第2話 夢
辺りは薄暗く、ぬめっとした空気で満ちている。
「ああ、またここか。と、言うことは居るんだろう、出てきなよ。」
またあの夢だ。
もう何度目かわからない程ずいぶん続くあの夢。
ウンザリするあの夢。
陰気くさくて、どんよりしていて、なにか苛立つあの夢。
「よう、やっとお目覚めか。いや、やっと寝たのか……。どっちでもいいか。やっとここへ来たな。今日は来ないかと思ったよ。」
相手の声は憎たらしさで溢れており、聞く者の神経を逆撫でする。
その憎たらしい声は続ける。
「周りをよく見てみろよ。昨日までとはちょっと違って良いものがあるぞ。」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべてそうな言い草でそう言われ、僕は目を凝らし辺りを見回した。
「なるほど。こんな物まで出てくるのか。」
辺りには鉄パイプ、ビール瓶、パイプ椅子やバタフライナイフなど、物騒なものが転がっている。
嫌味たっぷりな声は得意そうに、
「そう言うこと。飲み込みが早くて助かるぜ。俺はこれを使わせてもらうがな。」
ソイツはそう言い、釘の刺さったバットを取り出すや否や大きく振りかぶり僕に向けてフルスイングしてきた。
咄嗟に僕は近くにあったパイプ椅子を手に持ち受け止める。
鈍い音が響き、両腕はジンジンと痺れ、ソイツの打撃がいかに重たいかを伝えてくれた。
痺れをこらえ、僕はパイプ椅子を振りかざしソイツの脳天めがけて振り下ろすが、ひらりと身をかわされてしまった。
「そんな程度で俺に勝てると思ったのか。どうやら俺が憎いらしいが、感情に任せると動き方が大振りになるぞ。どうした。なぜ俺が憎い。」
僕はパイプ椅子を振り回しながら答えてやる。
「こんな夢を見る様になったのは、あの子がアイツと歩いているのを見てからだ。お前だろう、あの子と一緒に歩いていたのは。」
僕の考えはこうだ。
あの憎たらしい男。
キザで、身長も少し高くて、顔も、声も、僕よりイケてて……。
あの子と仲良さげに歩いていたアイツ。
その憎しみが夢に投影されている……のではないか。
だから、コイツはアイツで、せめて夢の中だけででも重たい一撃を喰らわせてやりたいんだ。
僕が振り回すパイプ椅子は、まるで僕の考えなど見透かされているかの如く、全て紙一重で避けられてしまう。
「怒りに任せると動きが読めると言っているだろう。ワンパターンなんだよ。それに、違うぞ。俺はアイツじゃない。」
コイツの反撃が始まった。
振り下ろしたパイプ椅子は見事に弾かれ、バットに刺さっている釘の一つが僕の頬をかすめる。
頬をつたう暖かいモノに動揺し、後ろに下がりつつ相手の出方をうかがう。
しかし、辺りは薄暗く相手の位置は朧気にしかわからない。
それなのにコイツときたらまるで見えているかの様に、的確に僕を目掛けて釘バットを振り下ろしてくる。
「お前がアイツじゃないとしたら、だったらお前は誰なんだ。連日連夜、僕の前に現れてなんで僕に突っかかってくる。」
コイツの声と、釘バットが空を切る音を頼りになんとか避ける。しかし完全には避けきれず肩や腕はだいぶ血が滲んでおり、衣服の破れ目は赤く染まっている事だろう。
「お前、まだ気づいてないのか。それとも俺をアイツと思い込む事でバランスを保とうとしているのか……。なんにせよ、今日は勝負あったな。」
僕は後退りをしようとするが、背中に抵抗を感じこれ以上下がることができない。
しかし、コイツの位置ははっきりと感じ取ることができた。今コイツは僕の正面にいる。距離もなんとなくわかる。
この一撃にかけるしかない。
でないと、とんでもない事になりそうで……。
僕はめちゃくちゃにパイプ椅子を持つ腕を振りまくった。
釘バットとパイプ椅子のぶつかる音が鈍く響く。
が。
「無駄なんだよなあ。」
そう言い捨てると、コイツは僕に足払いをかけた。
仰向けに倒れた僕に馬乗りになるコイツ。
「だから言っただろ。勝負あったって。まあ、俺としても身体中を傷だらけにはしたくないからな。せめてもの情けだ。コレは使わないでいてやるよ。」
そう言い釘バットを放り投げ、素手で殴りかかってくる。これだけの至近距離なら素手の方がいいだろう。僕も素手で応戦しようとしたが……。
昨日よりは幾分薄暗さが晴れていたのか、それとも僕の目が慣れてきたからなのかはわからないが、相手の顔がぼんやりとみえた。
ソイツの顔を見た僕の手は一瞬止まる。
「まさか。」
その一瞬の隙をつかれた。
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