第4話 僕とボク

「ボクはお前の心にできたもう一つの人格だ。」


 僕の前に現れたボクは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、得意そうに話している。


「ボクが目覚めた時はお前が奥に引っ込んで、お前が目覚めているときはボクはここにいるって構造だ。」


「なるほど。だからあの娘は、たまに僕が僕じゃない様に見えると言っていたんだな。」


「ご名答。」


「それがあの娘と関係があるんだ。」


「だからそう急くなって。あの商店街を一緒に歩いていた男は僕じゃない。それはわかっただろ。じゃあ誰かって話だ。あの男はあの娘の親戚のお兄さんで、ソイツが結婚するから色々見て回るのに同行してたんだとよ。」


「え……。それは本当か。なんだ。そうか……」


僕は心の底から安堵した。なんだ。早とちりで嫉妬しちゃった。でもそれなら……。


「じゃあなぜお前は僕に暴力を振るうんだ。もう一人の僕なら仲良くしたらいいじゃないか。」


 そうだ。こいつと争う意味なんかないじゃないか。同じ僕なら仲良くしたほうが……。その思いが、こいつの一言で覆された。


「いや、最初はボクも話し合いでなんとかなると思ってたんだ。同じ身体で同じボク。ならば傷付け合うのはあまり好ましくないからね。でもそうはいかなかった。」


こいつにそんな友好的な心があるだなんて驚いた。


「それはなんで。」


「お前が気絶しないとボクは表に出られない様になってるらしい。だけどボクも表の世界に出たかった。だからボクは心苦しいが、お前を殴って気絶させたんだ。最初は不意打ちを喰らわせていたが、いつしかお前は勘づいて反撃する様になった。反撃する様になった事でボクの存在を認知したんだ。そのおかげで暗がりが晴れてボクの存在を認め、今はこうして明るくなったと言う訳さ。」


 なるほど。じゃあこいつが表に出たい時や、変わってやろうって気になった時は僕は気絶しないといけないのか。やっかいだなあ。


「それで、どうするの。今日も僕らはやり合わないといけないのか。」


「いいや、明日はボクはいい。お前が表に出ろよ。」


 ニヤリと笑うと、こいつは特に何か仕掛けてくるでもなく、奥の方へ引っ込んで行った。


「どう言うことなんだ……」


訳がわからないが、まあ良い。殴り合うのはあまり好きじゃないからね。さて、それでは僕は……。


 気がつくと、ベッドの上で朝を迎えていた。


「なるほど……」


あいつに夢で言われたことを実感した。時計を見てみると、僕が寝る前に見た日にちより2日ばかりが過ぎている。


「こいつは厄介だな。あいつが表に出たい時は、僕はあいつに殴られないといけないのか。」


 ちょっと悩んだがとりあえず、学校に遅刻しない様支度をし、外に出るとあの娘がいた。


「やあ、おはよう。どうしたんだいこんな朝早く。」


あの娘は小さく


「え。」


と呟き駆け寄ってきた。


「どうしたのって、どうしたの。昨日アイスを食べながら約束したじゃない。今日は一緒に登校しようって。」


「あ……。そ、そうだったね。ごめんごめん。ちょっとまだ寝ぼけているみたい。」


「なあんだ。もう、しっかりしてよ。」


彼女はコロコロと可愛く笑うと、


「やっぱりなんだか昨日のあなたとは別人みたいに見えるね。昨日の方がもう少し大人っぽかったというかクールな感じがしたよ。」


 もしかして、この娘はあいつに少し気があるのかなあ。悶々と一日を過ごした。帰り際、少し前を歩いているあの娘は、夕日を背に振り返りながら、


「じゃあ、また明日ね。今日のあなたは昨日のあなたとはちょっと違う、誰か別の人に見えたけど……。明日のあなたはどんなあなたなのかな。」


優しく微笑みかけるその顔に、僕の心はドキッとした。これは恋なのか、それとも別のものなのかはわからないが、胸騒ぎを伴っていて酷く嫌な予感がした。


「なんてね。あなたはあなたよね。ごめんね、変なこと言って。じゃあ、また明日ね。」


手を振って走り出すあの娘を見送りながら、湧き出る不安に気づかないふりをして、僕は家へと帰った。


その夜──。


「そろそろ来ると思ってたぞ。それに、用件はわかっている。」


「用件だって。別に僕はお前なんかに用件なんて……」


「いいや、隠しても無駄だ。いや……。気づいてないふりをしているのかな。なんなせよ、ボクには手にとる様にわかるんだ。お前のホントの心の底が。」


「なんだって。」


「お前、ボクに消えてほしいだろ。あの娘がとられるとおもってるんだよな。このボクに。」


「う、うるさい。何を根拠にそんなこと……」


「根拠、根拠ね。我ながら馬鹿だなぁ。ボクはお前心の中にいるんだぞ。お前のことなんか全てお見通しなの。」


「う……」


「お前、ボクに消えてほしいんだろ。でもそうはいくもんか。外の世界の楽しさを知っちゃったんだからな。だから──」


 こいつの瞳がギラリと光る。僕の身体に突き刺さる殺気に全身が震え、いやな汗がでる。僕は平気な顔をしてこう言うのがやっとだった。


「だからなんだ。」


「お前には死んでもらう。」


この目つき、本気だ。ここで死んだら僕はどうなるんだろう。勝てるかどうかわからないが、僕は身構えた──。

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