第13話 悪役令嬢と舞踏会
「御上手ですね」
「そなたもな」
国王夫妻とともに、王太子とエカテリーナがホール中央を滑っていた。
軽やかなワルツに合わせて舞い踊り、時にはターンも入れて二人は微笑み合う。
シンプルなドレスのドレープが音楽に合わせて揺れ動き、正確無比なステップと、指先まで神経の行き届いたダンスに、広間は羨望と感嘆を同衾させた溜め息で溢れている。
そして最後に御辞儀をし、国王一家はホールを貴族らに空けた。
「もう一曲どうだ?」
「いけませんわ王太子様。今夜は社交界デビューな御令嬢方がおられますのよ。ファーストダンスの御相手をして差し上げないと。王族の務めでしてよ」
新年舞踏会は社交界デビューの場でもある。
婚約者がいればファーストダンスには困らないが、おられない方のファーストダンスはなるべく高位の者が引き受けなくてはならない。王太子など、その筆頭である。
「....わかった」
少し不機嫌そうに眉を寄せ、王太子は白いドレスの御令嬢から一番身分の低い男爵家の御令嬢を選び、ダンスを申し込むとホールへエスコートしていく。
白いドレスは社交界デビューか婚姻でしか着ないモノ。次のダンスを狙っているのか、可愛らしい少女らは王太子が踊り終わるのを待っているようだ。
それを見送りながら、エカテリーナは扇の下で小さく嘆息する。
だいぶ変わられたと思ったけど、まだまだ子供なのね。
自身の年齢を棚に上げて、物憂げに思案するエカテリーナに、王妃とネル婆様から声がかかる。
「素晴らしいダンスでしたよ。流石は辺境伯令嬢ね」
「恐れ入ります。御相手の技量にも恵まれましてございますわ」
暗に王太子を技量が良いのだと仄めかし、エカテリーナは二人に向かって笑みを深める。
王家の一族と並んでも遜色ない高貴な佇まい。
ネル婆様の眼が、すうっとすがめられ、剣呑に輝いた。
「前から思っていたのだがね、エカテリーナ嬢。そなたは誰から何処で淑女教育を受けたのだい?」
この数ヶ月でミルティシアは見違えるほど動きが滑らかになり、所作が美しくなった。
勉学も要点を上手く掴み、見聞を広げる事にも努力をしている。
甘ったれで我が儘だった末孫のあからさまな変貌は、目の前の御令嬢の影響だろう。
軽く首を傾げるエカテリーナが答えるより先に、隣にいた王妃が満面の笑みで答えた。
「マダム・トリュニャシアでしてよ」
ネル婆様とエカテリーナ、二人が同時に眼を見開く。
「何故それを?」
「彼女かい。良く引き受けてくれたもんだ」
疑問を口にするエカテリーナをチラ見し、ネル婆様は、なるほどねぇと得心顔で頷いていた。
そしてエカテリーナの疑問に、王妃は笑みを深める。
「辺境伯がエカテリーナ嬢の礼儀作法の師を探していると聞いて、わたくしが紹介したのですもの♪」
唖然とするエカテリーナに、王妃は悪戯が成功した子供みたいな笑顔を浮かべながら、隣にいるネル婆様からの冷たい眼差しで針ネズミになっていた。
詳しく聞けば八年前。悪役令嬢として完璧な作法を身に付けたいと願った娘に、辺境伯は最高の師を探そうと王宮にも打診したらしい。
それを耳にした王妃が、これ幸いと送り込んできたのが、マダム・トリュニャシアだった。
彼女は、知る人ぞ知るお妃様教育のスペシャリスト。王家に長く仕え、前王から二代に渡り王子王女の教育もこなしてきた。
齢九十歳を越え、そろそろ隠居しようかという彼女の最後の御奉公がエカテリーナの淑女教育だったのである。
「あの頃はね。貴方を王太子の婚約者にする気だったから。少し早いけどお妃様教育してしまえば、後々貴女が楽になるかと思ってお節介をしてしまったのよ」
テヘペロ的な軽さを含む王妃の言葉は寝耳に水で、思わずエカテリーナはビキリと音をたてて固まった。
そういえばマダムが最後に言ってたっけ。
《もう教える事はありません。あとは研鑽あるのみです》
あれは....
「隠居前にマダムから報告は受けてるわぁ。エカテリーナ嬢、十五歳でお妃様教育を終了したそうね。わたくしなんか、マダムが隠居する寸前になっても太鼓判は頂けなかったのよ。妬けるわぁ」
「ほう」
感嘆に眼を見開くネル婆様と、苦笑する王妃様。
うわあああぁぁぁっ!! 知らない間に外堀から埋められてたんだっ、王族怖っっ!!
エカテリーナの見事な悪役令嬢っぷりや王太子のやらかしがなくば詰んでいたかも知れない。
用意周到すぎるでしょっっ!!
浮かべた笑みを更に深め、エカテリーナは内心の冷や汗をひた隠した。
人々が和気藹々と交流する中、踊りたくないエカテリーナは王妃やネル婆様と歓談している。
さすがの貴族らも王室御一家を差し置いてダンスの申し込みは出来ないらしい。
それを見越して、エカテリーナは王妃様らとテラス近くのソファーセットを陣取り、静かにワインを口にする。
ああ、ほんと早く婚姻して、こういった煩わしさから解放されたいわ。
王太子とは全く逆の意味で婚姻を望むエカテリーナ。そこへ可愛らしく頬を染め、ミルティシアがやってきた。
「御歓談中、失礼いたします。御姉様のお隣によろしいでしょうか?」
小さな御令嬢のカーテシーに眼を細め、三人が快く頷いた。
すると、ぱあっと顔を明るくし、ミルティシアはエカテリーナの隣に座らせてもらう。
「楽しんでいて? ミルティシア嬢」
「はいっ、とってもっ! わたくし、ファーストダンスを王子殿下に誘っていただいたのですわっ、すっごく素敵でしたっ」
熱心に語るミルティシアに微笑み、エカテリーナはホールで踊る第二王子を見る。
御歳七歳になる第二王子はミルティシアと身長差が頭一つ分ほどあり、踊りにくかったろうに頑張ってくれたようだ。
彼は正式な社交界デビューはしていないが、王族は公務として各催しに参加しなくてはならない。
小さな身体で、ぴっと立つ姿は、とても微笑ましい。
「良かったわね。でも、そろそろ帰り支度をしないと。もう夜半を回るわ」
「ええぇっ」
「わたくしも、そろそろ後宮に戻ろうかと思っていたのよ。そうだわ。学園も休みなのだし、今夜は後宮に泊まっていく? わたくしの部屋で一緒に眠りましょう」
「よろしいのですかっ?!」
エカテリーナは確かめるように王妃に視線を振る。すると王妃は再び快く頷いた。
「せっかくですもの。ネル御祖母様も御一緒いたしませんか?」
新たなエカテリーナの提案に、軽くネル婆様は眼を見張る。そして微かに笑みをはいた。
「悪くないね。良いかね、王妃」
「もちろんですわ。部屋はいくらでも空いてますもの。エカテリーナ嬢が来てから、後宮が賑やかになって嬉しい事ね♪」
きゃっきゃっ、うふふと楽しそうな女性陣を、少し離れた壁際から王太子は静かに据えた眼で見つめている。
自分だってエカテリーナと歓談したいし、またダンスにだって誘いたいのに、機会がない。
あの女だらけの花園に飛び込む勇気もなく、悶々としていた彼に、誰かが声をかけた。
振り返ると、そこには先ほどまで見つめていた婚約者が立っている。王太子の瞳が歓喜に輝く。
ようやくか? 長かった。
安堵に胸を撫で下ろしながら王太子が微笑んだ瞬間、エカテリーナは信じられない事を口にする。
「わたくし後宮に下がらせていただきますね。公爵様御一家と親交を深める事になったのです。王太子様はごゆっくり楽しんで下さいませ」
笑顔のまま固まる王太子に御辞儀をし、エカテリーナは王妃らと共に国王にも暇の挨拶をしているようだ。
は? え?
置き去りにされた王太子は、彼女らが広間から立ち去るのを無言で見つめている。
そんな情けない友人の姿を、背後からラシールが生温い眼差しで見つめているとも知らずに。
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