2-6 新しい仲間

 エスカリオがかたかたと天球盤を操作する。もう修理したのか。それともサブ機か。


「よし。これでイケるはずだ」エスカリオは、……ッターン! と、エンターキーを押す音を響かせた。刹那、空を破って巨大ななにかが現れる。空から上半身を乗り出し、地面に降りてきたのは、神話で言う「ドラゴン」のような生き物。


「えっ……ちょ……こんな巨大な?!」思わずシャーリーリは声を上げた。ザリクが、そのドラゴンの大きさを測るように頭を動かす。


「わあーでっかいなあー! かっこいいなー!」サウののどかすぎる意見。

 ただルッソだけが、冷静な顔で人造のドラゴンを見上げている。


「ごおおおおおおん!」

 ドラゴンは一声吠えると、ルッソに突進していった。ルッソはその脳天をかち割るように剣を振る。がぎぃん、という耳につらい音とともに、ルッソが弾かれた。空中で体勢を整えて、ルッソは軽く着地する。


「なあエスカリオ! こっちのご主人様は金払いがいいぞ! アリラヒソプ葡萄酒貿易社の女社長だ!」


「アリラヒソプ葡萄酒貿易社の女社長なら、船の事故で亡くなってるよ?」

 エスカリオはそう言うと高笑いして、

「死んだ人間を殺したってなんの罪にも問われないし、死んでても泥棒は泥棒だ」

 と答えた。心当たりがありすぎて、シャーリーリはなにも言えなくなる。しかし、商売人が喋ることをやめてはいけない、という教訓を思い出して、

「しかしながら! わたしはこのオートクルスがいないと故郷に帰れないんです!」

 と反論した。エスカリオは、

「死んだ人間が故郷に帰ってどうするのかね。死んだ人間は、大人しく死んでろ!」

 と怒鳴って、またエンターキーを、……ッターン! と鳴らした。その瞬間、ドラゴンは大きく口を開いた。その奥で魔法部品が光っている。なるほど、機械と生命のハイブリッド。喉の奥で輝く魔法部品が、青い炎を生み出した。ルッソが大剣で防御する。


「わあーあっついよー」服に火のついたサウが転げまわる。なんとか火を消すと、サウは棒きれを握った。……と思ったら、棒きれは焼けていて粉々に砕けた。


「あ、棒きれ燃えちゃった。これじゃあなんもできないや」


 サウは村の内部に逃げ込もうとした。そこに、カーマインの矢が殺到する。


「裏切り者の用なしは、とっとと死ねッ」

 カーマインの可愛い声からは想像できない、少女が言うにしてはおぞましい言葉だった。


「わあーいたいよー」刺さったのかとサウのほうを見ると、やじりが頬を掠めただけだった。矢は一見すると原始的な武器に思えるが、その威力は人間なんて簡単に殺してしまえるものだ。サウが心配だったが、それより目の前の巨大なドラゴンをどうにかしなくてはならない。


「カーマイン! お前もこっちにつかないか! 金払いはドケチの雇い主さまよりいいはずだ!」ルッソがカーマインにそう呼びかけた。


「……あたしはね、そういう……金にものを言わせる金持ちが、ヘドが出るほど嫌いなんだ」


 カーマインはそう答える。矢をつがえる姿が、月の灯りで見えた。

「雇い主さまは、権力をくださると言った。金じゃない、権力だ」


「カーマイン、それがマジだと思ってるのか? 俺たちの雇い主さまが、野良の戦士に過ぎない俺らに、本当に権力をくださると思ってるのか?」


「……それは。でも、信じるしか――ないんだ!」カーマインは弓を引いた。ほぼ同時に、ザリクの目から光がちゅんっ! と放たれた。その光はカーマインの矢が弓から飛び出すより一瞬早く、カーマインの肩を射抜いた。


「ウグッ」カーマインは小さく押し殺した悲鳴を上げ、弓を取り落とした。よし! そう思った瞬間、ザリクの真正面にドラゴンが体を乗り出していた。


 やばい、これは人生最後の景色になるかもしれない。シャーリーリはそう思った。しかし、ザリクの腕がぐねぐねぐねぐねと伸びて、ドラゴンの口の中に突っ込まれる。喉の奥にある器官を破壊したのだ。ドラゴンはザリクの腕を嚙みちぎろうとしたが、ザリクの腕はちぎれなかった。ばきゃ、とドラゴンの喉の器官が壊れる音がして、遠くでエスカリオが、

「っち。相当出来のいいオモチャだと思ってたんだが、性能は相手のほうが上か」とぼやいて、カーマインをかかえて逃げだしたのがシャーリーリの視界に入った。


「あったあ!」と、サウが無邪気な声を上げる。棒を拾ったらしい。その棒で、ドラゴンの周りを囲う線をがりがりと描く。


「ちょっとどいてて。巻き込んじゃいけないからね」


 サウはそう言ってシャーリーリとザリクに離れるように指示した。ザリクはその線から少し離れた。ドラゴンは喉の器官を破壊されたダメージがよほど大きかったのか、体を丸めて痛がっている。痛がる様子は、シャーリーリの実家で飼われていた猫の尻が腫れたときにそっくりだった。獣医さんに連れていって、膿の溜まったところを切開してもらったんだっけ。シャーリーリはぼんやりと、そう思い出した。


「せえのっ!」

 どかん!

 すごい音がして、ドラゴンの姿が消えた。あまりに大きい音で目を回していると、

「はい、おーわり!」と、サウが笑顔で言った。本当にこの変な若者は異能者なのだ。


「さて、カーマインとエスカリオは逃げだしたわけだが。俺らはどうする? ヒナはこの辺に潜んでるのか?」

 ルッソがサウに訊ねる。サウは首をかしげて、

「んーわかんない!」と答えた。本当にあてにならない。


「そうか。で、サウ。お前はどうする」


「そうだね、エスカリオとカーマインはたぶんぼくのことを雇い主さまに報告するんだと思うんだよね。そしたらぼく、たぶん解雇されるよね。だったらお給金もらえないなあ……」


「わたしを無事に、エルテラまで送り届けてくれたら、父なり兄たちなりが、気前よくお金を払ってくれると思います」


 シャーリーリはそう提案した。サウはぽかーんと口を開けた。考えているらしい。数秒考えて、「そっかあー! じゃあぼくもついてっていい? なにかあったら異能つかうよ!」

 と、ご機嫌さんで答えてきた。シャーリーリはザリクに、

「大丈夫だと思いますか?」と訊ねる。


ザリクはちょっと面白くないな、みたいな口調で、「表情に嘘はありません」と答えた。


「お人形さんよお、そんな露骨に嫌がることねえだろ、仲間が増えたんだからよ。なんの役に立つかわからんが」


「そうだよ! ぼく、すごいんだよ!」


 やっぱりいまのザリクのセリフは嫌がってるように聞こえたんだ。シャーリーリは思わずフフッと笑ってしまう。それから思考を現実に戻す。


「ファトから先の村々も、飛ばされてしまったんですよね……」


「うん。こんなふうになるなんて考えもしなかったんだ。ごめんね」


「いえ、サウさんは雇い主に忠実に、わたしを足止めしようとしただけです。父や兄たちの会社の支社にたどり着くことができれば、……帰る目途が立つのですが。さすがにここから徒歩でエルテラを目指すのは無理があります」


「公的機関に頼るわけにはいかんのか? 各地の騎士団とか」と、ルッソ。


「騎士団……ですか。それは考えませんでした。商人に冷たいイメージがあったので。この近くで騎士団というとどこでしょうか」


「アレゴの騎士団は? ここからそんなに遠くないよ……まあそーたい的にではあるけど。あそこは騎士団がゆーしゅーだから武器は門でとりあげられる。カーマインやヒナみたいに分かりやすい武器を持ってたらぼっしゅーされちゃうよ」


 サウが意外と理知的な口調でそんなことを言う。なるほど、アレゴの街か。気高き街アレゴとも呼ばれる、城壁に囲まれた騎士の街。葡萄酒の好みはスパークリング。シャーリーリのなかで、アレゴの街というのはそういう認識だった。


「行ってみましょう。アレゴの街で、騎士団にお願いして父か兄たちに連絡してもらいましょう。いいですね、ザリク」


「はい。了解しました」ザリクはそう答えた。やっぱり嬉しくなさそうだった。


 シャーリーリは考える。カーマインが「権力をくださる」と言っていた。やはり、「狩人」を放ったのは、西方世界で権力を握り、またザリクの本来の所有者である、枢機卿のうちのだれかだ。


『第二章 枢機卿の狩人』完

『第三章 赤き瞳のカーマイン』に続く

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