020 土いじり
翌日の朝食後――。
いつもの如くリビングのソファで新聞を見ていて、衝撃的な記事を見つけた。
驚きのあまり新聞を滑り落としてしまう。その新聞がティーカップを巻き込み、淹れ立ての紅茶が地面にこぼれた。
「大丈夫ですか!? クリフさん!」
リリアが慌てて駆け寄ってきて、俺の足下を雑巾で拭く。
「あ、ああ、俺は大丈夫だ……問題ない……」
「どうしたんですか? 体調が悪いんじゃないですか? 最近、町の整備で土魔法をたくさん使っているからお疲れなんですよ。新聞のインタビューだって受けまくってるし、それに他のお仕事だって」
「たしかに疲労はあるが、それは問題ないんだ……」
「じゃ、じゃあ、どうしてそんなに青ざめた顔をしているんですか!?」
「それは……」
震える指先を新聞に向ける。
リリアは俺の指した記事を見て愕然とした。
「あの、これ、〈影の者達〉って、クリフさんの……」
「ああ、俺のいたPTだ……」
どの新聞を見ても、冒険者面には大きくこう書かれていた。
『〈影の者達〉壊滅! リーダーのシャドウを除いて戦死!』
バルザロスとエンジ、そしてリーネの後釜として入ったプリーストが死んだのだ。Sランクのクエストに挑んで失敗したらしい。辛うじて生き延びたシャドウも、今は回復したものの失血死する寸前の重傷だったそうだ。
「本当に死んだのか、バルザロス……」
エンジやプリーストのことはどうでもいいが、バルザロスの死は衝撃的だった。語れる思い出が無数にある。別れ方こそ悲しい形になったが、紛れもなく親友の一人だ。彼の死を素直に受け入れることができなかった。
「クリフさん、大丈夫ですか……?」
「大丈夫、大丈夫だ」
全ての新聞の冒険者面に目を通し、何度も「嘘だろ」「信じられん」と繰り返す。
それで結果が変わることはないし、現実は非情だった。
「あの、私は冒険者について分からないのですが、どうしてこんなに酷い結果になったのですか? いつも失敗していたけど、こんなに酷い結果じゃなかったですよね」
リリアが新聞を読みながら訊いてくる。どの新聞にもPTが壊滅した理由について書いていなかった。だが、俺にはどうしてか分かる。
「シャドウのせいだ。度重なる失敗とリーネの脱退で焦ったのだろう。あと、新しく入ったプリーストの力不足も原因だろうな。影はシャドウとバルザロスが好き放題に暴れ回るPTなんだが、この戦い方はプリーストの負担が大きい。並大抵のプリーストじゃ代わりは務まらないんだ」
俺が今言ったことはシャドウも分かっていたはずだ。アイツはSランクPT〈影の者達〉のリーダーなのだから、決して馬鹿ではない。度重なる失敗でも致命傷を免れていたことが、彼の有能さを物語っていた。
そんなシャドウが、ここへきて取り返しの付かない失態をした。
その理由になっているのは――。
「俺のせいかもしれん」
「えっ」
「シャドウが馬鹿げたミスをしでかした原因さ」
「どういうことですか?」
「最近、どの新聞を見ても俺のことが載っているだろ?」
「はい。今日もインタビューの記事がありますよ」
「シャドウもそれを見ていた可能性がある。で、失敗ばかりの自分と、飛ぶ鳥を落とす勢いの俺を比較したんだ」
「それで焦ってしまったと……」
「リーネが脱退したのも効いているだろう。アイツはリーネに気があったからな」
俺は他の記事にも目を通した後、新聞を畳んだ。
「紅茶、悪かったな」
「気にしないで下さい! クリフさんに怪我がなくてよかったです」
「ははは、俺は絶対に怪我しないよ。土魔法の自動防御があるから」
「そうですけど……いいんですよ! そんなことは!」
俺は「そうだな」と笑いながら立ち上がる。
「俺は今日も土いじりに精を出すよ。リリアはどうする?」
「私はデートです!」
「デート?」
俺の眉がピクピクと動いた。
「ふふ、嫉妬しちゃいましたか?」
「い、いや、そんなことはないが?」
「じゃあデートしちゃいますよ? いいんですか?」
「……誰とデートするんだ?」
リリアは、むふふぅ、と笑い、長すぎる溜めを作ってから答えた。
「ミラちゃんです! この町にも服屋さんができたので買い物に行きます!」
「ミラって……ああ、レディ・ポーターズのブラッシング女か」
「そうです! もしかしてクリフさん、男の子とデートすると思いましたか?」
なんだかからかわれているような気がして、俺は「別に」とそっぽを向いた。
そんな俺を見て、リリアは「可愛いです!」と嬉しそうに笑った。
◇
昼、新聞社のインタビューを終えた俺は、町の端に来ていた。
「今日はここらを広げるか」
地面に手を当てて土魔法を発動する。瞬く間に舗装された道が出来上がった。
「流石はクリフさん!」
「凄い、やっぱり上位の土魔術師は魔法の発動速度が桁違いだ!」
「かっけぇ……!」
俺の背後には、多くの冒険者がいた。
冒険者ギルドが出来たことに加え、新聞で俺の名を見て群がってきたのだ。腐っても元Sランク冒険者なので、多くの冒険者から崇拝されていた。特に王都から遠く離れたこの辺の冒険者にとって、Sランカーは憧れのヒーローのようなものだった。
「クリフさん、私も手伝っていいですか?」
「私も手伝いたいです! 私、クリフさんに憧れて土魔術師になったんです!」
「自分も手伝わせてください!」
多くの冒険者が志願してくる。
「ありがとう。なら代わりに作業をお願いしてもいいかな。俺は魔物の巣を潰したい」
「分かりました!」
「任せて下さい!」
「クリフさんの手伝いが出来るなんて……最高だ!」
俺は町を出て、遠目に見える森へ向かった。
◇
魔物は一定時間が経つと復活する。その仕組みは分かっていない。
魔物が復活する際、蘇る場所は死んだ地点ではない。魔物ごとに決められた場所――冒険者用語で「リスポーンポイント」と呼ばれる所だ。
リスポーンポイントは基本的にばらばらだが、中には密集していることがある。そういった密集地のことを「巣」と呼ぶ。
町の治安を維持する為、俺は魔物の巣を潰して回っていた。この作業は土魔法と相性がいい。
「あったあった」
森の中にある小さな池にリザードマンの巣があった。こいつはEランクモンスター、恐るるに足らない雑魚だ。
「ワッシャアア!」
命知らずのリザードマン共が襲いかかってくる。
「たまには派手な戦闘でもしてみるか」
俺は炎魔法を使い、自らの周囲に炎の柱を立てた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」
突っ込んできたリザードマンは柱に焼かれて死ぬ。
そこまでは完璧だったが、ここで誤算が起きた。
「あ、やべ、やっちまった」
火力が強すぎて、炎が近くの木々に燃え移ったのだ。このままでは森が燃えてしまう。
「えーっと、術式はこれであってたよな……せいっ」
水魔法を発動する。湖の水を燃えさかる木々にぶっかけて、どうにか火災を免れた。
「アホなことをしていないで仕事をして帰ろう」
土魔法を発動し、リザードマンの巣がある土を改良した。我が家の耕地と同じで、中位以下の魔物を吸い込むようにする。これで今後は復活した瞬間に死ぬはずだ。
その後もいくつかの巣を潰し、日が暮れ始めたので町に戻った。
◇
町に戻ると、人だかりが出来ていた。
集まっている人間の大半が冒険者だ。
「どうした、何かあったのか?」
俺が近づくと、多くの冒険者が振り返った。
「戻ってきたか、クリフ」
人だかりの中心から男の声が聞こえる。
その声を俺は知っていた。
目の前の冒険者連中が左右にずれて道を空けてくれる。
声の主と俺の間がフリーになった。
「よっ、久しぶりだな、クリフ」
背中に大剣を装備した黒髪の男が手を挙げる。
「ああ、久しぶりだな。何しに来たんだ――」
俺はその男の名を呼ぶ。
「――シャドウ」
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