第3話 正体


 あくる日の夕方。

ボクは夕陽で真っ赤に染まる海岸を、あの子と歩いている。

赤く染まり、寄せては返すさざなみが、流れる血潮のようで少し不気味で、なんとなしにゾクゾクとするね。

縁石の上を歩きながらそんな事をふと考えていると、あの子が話しかけてきた。


「今日は昨日より元気そうで安心したわ。私が相談に乗ったのが効いたのかな、なんてね。」


 そう言いながらはにかむ顔が愛くるしい。


「ホントにその通りだよ。君がボクの悩みを聞いてくれて、それが1番の特効薬になった様だ。本当に感謝しているよ。」


 ボクは自分の考えうるいい笑顔で答えた。


キョトンとしているあの子に向かってボクは問いかける。


「どうしたんだい。ボーッとして。お腹でもすいたかな。」


「いいえ、そうじゃないの。ホラ、昨日も言ったけど、あなたってたまに別人の様に見える事があるって言ったじゃない。」


「ああ、そういえばそんな事言ってたね。でも姿形はボクそのものだ。君の目に映るボクはボク以外にみえるかい。」


「そう言われれば、姿はいつものあなたのようね。」


「だろう。だったら別に良いじゃないか。ボクはボクであり、昨日のボクはボクではないかもしれないが、今のボクはいつものボクなんだ。」


そう言うと、あの子は眉をひそめた笑顔で答える。


「そうね。なんだかこんがらがってきたけど、あなたはあなただもんね。ごめんね、変な事言って。」


ボクは縁石からひょいっと飛び降り、振り返りながら返事をする。


「大丈夫。気にしてないよ。それにボクを気にかけての事だ、むしろありがとう。」


「いえいえ……。あら、どうしたのその傷。昨日はなかったよね。」


 ハッとしたボクは、瞬間的に頬を押さえる。

それは、夢の中でバットについている釘が掠めた、まさにその場所にあった。


「な、なんだろうね。たぶんそうだ。あの時だ。」


 しどろもどろになりながら、喋りつつ言い訳を考える。

夢で釘バットが掠めてついた傷……なんて言っても信じてもらえないだろう。もし信じて貰えたとしても何だかちょっとバツが悪い。


「あの時ってどの時かな。」


「今朝、実は遅刻しそうになったんだよ。その時藪の中を突っ切ってね。その時引っ掛けたんだ。」


「あら、気をつけてね。小さな傷でも破傷風になったりと危険があるから。」


 心配そうにボクを見つめる瞳がかわいい。どうやら信じてくれたようだ。まあそうだろうな。普通に考えてみても信じざるを得ない。


 う〜む。どうしようか。せっかくなので聞いてみよう。


「ねぇ、ちょっときいてもいいかな。先週商店街で君を観た見かけたんだけど……」


「従兄弟のお兄さんと一緒にいた日ね。」


「従兄弟……」


ボクはキョトンとした。


「ええ。今度結婚するんだそうで、奥さんになるひとに何かいい贈り物ないか探してたの。私も仲良くしてもらってるから……それがどうかしたかな。」


 それを聞くと、ボクは笑いが堪えらきれず大声で笑ってやった。


「あっはっは。なんてこった。僕はそんなことも知らずに。あーバカバカしい。いやいや、すまなかった。別になんてことでもないんだけどね、美味しそうなアイスを持っていたから、どこで買ったか聞ききたくて。」


「ああ、あのアイス。うん、おいしかったよ。駄菓子屋さんの二つ隣のお店でね。そうだ。なんなら今から一緒にどうかな。」


ボクは快諾し、二人でアイスを食べた。

とてもおいしかったけど、それはアイスのせいだけじゃなかったんだろうな。


そして夜になり、眠りにつくと夢を見た。


「やっと来たか。待ちくたびれたぞ。」


目が覚めると、例の夢の中だ。僕が今にも飛びかかって来そうな目つきで睨んでいる。


「そうか。ボクもお前に用があったんだ。」


「なんだと。どうせくだらない事だろう。」


「そうかな。あの娘の話だ、と言ったらどうだ。」


「なんだって。あの娘がどうかしたのか。」


「ああ。お前、前にいったよな。商店街を歩いた男が俺で、だからボクとお前がここで出会うって。」


「それがどうした。」


「そういきりたつなって。もうわかっているんだろう。昨日の夢でお前はボクの顔をみた。」


「ああ。それで驚いた隙をつかれたんだ。」


「ま、驚くのも無理はない。そうだ。ボクはお前の心にできたもう一つの人格だ──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る