2-2 二人目の「狩人」

 そもそもこの、ティラヘへの侵攻はだれがやっているのか。


 シャーリーリがそれを訊ねると、ルッソは鼻の頭をぽりぽりと掻きながら、

「エルセバルサム枢機卿だ」と答えた。エルセバルサム枢機卿。もともと軍人で、若くして軍隊を辞めたのちルルベル教祭司団に加わった、超タカ派の枢機卿だ。


「東方世界を乗っ取る橋頭保ということですか、このティラヘは」


「まあそういうことになるだろうな。ネルガム国とイーヤ国方面に支配を広げて、世界中を西方ルルベル教で埋め尽くそうってことなんだろうな。俺は無学だからよく分からんが」


 そんなことを話しながら、ルッソとシャーリーリとザリクはさっき訪れたイレイマン貿易支社に向かっていた。銀貨が大量に放置されていた、とルッソに説明したところ、それは取ってくる一択じゃないのか、と言われてしまったからだ。


 工芸の街ティラヘは静かだった。この大きな街に住んでいた人々はどこに行ったのか。皆殺しにされたのか。その疑問を素直にルッソに訊ねる。シャーリーリは商売こそ得意だが、こういう荒っぽいことのルールはよく知らない。せいぜい「不景気になりそう」とか、「軍需景気になりそう」ぐらいのことしか考えない。


「皆殺しは無理じゃないか。少なくとも人口一万はあるだろ、それを年寄りから乳飲み子まで徹底的にぶっ殺すってのは労力と結果がつり合わない」


「ならどこかに避難しているんでしょうか」


「だと思うぞ。ここか?」


 イレイマン貿易支社のドアを開ける。やっぱり静かな支社に入り、ルッソが銀貨に手を伸ばした瞬間、ザリクの目から「ちゅん!」と光線が放たれた。


 なにごと、とシャーリーリが思った瞬間、銀貨の下からぬるりとなにかが這い出てきた。自然界にいる動物じゃない。ウネウネグネグネした、恐らく人間の手で作りだされた生き物だ。それはぶわっと体を広げて、ザリクに飛びかかろうとした。


 それをルッソが大剣の一撃で叩き落とす。重たい衝撃で、気味の悪い人工生命は力尽きたようだ。


「もうここまで来てやがる」

 ルッソはそうつぶやくと、窓から外を見上げた。


「なんですか、いまのは……人工生命なんて、大学の研究室で作られるものでしょう」


「恐らく、あんたらを追ってる追っ手が差し向けたもんだ。マッド・マジカリスト……いかれ魔術師が作った、趣味の悪い動物だ」


 銀貨を持てるだけ持って、イレイマン貿易支社を出た。


「なぜ追っ手に、マッド・マジカリストがいるとご存知なのですか?」


「そりゃあ……俺も、追っ手の一人だったからだ」

 ルッソはさらりとそう言ってのけた。シャーリーリは愕然とした。


 シャーリーリは危機意識がなさすぎる自分に驚いて、呆れて、とにかくなぜルッソが自分の味方をしてくれているのか、雇い主を裏切る行為をして咎められないのか、と早口で訊ねてしまった。


「そんないっぺんに訊かれても困る。俺の雇い主は、名前は明かせないが――そのお人形を連れ戻してこい、って言ってる。でも、俺ぁあんたとそのお人形を見て、引き離しちゃいけないと思った」


 ルッソが正直に答えた。シャーリーリは「引き離しちゃいけないと思った」、という言葉の真意がわからず、少し考えこむ。


「俺の雇い主は、そのお人形を連れ戻したらお人形の頭をさっぱりすっからかんにして、性能にリミッターをかけて、護衛に使うんだろうが、そこにお人形への愛はないと思う。俺ぁよ、あんたがそのお人形を可愛がってるのを、すごくいいと思ったんだ。そして、お人形のほうも、あんたを守ろうとした。そこにはまぎれもない信頼関係がある。少なくとも、俺の雇い主は人形なんて信頼しないと思うぜ」


「……そんな理由で、雇い主を裏切ったのですか?」


「おう。俺ら『狩人』は、基本的にみんなならず者だ。そもそも裏切ることもおり込み済みで雇われてる。一人二人死んだり裏切ったりしてもなんも変わらねーよ」


「……そうですか。やはり、雇い主は、枢機卿……と呼ばれるような立場の方ですか?」


「さあな。そればっかりは言えないんだ」


 ルッソはポーカーフェイスだった。優れた商人のシャーリーリでも、ルッソの表情から読み取れるものは少ない。


「――まさか、わたしたちをその『狩人』の前に案内するつもりですか?」


「いや。さっきも言ったように、俺はあんたらの味方をしたい。仮に『狩人』に出くわしたら、さっき拾った銀貨のぶんくらいは守るぜ」


「ザリク、どう思いますか?」


「表情に嘘はありません」


 シャーリーリは、ルッソに賭けてみてもいいかもしれない、と、理性でなく感情で決めた。

 街をどんどん北に向けて歩く。花壇の花は踏みつぶされ、畑の作物はへし折れている。しばらく人を探したものの、街はもぬけの殻だ。いったん休もう、と、薄暗くなった街の一角で、ルッソが火を起こした。シャーリーリはカバンから干し芋を取り出す。


「おいしいですよ。火であぶればもっとおいしいそうです」


「へえ。……お、甘い。こんな甘いイモがあるのか」

 干し芋をぱくぱくと食べて、シャーリーリはザリクをちらりと見た。


 無表情で、炎を見つめている。これくらい性能のいいオートクルスだ、もしかしたらもっといい記憶チップを使えば、感情や愛情も芽生えるのかもしれない、とシャーリーリは思った。


 天球盤を取り出して、ニュースを開く。


「ティラヘにエルセバルサム枢機卿の私設軍隊が武力介入」

 やはりあのエナの港町で貨客船に積まれていた厳重な警戒の箱――中身は多脚型兵器――は、エルセバルサム枢機卿のものだったらしい。


 エルセバルサム枢機卿が東方世界の支配を目論んでいて、それとは別に誰か権力者、恐らくザリクのもとの持ち主である枢機卿の一人が雇った「狩人」がザリクを狙っている。そして自分たちは危険地帯にいる、という認識でいいか、とシャーリーリはルッソに訊ねた。


「雇い主については何も言えんが、概ねそれで合ってると思う。この街を出るにしたって、もう港は多脚型兵器で封鎖されてるし、どっかで誰かに助けてもらわんことにはどうにもならん」


「……ふむ。この状況ではべっ甲細工の買い付けにくる船もないでしょうし……なんとか脱出する。それしかないわけですね」


「できるかどうかは別としてな……」

 ルッソはあくびをして、ぐいっと伸びをした。


「なあ、なんでその人形に『ザリク』なんて人臭い名前をつけたんだ?」


「昔、わたしに仕えていた召使いの名です。とてもよく働く、優しくて思いやりのある召使いでした。わたしもその、人間のほうのザリクが大好きだったのですが、わたしに気に入られているのを、他の召使いに嫉妬されて、殺されてしまいました」


「……そうか。どこにも恨みとか妬みとかそういう感情はあるもんなんだな。さて、そろそろ動くか。一か所にとどまっていてもいいことはない。ここで寝て明日の朝首が繋がってる保証はないからな」


「そうですね、とりあえず人のいるところを探しましょう」


 シャーリーリがそう答えたそのとき、背後から気配を感じた――シャーリーリが気配を察知するより先に、ザリクが動いて目から光線を飛ばした。


「ちぇっ。さすがにリミッターがついてないから出力がすごいな。僕の可愛いオモチャがまた壊された」


 穏やかで知的な声で、だれかがそう言った。白衣に銀縁眼鏡をかけた男。年ごろはシャーリーリの一番上の兄と同じくらい。――「狩人」だ。


 シャーリーリはザリクにしっかり捕まった。ザリクは背中から腕をたくさん生やして、シャーリーリをしっかりと守った。ルッソが明るい声でその男に呼びかける。


「エスカリオじゃないか。お前もこっちに来いよ。こっちのご主人様は金払いがいいぜ」


「あいにく、僕は自分のオモチャの性能を確認するっていう仕事があってね。金払いがいいというのは好ましいが、雇い主からちゃんと払ってもらうつもりだ」


 エスカリオと呼ばれた男は、銀縁眼鏡を光らせ、だぼだぼの白衣の袖をまくって、

「じゃあ、第三ラウンドといこうか?」と、天球盤を打鍵した。

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