021 戻ってこいと頼まれても、もう冒険者じゃないので無理です
シャドウを見た時、何故か思った。
――やっぱり来たか、と。
なんとなく、そんな予感がしていた。明確な理由があったわけではないのに。
「話せるか、クリフ」
シャドウは真っ直ぐにこちらを見る。彼の瞳には俺しか映っていなかった。
「ここじゃ人の目がある。記者も紛れているしな。俺の家で話そう」
「案内してくれ」
「分かった」
シャドウと二人で家に向かう。
ただ歩いているだけなのに、「すげぇ」という声がそこら中から聞こえてきた。
◇
シャドウを我が家の応接間に通す。
応接間は少し前に空き部屋を改造して用意したもの。新聞社のインタビューから経営者との商談まで、生活感の溢れるリビングで行うのはどうかと思ってこしらえた。
内装は書斎に似ている。壁際に読みもしない分厚い本の並んだ本棚があり、その手前に執務机。書斎との違いは、執務机の手前にローテーブルがあり、それを左右から挟むようにソファが設置してある点だ。
そのソファに、俺とシャドウは座った。
「こ、ここここ、紅茶です!」
リリアがテーブルの上にティーカップを置く。声と手、それに脚が震えていた。ティーカップの中で紅茶が踊っている。
「ありがとう。リリアさん」
「わ、私のことを知っているのですか?」
「新聞で何度か名前を見たからね。クリフの婚約者なんでしょ?」
「はい! そうで――」
「違う。それは新聞社が勝手に書いた大嘘だ。同棲しているだけに過ぎない」
しっかり訂正しておく。
リリアはむっと頬を膨らませながら睨んできた。
「そんな顔をしても嘘はよくないからな」
リリアは「むぅ」と唸った後、深々と頭を下げてから出て行った。
応接間の扉が静かに閉まったのを確認すると、俺から切り出した。
「PT、大変なんだってな」
「相変わらず新聞をチェックしているようだな。冒険者の情報なんて興味ないだろ、もう」
「それでも調べるさ」
「俺の衰退を笑う為にか?」
「そんなに意地悪な人間じゃない……と言いたいが、最初はそういう気持ちもあった。影のクエスト失敗記録が更新されていくのを見て、『ざまぁ』と思ったものだ。だが、今はそんな風に思っていない。影の凋落が俺の人生にいい影響をもたらすわけじゃないからな」
「大人な意見だ」
「同じ立場になれば同じように思うさ」
ティーカップに手を伸ばす。音を立てないよう静かに飲んだ。
俺の紅茶には、自家製の砂糖が多めに入っていた。流石はリリアだ、気が利いている。
「砂糖、入れないのか?」
シャドウが角砂糖を持ちながら尋ねてくる。
「不要だ」
「あれほど甘いのが好きだったのに変わったものだな」
「ま、まぁな」
俺は咳払いをし、真剣な眼差しをシャドウに向けた。
「用件を聞かせてもらおうか。まさか影に戻ってくれと頼みに来たわけじゃないだろ?」
シャドウが来る予感はしていても、彼の用件は分からなかった。
「そのまさかだよ」
シャドウが頭を下げる。
「俺とお前、そしてリーネで影を再建しないか?」
「リーネ?」
「そうだ。アイツには話をつけてある。お前が承諾するなら自分も加わる、と言っていた」
リーネの奴め、と心の中で苦笑い。
俺が承諾するわけないと彼女は知っている。にもかかわらず、シャドウにそう答えたのは、俺と会わせる為だろう。その魂胆には察しが付く。
「バルザロスの枠はどうするつもりだ。もういないだろ?」
シャドウが「うっ」と言葉を詰まらせる。
厳しい言い方をしてしまったな、と密かに反省する。
「その枠は……誰も入れないか、もしくは別の奴で補う」
「なるほど」
再び紅茶を飲む。
「実は、お前を追放した翌週には、判断を誤ったと後悔していた」
シャドウが語り出す。
「エンジは想定通り、いや、想定以上によく頑張っていた。それでも、影には前ほどの安定感がなくて、上手くはいかなかった。俺達がSランクで通用していたのは、お前の土魔法による的確なサポートがあったからなんだと思い知らされたんだ」
「ならどうして今まで黙っていた」
「分かるだろ」
シャドウが力なく笑う。
「ケチなプライドが邪魔をしたんだ。リーネとバルザロスからは、早い段階でお前のところへ行こうと言われていた。謝れば間に合うかもしれないって。だが、俺は動けなかった。だって、そうだろ。土魔法をありがたがるのは中位までやら、上位の人間はフィールドに関係なく動けて当たり前やら言ったんだぞ。どの面下げて戻ってきてくれって言えるんだ。それに、頭を下げてもお前は戻らないと思った。だったら謝る意味などないと思った」
「あながち間違ってはいないな」
「ださいことは分かっている。それでも、俺はお前に頼みたい。また一緒にやり直そう。頼むよ、クリフ。俺にはもう何も残っていないんだ。バルザロスが死に、他の仲間も死んだ。ここでお前に断られたら、俺はもう一人だ」
シャドウが涙を流しながら頭を下げる。
扉の外から息をのむ音が聞こえた。リリアが盗み聞きしているのだろう。
「シャドウ……」
俺はカップの紅茶を飲み干す。天井を見上げ、大きく息を吐いた。
「すまない」
それが俺の答えだった。
「そんなこと言わないでくれ。お願いだ、クリフ。戻ってきてくれよ」
「できない、無理だ」
「……まだ根に持っているんだな」
「違う。そうじゃない」
「だったら、なんでだよ」
シャドウは涙目で睨んできた。
「俺とお前はもう、別のステージにいるんだ」
「別のステージ……?」
「お前は冒険者で、俺は農家だ」
「――!」
「まぁ、最近の仕事は農家って感じではないが、とにかく、今の俺は農家だ。冒険者じゃない。だから、PTを組んでクエストを受けるということはしない」
「あ、あああ、あああ……」
「他のやつにも誘われたことがある。功労金と同額の契約金を支払うからPTに加わってくれ、とな。それでも断った。金の問題じゃないんだ」
「クリフ…………」
俺は深呼吸し、改めて言った。
「もう冒険者じゃないから無理だ」
次の瞬間、シャドウは泣き崩れた。自責の言葉を喚きながら、テーブルに拳を打ち付けている。見栄っ張りな彼がこのような姿を見せるとは思わなかった。それだけに、グッとくるものがあった。
――それでも、俺の気持ちは変わらない。
「どうして、どうしてこんなことに……どうして……」
鼻をすするシャドウ。
「簡単なことだよ」
シャドウは顔を上げ、こちらを見る。
「熟慮の末に俺を追放したのが失敗だったんだ。あそこで全てが変わってしまった。〈影の者達〉に土魔法が必要かといえば、答えはNOでなくYESだったんだよ」
「…………」
「あの選択をした時点で終わってしまったんだ。その後でどれだけ悔いようが、泣こうが、喚こうが、それこそ謝ろうが、意味はない」
シャドウはソファから崩れ落ち、地面に両手を突いた。
「話は終わりだ、シャドウ」
俺は立ち上がり、部屋の外へ向かう。
「待ってくれ、クリフ、待ってくれ、考え直してくれ、お願いだ!」
シャドウが腰に抱きついてくる。
こんなシャドウは見たくなかった。
「今更もう遅い!」
俺はシャドウを振り払い、部屋を後にした。
◇
シャドウはひっそり出て行った。
その後の足取りは掴めていない。新聞には一切載らなくなった。つまり、冒険者としての活動を停止しつつ、引退はしていないということだ。冒険者としての動きがあれば報道されている。
そして日が経ち、次の週――。
「新聞社の皆様、今日はよくぞ集まって下さった」
報道陣の前で、町長が話す。最初の頃は緊張していたものだが、今では汗をかくことなくすらすら話していた。
「今日集まってもらったのは他でもない。我がレクエルドの新しい政策を発表するからです」
ざわ、ざわ……。
「その政策とは、移住者支援計画! レクエルドに移住してくる人には、無償で住居を用意いたします!」
「「「な、なんだって!?」」」
「我が領へ来たい人は、今すぐに馬車を手配してください。必要なのは運送費だけです」
「あの! 税金ゼロ政策はそのまま継続するのですか!?」
記者の一人が手を挙げる。
町長は「もちろんです!」と頷いた。
「家を用意してもらえて、しかも税金ゼロ!?」
「すごい、すごすぎるぞ!」
「これは大ニュースだ!」
記者達が鼻息を荒くして興奮する。
案の定、全ての新聞で大々的に取り上げられることとなった。
◇
それからは大変だった。
全国から移住希望者が殺到したのだ。税金ゼロ政策や移住支援計画だけでなく、事前に誘致しておいた大手企業の数々があることも魅力に繋がっていた。人口が1万の大台に乗ったと思いきや、翌週には3万人を突破していた。
人が増えたことで、商売人の数も増えた。町のいたるところに様々な店が並んだ。
商品を行き渡らせるべく、商業ギルドを誘致した。もはや安いものだ。
雪だるま式に人が増えていく。こうなると、後は何もしなくてよかった。
そして――。
「クリフ、まさか本当にこの時が来るとはな。調べたところ、前に会ったのは2ヶ月と3週間前だ。その間に、レクエルドの人口は約500人から13万人まで急増した。特に目立ったトラブルも起きていないし、約束通り正式に独立を認めよう」
王都サグラードにある王城で、国王ベルガがレクエルドの独立を認めた。期間限定の一時的なものではなく、恒久的なものとして。
じきに地図も改正されるだろう。
レクエルドは一つの都市、領として載るのだ。
もう片田舎の小さな町などではない。
◇
レクエルドに戻った俺は、リリアと二人で馬鹿騒ぎしていた。家の中で。
我が家のすぐ外では、大勢の町民、いや、市民が集まって盛り上がっている。
独立記念のパーティーだ。
「ついにこの時が来ましたね! クリフさん! おめでとうございます!」
「俺だけの功績じゃないさ。町長やフィリス、リリアや他の皆が一丸となって頑張ったからこそだ」
リリアと乾杯して、自家製のリンゴジュースを飲む。
「正式に独立が認められたことだし、そろそろ聞かせてくださいよ」
ニヤニヤするリリア。
「何のことだ?」
「前に言っていた言葉の続きです。『正式に独立が認められたら、俺達……』って、言っていたじゃないですか」
「ああ」
リーネが来たことで有耶無耶になっていた話のことだ。
「私、あの続きが聞きたいです! 聞かせてください!」
クリクリの目を輝かせて、リリアは俺を見る。
「なるほどなぁ……」
俺は苦笑いを浮かべ、「そうだなぁ」と考える。
それから、にんまり笑った。
「何を言いたいか忘れちまったから無かったことで!」
「うっそだー! クリフさん、絶対に覚えてるでしょ!」
「そんなことないってー、マジダヨー、マジマジー」
「顔に書いてるもん! 覚えてるって!」
「気のせいだろ。ほら、もう疲れたから寝ようぜ」
「ぶー。クリフさんの馬鹿! 嫌いだー!」
俺達は歯を磨き、一緒に二階へ向かった。
リリアが先に入り、照明をつける。
「不貞寝しますからね! 私!」
そう言って振り返るリリア。
次の瞬間、彼女は固まった。
俺が跪いていたからだ。
「リリア、これが話の続きだ」
手のひらサイズのケースを開ける。中には指輪が入っていた。
「クリフさん……!」
リリアは両手で口を押さえ、目に涙を浮かべた。
「俺と結婚してくれ、リリア」
「……はい!」
◇
しばらくしてレクエルドの発展が一段落した頃、俺とリリアは結婚した。
周りからは「え、まだ結婚してなかったの?」などと馬鹿にされた。
めでたく夫婦となったわけだが、だからといって何も変わらない。
「見てくださいクリフさん! 今日は美味しそうなニンジンを育ててみました!」
「一日で栽培が終わるってのはいいものだな。気軽に好きなネタを育てられる」
「本当ですよ! おかげで色々なお野菜や果物を食べられて健康的ですね!」
リリアは収穫した作物を使った朝食を作る。
そんな彼女の後ろ姿をチラチラ見つつ、俺はダイニングテーブルで新聞を読む。
「お、ついに現れたか」
「現れたって何がですか?」
「同業者さ。なかなか有名な土魔術師が、俺の真似をして農業に参入してきたんだ」
「ええええ! まずいじゃないですか! 売上が下がっちゃいますよ!」
「これはちょっと分からせる必要がありそうだなぁ」
「分からせるって、もしかして殴り込みに行くんですか!? 行っちゃいますか!」
「そんなことするかよ!」
「じゃ、じゃあ、何を?」
「唯一無二のSランク土魔術師だった者として、真っ向勝負で無双してやるさ。相手がトマトを作ればこちらもトマトを、相手がリンゴを作ればこちらもリンゴだ!」
そして俺は、今日も世界中の農家を震え上がらせるのだった。
SランクPTを追放された最強土魔術師、農業で無双する 絢乃 @ayanovel
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