 サウがきょろきょろする。騎士たちはすでに異常に気付いていて、剣を持ち完全武装で近寄ってくるのが分かる。そこに、ザリクの腕がぐねぐねと伸びて、その先の巨大化した手が騎士たちの鎧が凹むほどの握力で騎士たちを握りつぶす。血を吐いて、騎士たちは次々倒れていく。


 無双ってこういうことかあ。シャーリーリは兄たちが読んでいた漫画を思い出していた。強い主人公が、悪いやつをひたすらやっつけていくお話だ。でも一瞬、この騎士たちは正義の味方なのでは、と思い、さらに一瞬して不当な差別をする輩であることを思い出す。


 とりあえず入ってすぐのところの騎士はだいたいやっつけた。あとは奥の牢獄の警備をしている連中ですべてだろうか。


「いきますよ、ザリク」


「お待ちください。計算しています」


 ザリクが止まってしまった。なにを計算しているのだろう。ザリクは目をちかちかと点滅させ、

「先に、他の街の騎士団やここの外にあるアレゴの街の騎士団と連絡がとれないようにします」


 と、そう言って動き出した。階段を登って二階の詰所に向かう。詰所はドアがなく、自由に出入りできるスタイルのようだ。


「ぞ、賊めっ」鎧をつけていない、赤い制服の騎士が剣を握って立っている。ザリクは目からちゅんっ! と光を放ち、騎士の右肩とその背後の天球盤をまとめて射抜いた。


「あーこりゃあ痛いわー」と、カーマイン。経験者は語る、というやつだろうか。シャーリーリは妙にのどかにそんなことを考える。これから一生剣を振れない騎士は気の毒だが、こうするしかないのである。騎士はがくりと気絶した。


 天球盤を完全に壊したのを確認し、そのほかの通信設備がないかも確認した。たぶん応援は呼べないはずだ。よし。


 次にどうするか。ザリクは一階で警備している騎士をまとめて戦闘不能にしてしまうべきだ、と提案した。一同それに賛同する。一階に降りようと階段の下に向かうと、すでに下から騎士が槍や剣を構えて立っていた。ザリクが腕をまた伸ばして、一なぎに騎士たちをやっつけていく。


 ……シャーリーリは、ザリクの戦うことについての性能に、少し恐怖を感じていた。なんというか、敵と認識したものはなんでも容赦なしに倒していく、人の心を持っていないものの戦いというものを見て、その恐ろしさに怯えていた。


「――あんた、顔色悪いよ」


 カーマインがシャーリーリにそう声をかけた。シャーリーリは、

「あ、いえ、大丈夫です」と返事をした。カーマインは左手で髪をかきあげると、

「まあ気持ちは分からないでもない。あたしもこんな人の心のない戦い初めて見る」

 と、苦笑した。


 あらかた騎士たちをやっつけたところで、階段を降りていく。階段の裏で騙し討ちしようとしていた騎士の首すじを、ザリクは目からの光線で射抜いた。血が飛び散り、シャーリーリはあまりの凄惨さに思わず目をそらす。


「おいおいザリク……むごい殺し方するなあお前は」

 ルッソはその騎士のまぶたを閉じてやっていた。意外な優しさである。


 騎士は血の池でゆっくりこと切れた。サウが訊ねてくる。


「シャーリーリは、ルルベル教徒なんだよね? こんなに殺しまくってだいじょーぶ?」


 ルルベル教の第一の教義は「生きることは神に喜ばれる」である。だからルルベル教徒は病気の年寄りを見捨てないし、犬猫だって長生きするように家の中で飼う。だからこの状態は、正直なところ神の教えに背いている。


「まあ、天罰を受けるのはわたし一人ですから。ですよねザリク」


「天罰とは架空の概念です。存在しません。それより現実が問題です」


 一階にいる騎士をあらかたやっつけて、奥の収容スペースに入ろうとするが、ドアにはがっちりと鍵がかかっていた。おそらくいままで倒してきた騎士のうちの誰かが持っているのだろう。しかし今から探すのでは遅すぎる。そう思っていると、ザリクの指先が鍵の形になった。それを鍵穴に突っ込んで回すと、がじゃり、と重い音がしてドアが開いた。


「ザリク、それができるなら表門もそれで開けてくれればよかったのに」


 シャーリーリはそう言ってザリクの肩を軽くはじく。表門をサウが吹っ飛ばしたせいで、大きな音がして騎士が固まって襲ってきたのだ。小言を言われたザリクは、

「行動経験値の上昇で獲得したスキルなので、表門にいた時点ではできませんでした」

 と、子供の言い訳みたいなことを言った。それから付け加えるように、

「また、表門の場合、私のエネルギーを温存できる手段がありました」と、不満げな口調で話す。随分人臭いオートマタだ。


 とにかくドアを開ける。むっ、と、不衛生な臭いが立ち込める。


「こっちが牢獄……か。傷を手当てしてもらっていない匂いだ」と、ルッソが呟く。


「行きましょう。カーマインさんの家族を探さないと」


 シャーリーリはザリクにそう命じた。ザリクは目から光を出してあたりを照らしている。人の気配は希薄だ、とシャーリーリは思った。それは不衛生な、傷を手当てしてもらえなかったり、体を洗えなかったり、あるいはいっそ排泄物だったりの臭いで、人の匂いがかき消されたからだろうか……とシャーリーリは考える。


「――やはりここに現れたか。拙者の読み通りでござるな」


 まったく人の気配のしないところからそんな声が聞こえた。ザリクは目から出る灯りで、声の聞こえたほうを照らした。――ヒナだ。ニンジャのヒナ。なにが目的か。シャーリーリは身構える。ザリクも戦闘態勢。


「そう武張るな。拙者もここで一戦交えようとは思うておらん。提案があってここにおる」


 ヒナは極東、ガリア国の言葉でそう語る。よく分かっていないサウが、「ねー、あのひとなに喋ってるの?」と、のんきに言うのであった。

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