第32話 魔術師と悪役令嬢 ~後編~


「そういやタイミングが悪いとか言ってましたが?」


「ああ」


 ギルマスは顔を上げると、少し考え込んでから口を開いた。


「実は今、樹海がおかしいんだ」


 樹海がおかしい?


 首を傾げる千歳に、ギルマスは地図を持ち出して説明する。


「この大陸は元々樹海が広がる大陸だったんだ。その海沿いを拓き、大小七つの国が出来た。しかし、未だに大陸の八割は樹海で、この通り、樹海の中央には大きな湖があり、その中心には大きな大樹がある。湖は各国の水源だな」


 千歳は地図を見ながら頷いた。秋津国と良く似た大陸だ。


「で、まあ.... ぶっちゃけると野獣が増えた」


「増えた? 原因は?」


「わからん。調査中だ。しかし、段々多くなってるのは間違いない。樹海側の領地にも被害がふえているんだ」


 そう説明し、ギルマスはチラリと千歳を見る。


「この状況で外来人が現れれば.... 原因にされかねない」


「えっ?」


「だってそうだろう? 野獣が増えて被害が広がる中、魔術が使えるという外来人が現れてみろ。あっと言う間に加害者にされるぞ。おまえが何かしたんだろうと」


 えーっ、そうなの?


 軽く眼を見開き、唖然とする千歳だが、言われて見れば有り得る。

 地球の中世でも、家畜が死んだとか火事が起きたとかの言いがかりで、近辺の誰それが呪ったんだと、無実の人々が魔女狩りの被害者になったものだ。


 実際に異変が起きているこの領地で外来者だと名乗れば、同じような被害者になりかねない。


 なんて不味いタイミングに来ちゃったかなぁ。


 思わず天井を仰ぐ少女に苦笑し、ギルマスは外来者である事を隠すよう助言する。


「まあ、仕方ないさ。せっかく力のある人間が冒険者になってくれるんだ。まずは仕事をこなして実績を作ろう。しばらく地道に信頼を築いてから、細かい話をしたら良い」


 そこへ困惑顔な受付嬢が声をかけた。


「冒険者らには、すでにバレております。受付で探索者カードを出してしまったし、ディスバキルから来たと口にしてしまっているので.....」


「はあっ?? 何でそんな事にっ???」


「すいません、私の童顔が災いしまして....」


 斯々然々と説明する受付嬢の話を聞き、ギルマスは片手で眼を覆った。


「あ~.... どうすっかなぁ」


 三種三様の沈黙がおりる中、けたたましい複数の足音とともに部屋のドアが開かれる。

 何事かと振り返った三人の視界には数人の冒険者らがいた。

 全身を汗で湿らせ、肩で息をする彼等は、焦りに戦慄きながらも口を開いた。


「森が溢れた....っ、ギルマス、樹海から野獣の大群が現れて人々を襲ってるっ!!」


 一瞬凍りついたギルマスだが、次には立ち上がり全身で力一杯吠える。その先には鉄製の菅があり、そこへ吹き込むようにギルマスの口が寄せられていた。


「緊急クエスト発令っ!! 樹海近辺の野獣を討伐せよっ! ランクフリー、全てのクエストで最優先っっ!!」


 その言葉に応えるかのようにギルドの建物が雄叫びで揺れる。


 そうか、あれは建物全体に伝わる道具なんだ。海賊の漫画とかで見た事あるわ。


 冒険者達の叫びが轟く中、ギルマスは据えた眼差しで千歳を見た。

 その眼窟に灯る炎は切れるような冷たさを帯びている。


「手伝えるか?」


 一瞬、惚ける千歳だが、次には不敵に微笑んだ。


「任せて♪」


 ギルマスも応えるように、残忍に口角を上げる。


「期待してるぜ、魔術師様」


 二人は軽く拳を合わせると、示し合わせたかのようにギルドから駆け出していった。




「あれか」


 馬車を走らせる事一日。着いた現場は阿鼻叫喚の嵐だった。

 逃げ惑う人々と追い縋る獣の群れ。ざっと見て数千はいるだろうか。

 それを迎撃している冒険者らと、鎧装束な一群。戦場を走り回る彼等は、手際よく獣らを倒していた。


「あれは?」


「騎士団だ。ここは辺境伯領だからな」


 なるほど。辺境伯領主直轄地だから騎士団もいると言う事か。だが、多勢に無勢。次々と森から湧き出る獣らに、彼等の疲労の色は濃い。

 無数の狼や猪、巨大な熊のようなのも闊歩している。中には大きなトカゲ率いる恐竜みたいなのもいて、ああ、異世界だなぁと妙な感心をする千歳である。


 冒険者らを乗せてきた馬車から飛び降り、ギルマスは一直線に樹海に向かって走り出した。

 その勢いのまま、次々と野獣らを切り捌く。

 彼の手には大振りな長剣。輝きから見るにミスリルで出来ているようだ。

 数匹を瞬殺するギルマスを軽く口笛で讃え、千歳も獣の群れに飛び込む。


 そして脚を一閃。


 その一閃で周囲の狼が殲滅された。


 いきなり飛び出してきた少女に驚き、視線を奪われていた人々だが、あまりに一瞬の事で何が起きたのかわからない。

 それを余所に千歳は次々と獣の群れを撃破していく。

 手で触れ、足で触れ、彼女が触れた獣は悉く爆散した。


 あっという間に減っていく獣達。


 茫然と千歳を見つめる周囲には、彼女が何を行っているのか理解が及ばない。


 それも当然だろう。彼女は魔術師だ。この大陸には存在しない生き物だ。


 ダンジョンを踏破し、ドラゴンに鍛えられた地球からの来訪者。

 魔術に満ちた異世界にあっても異質で規格外な存在である。


 千歳は触れた獣全てに魔法を打ち込んでいた。

 彼女の属性は火と土と光。火と光の複合による爆発で、獣を内部から破壊する。

 密着した部分からなら魔法を打ち込めるのだ。


 爆散した獣の残骸を大量生産しながら、千歳はあらかたの獣の群れを殲滅した。


 笑うしかないな、あれはww


 残った獣らを切り捨てつつ、ギルマスは楽しくて仕方ないような顔で小さな笑いをもらしている。

 森が溢れるなんて前代未聞の大惨事だ。それが物の数十分で幕を下ろすとは。


 これが笑わずにおられようか。


 あの小さな身体で、どこにあんな体力があるのかも疑問だ。動きも人間離れしているし、残像すら追えない速さなのに、息切れ一つしていない。

 身体強化とかいう魔術の効果だろう。


 外来者か。魔術師とは恐ろしいものだな。


 しかも彼女の話によれぱ、あれで力半分らしい。外へ干渉する魔術は使えないといっていたから。


 だいたいが終息したあたりで、騎士団に伝令が走る。


 驚愕の顔で凍りつく騎士団に首を傾げ、ギルマスは何事かと尋ねた。


「王都からの伝書鳩で.... この樹海の氾濫は全域で起きていると。...無論、王都でも」


「なんだと?」


 眼を剥きながら、ギルマスは王都のある方向へ視線を向ける。

 ここは、たまたま居た外来者によって大事には至らなかったが、他は大惨事になっているだろう。

 直ぐ様ギルマスは馬車に駆け寄り、笛で冒険者らを集める。

 甲高い笛の音に引かれ、周辺からワラワラと冒険者達が集まってきた。


「今回の氾濫は樹海全域で起きているらしい。樹海に沿ってロール殲滅を決行する。それと同時に王都へ向かい、現状を確認してくれ。ハシュピリス領は専任の騎士団があるから大事にはならないかもしれないが、王都はわからない」


 ギルマスの言葉に大きく頷き、冒険者らは樹海と馬車に駆け出す。


 私はどうしたら良いのかな?


 オロオロと周りを見る千歳に、ギルマスは剣呑な眼差しを向ける。何かを含むその眼差しに、少女の全身が粟立った。


「チトゥセだっけか? 王都を頼めるか?」


 キョトンとする千歳に、ギルマスはとつとつと訳を話す。


 いわく、王都は背後を山脈に守られた堅牢な自然の砦。ゆえに大規模な軍隊は存在しないらしい。

 無論、騎士団や冒険者ギルドはあるが、今回の事象に対応出来ているかは怪しく、ハシュピリスの騎士団にも派遣の要請が来ている辺りから、どうも劣勢な予感がすると。


「王都には新年舞踏会でハシュピリス辺境伯一家がおられるんだ。あんたの強さは確認した。是非とも王都の救援に向かって欲しい」


 王様がじゃなく、領主様がなのね。


 真剣な面持ちで話すギルマスの守護対象が、自国の国王でなく自領の主な事に軽く噴き出し、千歳はニッコリと笑った。


「オーケイ♪ 御領主様を助けに行こう♪」


「助かる」


 はにかむように苦笑するギルマスの胸を千歳が軽く叩き、二人は揃って騎士団に駆け出した。

 ここから王都まで馬車で十日らしい。早馬なら三日。

 途中で馬を換えつつ、ギルマスと2人乗りで向かう事にした。


 私も馬に乗れたら、もっと早かったのにな。読み書きもだし、やれるようにならなきゃいけない事が沢山あるよ。


 軽く落ち込みながら、千歳はギルマスの背中に掴まり、騎士団らと共に王都へと向かった。


 これがただの序曲とも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る