第31話 悪役令嬢と魔術師 ~前編~

 番外編のお知らせ。


 ここからは、改定版の元となったドラオカとリンクする物語になります。

 別枠にするのも意味がない気がしたので、このまま連結させます。

 女王エカテリーナが誕生する話なので、ドラオカをお読みでない方、あるいはラシール推しな方は御注意ください。


     By.美袋和仁




 皆様、覚えておいでだろうか?


「世界には、本当にこの大陸しかないのでしょうか?」


 以前にミルティシアがエカテリーナに投げ掛けた疑問。

 

 この問いへの答えが、ゆっくりと波を掻き分けやって来ていた。

 それは小さな小舟。

 その舟に乗る人物は、遠目に見える大陸に眼を見張り、口許を緩ませる。


「ここが吸魔国か。ほんとにあったんだ」


 魔族の国ディスバキルから小舟に揺られること二週間。最果ての国と呼ばれる小さな大陸に彼女は辿り着いた。

 大海原にポツンと浮かぶその陸地は日本の三倍くらいの大きさである。

 前述した通り、一番近い大陸であるディスバキルからも、かなり遠方にあり、彼の国でも伝説あつかいの島であった。

 魔力と魔術で成り立つ異世界において、唯一魔術の存在しない国。そういう噂だが。


 小さな港のはしけに船をつけ、ここまで運んでくれた魔獣の頭を撫でながら、彼女はふわりと微笑む。


「ありがとうね。あとは自由にしてて」


 白銀の角と爪を煌めかせ、魔獣はふくりと眼をすがめると、海の中に潜っていった。


「さてと。まずはリサーチかな。仕事があると良いけど」


 シンプルな青の上下に黒いジャケット。折り返しのついたハーフブーツの踵を軽く鳴らし、豊かな黒髪を後ろ結わきにした少女は、真っ黒な瞳を輝かせて街中へと歩き出した。


 彼女の名は東千歳。弱冠十六歳の元女子高生である。


 異世界転移してから、かれこれ数ヶ月。諸国漫遊をした果てに辿り着いたのが、この吸魔国と呼ばれるタランテーラだ。

 海獣、魔獣が蔓延り跋扈する大海原は、越える事が不可能な天然の檻で、離れた大陸や島は、その存在すら確認出来ない。


 その中でも異彩を放っていたのが吸魔国。


 先ほど言ったとおり、この異世界は魔力と魔術に満ちている。なのに何故か、タランテーラでは魔術が使えないらしいのだ。


 その地を確認し、その理由を知りたい。


 そんな好奇心のみで、彼女は吸魔国を目指した。


 魔術が存在しないって事は精霊がいないって事かな? いやいや、そんな土地は荒れ果てて人が住めないっしょ。


 だが、確かに魔力は感じない。彼女自身も魔術の発動が出来なかった。

 魔力は扱える。しかし、身体の外へ流れた魔力は、瞬く間に霧散してしまう。まるで何かに吸われるかのように。

 これが吸魔国と呼ばれる所以だ。


 内には発動出来るが外には出来ないか。身体強化なんかのバフは使えるね。でも外へ出せないとなると、生活は一変するな。


 浄化魔法も水魔法も火魔法も使えないでは、身体を清潔に保つ事も煮炊き一つも出来なくなる。

 当然、持ち歩いている魔術具も使えない。


「いきなりサバイバルか。....面白い」


 この国の情報は殆どないが、魔術が使えないと言う一行で、やるべき事は理解出来る。慎重で用心深いと海外から評価を受ける日本人な彼女は、道行きが不安にならぬよう十分に準備をしてきていた。

 アイテムボックスは亜空間だ。この土地の干渉は受けないだろうと、調理済みな食糧や清拭用のお湯、数十枚にわたる着替えなど、これでもかと用意済みである。

 それが利用出来る事を確認し、千歳は軽く胸を撫で下ろした。


「まだ陽も高いし、散策と洒落込むかな」


 古びたはしけに舟の紐を結わえ、アイテムボックスである鞄を斜めかけにし、彼女は少し遠くに見える街に視線を向ける。


「面白い事あると良いなぁ」


 ほくそ笑む彼女の瞳は、子供のようにキラキラと輝いていた。




「はあ? 仕事? あんたが?」


 屋台のおっさんは子供に声をかけられ、あきれたかのように軽く眼を見張る。

 まだ成人したばかりだろう年齢な少女は、コクりと頷き、おっさんから串焼きを受け取った。身なりは悪くないが、まだ幼い。

 親が成人の祝いに精一杯の拵えをしてくれたのだろう。

 軽く顎に手をあて、おっさんは暫し考え込んだ。


「ツテも何もないなら、冒険者くらいしか職はないかもなぁ。ここはハスピュリス家の荘園の一部なんだ。何処から来たのか知らないが身元の確かでない者は雇ってもらえないよ」


「荘園?」


 首を傾げる少女に、おっさんはは詳しく説明する。


 要は辺境伯家の娘が、与えられた土地を開墾し雇った人々に農業や政を任せた私有地と言う事らしい。

 ゆえに辺境伯令嬢から派遣された管理人が選んだ人々以外は住んでおらず、流れ者などが職を得るのは難しいとの事。


「冒険者は大丈夫なの?」


 まぐまぐと串焼きを頬張りながら尋ねる少女に、おっさんは頷いた。


「冒険者は何でもやる傭兵みたいなモノだからな。どこの領地にもフリーパスなんだよ。ただし、試験があるし、計算と読み書き必須だがな」


「計算は出来るし、腕に覚えもあるけど....読みはともかく、書くのは苦手かも」


 少女は串焼きを食べ終わると、情け無さそうに頭を掻いた。

 眼に宿る自動翻訳魔術のおかげで読むのは問題ない。だが書くのは別物。かろうじて自分の名前と数字が書けるのみだった。


 ううっ、もっと真面目に習っておけば良かったなあ。


 別大陸の探索者は登録に名前と年齢しか必要なかったため、ついつい疎かにしてしまった。


「まあ、やるだけやってみようかな。おいちゃん、ありがとう」


 冒険者ギルドへの行き方を教えてもらうと、少女は軽く手を振り屋台を後にした。




 そして件のギルド前。いかにもな建物に固唾を呑み、少女はそっと扉を開けた。

 中には思ったほど人がおらず、千歳は軽く安堵すると案内カウンターと書いてあるテーブルに向かう。

 すると気がついたらしい受付のお姉さんが、にっこり笑って椅子を進めてくれた。


「ようこそ冒険者ギルドへ。新しい方ですね。ギルドカードの提示を御願いいたします」


「冒険者ギルドの登録はしていないんです。新規登録を御願い出来ますか?」


 千歳の話を聞き、受付嬢は慣れた手つきで木札を取り出した。


「こちらに名前と年齢を御願いします」


 千歳は言われたとおりに書き込み、それを受け取ったお姉さんは、やや眉を潜める。


「年齢十六歳って....嘘はいけませんよ? どうみても十二~十三。成人したばかりですよね?」


「嘘なんかついてませんっ、あたし十六歳ですっ」


「証明出来るモノはありますか?」


「証明....あ、探索者カードならっ、年齢入ってますっ」


「探索者カードっ?!」


 途端、ギルド内の空気がザワリと蠢いた。


 一斉に視線が集まり、驚愕や猜疑の入り雑じった不躾な眼差しの集中砲火に千歳はたじろぐ。

 慌てて胸元から探索者カードを引っ張りだし、あわあわと説明をした。

 差し出された探索者カードを受け取り、受付嬢は、棚に置いてあった何かと見比べている。

 それをカウンターにおき、深い溜め息をはいた。


「間違いないようですね。貴女何処からいらしたのですか?」


 置かれたカードは古い探索者カード。見た感じミスリルのプレートのようだった。輝石の色は抜けている。


「ディスバキルからです。舟で今日着きました」


 途端、あたりが重い沈黙に満たされた。


 え? 何?


 硬い表情で押し黙っていた受付嬢は、意を決したかのように顔を上げ、千歳を二階に案内する。


「ギルドマスター。失礼します」


 軽く扉をノックして中に入ると、書類の山が至るところに立ち並び、正面の執務机らしきモノでは、その山に埋もれるように誰かが座っていた。


「どうした~? 今は緊急クエスト以外無理だぞ~」


 書類の山から声がする。


「外来人です。判断を仰ぎにまいりました」


「は?」


 書類の山から、ひょこっと頭が上がり、信じられないモノを見る眼差しで千歳を見つめていた。


「マジ?」


「探索者カードを所持しており、ディスバキルから来られたとの事です」


「何百年ぶりだよ。あ~、不味いな。時期が悪ぃわ」


 絶望的な顔で天を仰ぐ目の前の男性と受付嬢の会話に不穏なモノを感じ、千歳は本能の警笛に耳をすませている。


 男性は机から立ち上がると、やや眉を寄せて苦笑し、千歳に右手を差し出し自己紹介した。


「ようこそアダンの街へ。俺はギルドマスターのガリウスだ」


 ちょっと青白く線の細い優男だが、底知れぬ深い色を携える黄昏色の瞳には一種独特な凄みが宿っている。

 伊達にギルマスを張ってはいないという事だろう。彼は緩く結わえた青い髪を掻きあげ、千歳にソファーを指差し、座るよう勧めた。

 千歳は素直に腰掛け、二人は対向かいに座る。


「ここへはどうやって? 沖は魔獣海獣が跋扈して、とても船で渡れる状態ではないはずなんだが?」


「船で。私は魔獣と仲良く、ここまで船を引いてきてもらいました」


「は?」


 うん。わかる。有り得ないよね。でも、あの国では当たり前なんだなぁ。


 千歳は何かを思い出すように少し遠い眼をした。


「ここからディスバキルまで最短でも十日はかかると聞いている。そんな大層な船旅を一人で? 船や食糧は?」


「船は港のはしけに繋いできました。食糧はアイテムボックスに。....こんな感じで」


 千歳はアイテムボックスから料理を取り出す。まだ湯気のたつ出来立て料理が目の前に並び、ギルマスと受付嬢は驚嘆に眼を見開いた。


「これはどうやって? この国で魔術は使えないはずなんですが。ここに辿り着いた外来人も、誰も使えなかった」


「アイテムボックスです。確かに外へ干渉する魔術は使えないみたいですね。でも、ここの地と外気に触れなければ使える魔術もあります。アイテムボックスは異空間なので、この地の影響を受けません。あとは....」


 千歳は懐から取り出した銀粒を二人に見せる。


 通貨や貨幣は国によって変わる場合があるため、てっとり早い物々交換様に金銀の粒を持ち歩いていた。

 それを彼女は指先で、へにょりと潰して見せる。

 少女は指先でぐにゃぐにゃと銀粒を潰してみせ、それをギルマスに渡した。

 受け取ったギルマスは自分の指先で、その硬度を確認する。少女の細い指先で潰せるような代物ではない。


「身体強化の魔術です。一点集中すれば常人の十倍ほど能力が上がります。身の内に発生する魔術などは発動出来るみたいです」


 唖然とする二人に、なんでもない事のように千歳は淡々と説明した。


 数百年ぶりに訪れた外来人は、どうやら今までの外来人と違い規格外らしい。

 ギルマスは、しばし無言で掌の中の銀粒を茫然と見つめていた。

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