第25話 悪役令嬢の心得 ~2~


「こんな....... なんてこと」


 樹海へ向かう馬車の中で、ミルティシアは言葉を失う。


 森が近付くにつれ、壊れた家屋が目立つようになり、それが撤去された広場には無数の天幕が張られていた。

 人々の顔には疲労が色濃く、炊き出しに並ぶ子供達にも生気が薄い。

 

 ミルティシアが女神様にエカテリーナの無事を祈った未曾有の大惨事。あれから数ヶ月もたつのに、まだ民衆の生活は立ち行かず苦しいものがある。


「出せる物資にも限りがあるわ。お腹一杯にしてあげたいけど、寒さを凌ぐ方が大切で、燃料費にかなり偏っているの」


 瓦礫の廃材を集めて暖を取る人々。

 ミルティシアは、こんな酷い状態なのだとは思ってもいなかった。


「これでもハシュピリス領内は、まだマシな方よ。樹海の異変に気づいていたから、対応が早かったもの。他の領地は、もっと酷い有り様だと思うわ」


「これより酷いのですかっ?」


 驚愕に青ざめるミルティシアに、エカテリーナは冴えた眼差しで小さく頷いた。


 これより酷い? 御父様の領地は大丈夫なのかしら。たしか樹海の一角も入っていたはずだわ。


 馬車が進むにつれ、天幕の数は減り、代わりに瓦礫が大地を埋め尽くしていく。

 半壊した家屋が立ち並び、道にも多くの残骸が転がっていた。

 そして、あまりの瓦礫の多さに、とうとう馬車では進めなくなり、御者が馬車の扉を開いて声をかける。


「ここからは歩くわよ」


 そう言うとエカテリーナは馬車を降りた。それに続いてミルティシアも馬車を降りる。


 瓦解し、瓦礫と成り果てた村。


 荒涼と乾いた風が吹き荒ぶ村は、誰もおらず、まるで静謐な墓場のように見えた。

 瓦礫に塞がれた道を乗り越え、エカテリーナはミルティシアを手招きする。

 

 乗馬服で来たのはこのためなのね。


 瓦礫を越えていくために動きやすい格好で来たのだと気づいた幼女は、エカテリーナを追って大きな瓦礫を乗り越える。

 だが、反対側が斜面になっており、小さな身体は滑って落ちた。

 盛大に尻餅をついたミルティシアが顔をしかめて悲鳴をあげると、ついてきていた若い側仕えらが慌てて彼女を抱き起こそうとする。

 しかし、辛辣なエカテリーナの眼力に怯え、その場で固まった。


「いったぁ....... 何で、こんなとこに斜面があるのかしら?」


「それは、そこが屋根だからよ」


「まあ、それで.......」


 なるほどと相槌を打とうとして、ミルティシアは耳に入った言葉に凍りつく。


 屋根.......?


 なぜ、こんなところに屋根が?


 幼女は怯えるように後ろを振り返り、ぞっとした。

 そこには確かに赤い屋根がある。

 そして改めて周囲を見渡すと、いたるところが全壊し、屋根も階段もそこら中に落ちている。


 .........なんてこと。


 言葉もなく憮然と眼をさまよわせるミルティシアに声もかけず、エカテリーナは無言で樹海へと歩いていった。




 樹海側では騎士団を先頭に、冒険者らや地元民による撤去作業が行われていた。

 とにかく瓦礫を片付けない事には何も出来ない。

 皆で集めた瓦礫を選別して選り分け、それぞれ別の台車に乗せる。

 再利用出来そうな資材を中心に集め、ゴミになりそうな物は燃料として後方に送っていた。


「大分片付いたな」


「春までには掘っ立て小屋くらいは建てられそうだ」


 広くなった土地を見やり、疲れた笑顔で呟く人々の後ろから、エカテリーナが声をかける。


「ずいぶん綺麗になったじゃない。凄いわね」


「御嬢っ、いつの間にっ」


 騎士団の一人が慌ててエカテリーナに駆け寄ってきた。


「視察よ。足りないモノだらけでしょ? 取り敢えず後方に食糧と医療品を持ってきたわ」


 エカテリーナの言葉に、周囲の者達から、わっと歓声が上がる。


「ありがとうございます、助かります」


 ペコペコと頭を下げた人々の眼に、ふと小さな人影が映った。

 それは年端もいかぬ少女。全身を薄汚れさせて、心許なげに立っている。

 今にも泣き出しそうなほど眼を潤ませ、辺りをキョドキョドと見回していた。


「こちらは?」


「サリュガーニャ公爵令嬢よ」


「ミルティシアと申します。皆様、凄いです、わたくし、樹海周辺がこんな酷い事になってるなんて知らなくて...... ごめんなさい」


 手足を真っ黒にさせた幼女は、ほたほたと涙をこぼし、それを両手で拭った。

 あっと周りが止める間もなく、彼女の顔が真っ黒に汚れる。


「まさか、ひょっとして、ここまで歩いてこられたのか?」


 唖然と呟く騎士団に、エカテリーナは不敵な笑顔で答えた。


「当たり前じゃない。あの瓦礫の山を馬車が越えられる訳ないでしょう?」


「無茶やらせるなぁ」


 呆れ返る騎士団を余所に、地元の人々がミルティシアを慰める。


「こんなところまで、よく来てくだされた。大丈夫ですよ。死者もなく、皆疲れているだけです」


「そうそう。御令嬢のおかけで元気が出ました。ありがとうございます」


 本当に。こんな小さな身体で、よくぞまあ、ここまで歩いて来たものだ。


 感心する住民を見上げて、ミルティシアは考える。


 何かないか? 自分に出来ることは?


 そしてギラリと樹海を睨めつけ、涙を振り払った。


「泣いていたって、どうしようもありませんものねっ! わたくし、皆様のために食事を作りますわっ!」


 少し向こうに炊き出し用の簡易竈や作業台が見える。あれを使わせてもらおう。

 夜営の食事作りはエカテリーナと何度かやったし、やれない事はない。

 

 出来ないは、やらない言い訳だ。


 ミルティシアは、ふんすっと鼻息を鳴らす。


「わたくし、樹海から野草を摘んでまいりますわ、御姉様は動物性蛋白質を御願いいたしますっ!」


「了解」


 動物性蛋白質て...... 野獣の事かな?


 いや、そうじゃないっ、そうだけど、ソレじゃないっ!


 騎士団員らが声を上げる前に、二人はそれぞれナイフを片手に走り出していた。


「いや、おかしいからーっ! 炊き出しするのに、貴族の御令嬢がサバイバルって!!」


「ミルティシア様っ、御待ちくださいませっ、侍従長に叱られますっ!」


 駆け出した二人を追って、それぞれの側仕えも走り出す。


 呆然とする人々の中で、エカテリーナ慣れしているハシュピリス騎士団は、揃ってがっくりと項垂れた。


 サリュガーニャ公爵令嬢に何教えてんだよ、御嬢ーっ!


 野草採取に動物性蛋白質の捕獲、解体。そして、調理。

 手際よくやらかすエカテリーナと、ぎこちなくはあるが、それを手伝うミルティシア。


 御令嬢にあるまじき姿だが、人々の心が、ほっこりと暖かくなる。


 出来上がった料理はシンプルなスープと焼き物。


 彼女達が皆のために作ってくれたというだけで、美味極まりない。

 思わず鼻をすする者らが続出する中で、ミルティシアは胸をはってお玉を振り上げた。


「お腹一杯になれば暖かいのですわっ! 食事は大切なのですっ! 食べていれば、人生何とでもなるのですものっ! ねぇ? 御姉様っ!」


「その通りよ、ミルティシア」


 なんちゅーことを余所様の御令嬢に教えているんだ、あんたは。


 あの迷いのない行動力。場慣れしている。こういった事を何度もやっている証拠だった。


 じっとりと騎士団や公爵家の側仕えらに睨みつけられながら、エカテリーナは骨付き肉にかぶりつく。


「御飯が美味しい、これ正義」


 ねーっ? と微笑み合う御令嬢二人に、周囲の眼は、微笑ましいが疲れを隠せない。


 悪役令嬢たるもの、自分の事は自分でやりましょう。

 食べるモノがないなら、取ってくれば良いじゃない?


 どこぞの有名な台詞をリメイクしつつ、無邪気に微笑み合う二人は本当の姉妹のようだった。


 あら? でも、誰の台詞だったかしら? 思い出せないわね。


 不可思議な記憶を手繰り寄せようとして寄せられず、小首を傾げるエカテリーナである。

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