019 次の段階へ
翌朝、新聞の冒険者面にリーネの名を発見した。
昨夜言っていた通り、彼女は数日前にPTを脱退したようだ。今回の記事はそのことに加えて、冒険者稼業からの引退についても扱っていた。
「本当に引退したのか」
シャドウのPTには新たなプリーストが参加した。リーネには劣るが、なかなか名の知れたプリーストだ。Aランクだが実力はSランクの冒険者にも劣らない、と新聞には書いていた。俺が名前を覚えている程なので、最低限の実力はあるはずだ。
「たしかにSランク相当のAランカーは存在するが……」
果たしてリーネの代わりが務まるのだろうか。
俺には務まるように思えなかった。
◇
数日が経ち、いよいよ企業のメンバーが町へ来るようになった。有名企業の看板を掲げた建物群が、ただのハリボテから事務所へ変わっていく。町民の多くが「なんだか凄いことになってきたぁ!」と興奮していた。
その頃、クリフカンパニーはリンゴ農家を駆逐し始めていた。徹底的に価格破壊をするべく、相場の半額近い値段で商業ギルドに卸す。驚くことに、ウチはそれでも黒字だった。
「「「行ってきます、社長!」」」
「くれぐれも怪我のないようお気を付けなさい」
「「「ありがとうございます! 社長!」」」
いつの間にやら50人の大所帯となったレディ・ポーターズの馬車隊が、最高に美味いリンゴを続々とメモリアスへ運んでいく。そんな彼女らの後ろ姿を、社長のフィリスは誇らしげな笑みを浮かべて見送っていた。
「そろそろ女尊男卑と言われそうだな」
フィリスは振り返り、俺の名を呟いた。
「ウチは女しかいないからね。たしかに女尊男卑だわ」
「クリフカンパニーも同じさ。俺とバジルス、あと表向きのボスである町長を除くと、従業員は女しかいない。従業員の数は26人だから、差し引くと23人が女ってことになる。ひでぇ偏りだ」
「でも、男を増やす気にはならないのよね」
「性別を統一していると色恋沙汰で揉める必要がないしな」
「それもあるし、ウチには男性に免疫のない子が多いから」
「更に付け加えるなら、バジルスの採用してくる女は例外なく優秀だ」
「そうそう! それが一番大きい!」
俺やフィリスにとって嬉しい誤算が元奴隷商のバジルスだ。あのクソデブ親父、採用担当としてはとてつもなく優秀だった。
本人曰く、「性奴隷の頃と違って未成年縛りがないので楽勝です!」とのことだが、それにしても有能過ぎる。相変わらず容姿重視としか思えない採用の仕方なのに、入ってくる新人はことごとく働き者だった。
「そういえば、バジルスにもボーナスを払っているんだっけ?」
「おう。しっかり渡しているぞ」
「脅して採用担当にしたにしては厚遇ね」
「それだけの成果を出しているからな、アイツ」
噂をしていると、バジルスの馬車が近づいてきた。荷台には5人の女が乗っている。いつも通り10代後半から20代前半で、可愛い子ばかりだ。
「フィリス様、新たな人材を採用してまいりました!」
バジルスが俺達の前で馬車を止める。
フィリスは「ありがとう」と素っ気なく返し、新人らを地面に立たせた。
「私はフィリス。レディ・ポーターズの社長よ。まずはあなた達のお家に案内するわね。それからお仕事の話をさせていただくわ。念の為に言っておくけど、もし無理矢理この場所へ連れてこられたのなら言ってね。あの男を殺してからあなた達を自由にするから」
フィリスが新入社員と共に離れていく。彼女の後ろを歩く新顔達は、例外なく幸せそうに笑っていた。
「バジルス、お疲れ様。今回も美女揃いだったな。新聞でやんやん書かれそうだぜ」
「可愛い子ばかり見つけてきて申し訳ございません!」
バジルスが美女ばかり集めてくる為、新聞では根も葉もない噂がしばしば飛び交っていた。娼館を開く予定だとか、裏で性的な奉仕をさせているだとか、下世話なネタばかり。
それに対して、バジルスは「おそらく奴隷商が金を積んで書かせているのでしょう」と言っている。彼曰く、これまでなら奴隷落ちしていた子をウチがガンガン採用していくせいで、性奴隷の商人を中心に悲鳴を上げているそうだ。相当な恨みを買っているのだろう。
「今回もよく頑張ったから
「いいんですか!?」
「これからも清く正しく弊社に貢献してくれよ」
小切手に彼の給料と同額の数字を書いて渡した。
「まだ1ヶ月と少ししか働いていないのに、もう15ヶ月分近い給料をもらっていますよ!」
「ウチは成果主義だからな」
「奴隷商より儲かっているんで、転職して正解でした!」
バジルスは満足げな笑みを浮かべる。太陽の光が顔中の脂を反射してまぶしかった。
◇
さらに数日後――。
町は有名企業の社員で溢れるようになっていた。
そいつらに利用してもらおうと色々な飲食店が進出してきている。中には税金ゼロ政策の恩恵を受けられない小さな店もあった。
新聞でも連日のように取り上げられており、観光客も増加傾向にある。飲食店が増えたことで、多少は楽しく過ごせているようだ。
農業の拡大も順調で、領収は右肩上がりだ。既に7種類の作物を掌握していた。
これは俺の想定を大きく上回るハイペースだ。嬉しい誤算のおかげである。それが何かと言うと、自分から「買収してくれ」と提案してくる農業会社が後を絶たないことだ。
トマト栽培の最大手を笑顔で吸収したのが効果的だったらしい。抗うよりも協力するほうが得と判断されたのだ。あと、俺が買収後に一切口出ししないのも大きい。トマトの会社をはじめ、傘下の企業には買収前と何ら変わりなく過ごしてもらっていた。
「完全に好循環に入ったな」
「人も増えて賑やかですよねー!」
朝、俺とリリアは町の中を歩いていた。前まで連日にわたって働いていた彼女だが、今では従業員が増えたこともあって定期的に休みをとっている。今日がそうだ。
「ようこそクリフさん! それにリリアも!」
「おはようございます、町長さん」
俺は用事があって町長の家に来ていた。リリアはオマケだ。
俺達は居間に通され、年季の入ったソファに座るよう言われた。
「何も出せませんが……」
と言いつつ、町長の奥さんは大量のお菓子を持ってきた。煎餅だけで何種類もあり、果てにはみたらし団子まで。目の前のローテーブルがそういった食べ物でいっぱいになる。
「いやはや、家内が申し訳ございません。こいつときたらクリフさんのファンでして」
「そりゃあこの町の英雄だもの! 当然じゃない! あなたとは違うのよ!」
町長が「ははは」と笑い流している。二人のやり取りを見ていると、老後はこんな風になりたいよなぁ、と思った。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
「想定通り、いえ、想定以上に好調なので、例の計画を実行しようかと」
町長が「おお」と声を上げる。
「もうあの計画を実行しても問題ない頃ですか」
「少し時期尚早かもしれませんが、世界中の新聞社から注目されている内にやるのがいいかと。今なら全ての新聞社で取り上げられますから、宣伝効果も十分です」
「なるほど、確かにその通りですな」
「懸念点は事務作業が膨大に増えることですね。バジルスに頼んで人材を確保してもらっていますが、それだけで足りるかどうか分かりません。この計画を実行すれば、間違いなく移住希望者が殺到しますから」
「それでしたら、町民に協力をお願いしましょうか。皆、この町の発展に協力したいと常々言っておりましたから。三軒隣のバーミリオンさんなどは数年前まで王城で事務関連のお仕事をされていたので、相当な戦力になりますぞ」
「素晴らしい。では、皆様のお力を借りましょう。領収は十分にありますから、幾ばくかの報酬をつけてあげてください」
「かしこまりました。諸々の準備を考慮して、計画は1週間後からでよろしいでしょうか」
「それで問題ありません」
俺はみたらし団子を高速で食べきり、「では」と立ち上がる。
町長夫妻に一礼してから、リリアと共に家を出た。
「クリフさん、計画って何ですか?」
リリアが尋ねてくる。
「俺と町長だけの秘密さ、今はな」
この町の人口は現在約6500人。企業の誘致や既に来ている移住者によって6000人近く増えたとはいえ、それでも1万人に満たない。メモリアスと肩を並べる都市にするには、少なくとも更に10万人は必要だった。
そこで考えたとっておきの秘策が、移住支援計画だ――。
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